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コラム「研究員のココロ」

米国医療事情からみた医業経営の営利法人化の課題

2005年10月07日 山田敦弘


1.はじめに

 今年5月に、株式会社病院の特区計画が神奈川県より申請された。この中には、株式会社の美容外科診療所(自由診療)の開設も含まれていた。当初、本申請は、7月には認められるとの見通しであったが、一転して、神奈川県保険医協会が開設予定地である横浜市に不許可を求めるなど、雲行きが怪しくなってきている。また一方、厚生労働省は、本年7月に「医業経営の非営利性等に関する検討会報告書」の中で、医療法人を公的医療機関として位置づけ、今後とも非営利法人として位置づけて行くことを確認している。これらの状況をからみても、日本で新たに営利法人の病院が開設されるのは、当分は難しいようである。本稿では、医業経営の営利法人化をどのように捉えるべきかについて、米国の事例を通してみてみる。


2.実際には非営利法人にとどまるケースが多い米国の病院

 病院の営利法人化が認められている米国では、多くの病院が営利法人化していると思いがちであるが、実際には米国の病院および医療提供サービスの約8割は非営利法人である。また、ベッド数でみても、7割が非営利法人、2割程度が政府系、残りの1割程度が営利法人と、非営利法人が大半を占めていることがわかる(図参照)。

図


3.非営利法人でいる病院のメリットは、税控除(Tax Exemption)

 米国における非営利法人と営利法人の病院の最も顕著な違いは、財産税(Property Tax)の税控除にある。この税控除を受けるためには、非営利法人であることや地域医療への貢献を行うことに加え、経常利益を10%未満に保つことが前提条件となる。サンフランシスコ市にあるカリフォルニア・パシフィック・メディカルセンターでは、市の財産税評価事務所の検査の結果、過去3年にわたって10%を超える利益が発生していたことが判明し、4億円の追徴課税を請求されている。


4.営利法人の病院の賃金は、トップは手厚く、現場スタッフは手薄

 米国のモダン・ヘルスケア誌の2005年度調査によると、病院のトップの給与は平均約30万ドル、医療提供システム(複数の医療機関を保有している団体)のトップでは、その倍以上である平均約78万ドルとなっている。トップの賃金については、営利法人の方がはるかに高い場合が多く、中にはストックオプションも含め1700万ドル以上もの報酬を受け取っている医療提供システムのトップもいる。
 一方、2003年度の 米国の国民賃金調査では、営利法人の病院の全労働者の平均時給が$19.26であったのに対して、非営利法人の病院では $20.1と若干高い結果が示された。特にメディカルスタッフである看護師(フルタイム)においては、営利法人の$25.58に対して、非営利法人では$27.01となっており、その傾向は顕著である。
 営利法人におけるこのような状況は、現場で質の向上とコスト削減に日々取り組んでいる看護師や医師の志気を下げていると言われている。


5.営利法人の病院のベッド数の伸びとその影響

 一般に、米国の営利法人の病院は急性期医療に注力し、できるだけ診療単価を上げることに努めている。また、同時に収入を伸ばすため、増床に取り組んできている。その結果、近年では患者を確保することが難しくなってきており、増床の伸びも抑えられている。また最近では、診療単価が期待できない低所得者層の患者にまでサービス対象を拡張することを検討している経営者も少なくない。


6.コミュニティの医療を支えているのは非営利法人の病院

 医療にかかりにくい住民層をカバーしているのは、郡や市のコミュニティホスピタルや保健所に併設されたサテライトクリニックである。さらに、宗教系などの非営利法人の病院もその一翼を担っている。一方、営利法人はそのマーケットを中流層から富裕層に絞っているため、貧困地域に設置される営利法人の病院は稀であり、コミュニティの医療提供体制を担うという社会的役割は非営利法人に比べると高くない。


7.まとめ

 私見ではあるが、営利法人と非営利法人の重要な違いは、そのミッション(使命)にあると思っている。利用者である患者に尽くすことを目的にしているのか、それとも患者に尽くすことを手段として利潤追求を目的とするのかである。このような異質の両者が、社会における支え合いにより平等に医療サービスを提供することを趣旨とする日本の皆保険制度の中で混在することは、多少なりとも違和感がある。少なくとも、医療費の大半をこの制度から拠出している限りは、そのように感じる。
 では、医療機関の経営は脆弱でも良いのかというと、もちろんそのようには思わない。米国では健康保険と医療サービスを包括して提供しているカイザー・パーマネンテのように、非営利法人でも、ITを駆使し、経営改善を重ねる結果、規模的にも経営的にも営利法人の病院に負けていないところもある。医療機関の営利化と経営の強化とは、別の問題として考えた方が良いのではないだろうか。
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