コラム「研究員のココロ」
シナジーを生み続ける組織をつくるには
~ソーシャル・キャピタル・マネジメントのすすめ~
2006年09月15日 林浩二
1.ヒューマン・キャピタルかソーシャル・キャピタルか?
ヒューマン・キャピタルが「人的資本」であるのに対し、ソーシャル・キャピタルは「人間関係の生み出す資本」といえよう。組織の存在意義は、個人では達成できない仕事を成し遂げることである。個々人が協力し合うことにより、単なる個人の成果の総和を超えた、組織としての大きな成果が期待できる。個人同士が協力し合って仕事を進めることにより、シナジー(マネジメント・シナジー)が生み出されるからである。シナジーの存在を考慮するならば、組織をうまく機能させるためには、ヒューマン・キャピタル・マネジメントを超えたソーシャル・キャピタル・マネジメントを考える必要があるだろう。
Σ Human Capitalの力 + シナジー効果 = Social Capitalの力 |
ヒューマン・キャピタルかソーシャル・キャピタルか、という枠組みで考えると、多くの日本企業の強みの源泉はソーシャル・キャピタルにあったといっても過言ではない。すなわち、特定のスーパースター社員のヒューマン・キャピタルに依存するのでなく、組織全体のソーシャル・キャピタルで勝負するのが日本企業の伝統的スタイルである。

しかし、90年代以降、成果主義の導入により状況が変化してきた。個人業績を精密に測定しようとする目標管理制度の導入等により、チームワークが損なわれたという声も聞かれる。また、また、経費削減や「脱会社人間」の掛け声のもと、社員旅行や各種イベント、レクリエーション活動等の廃止など、『人と人とのつながり』の強化にとってマイナスの施策もとられてきた。
営利組織であれ非営利組織であれ、成果にフォーカスした仕組みは絶対に必要である。もはや年功的なシステムを維持できる経済環境ではない。とすれば、今後は、成果主義とソーシャル・キャピタルが両立するような仕掛けを意識的に作いくことが重要であろう。
2.ソーシャル・キャピタルの戦略的な構築~ソーシャル・キャピタル7つ道具~
このような問題意識から、シナジーを生み出す組織をつくりだすための「ソーシャル・キャピタル・マネジメント7つ道具」を提唱したい。個々の「道具」は決して突飛なものではないが、これらをうまく組み合わせながら、人と人とのつながりの強化、すなわち、社員同士の人的ネットワークの強化を意識した対策を戦略的に推進することにより、ソーシャル・キャピタルの蓄積・強化を促すことができるだろう。
ソーシャル・キャピタル・マネジメントの7つ道具 |
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(1)オフィス・レイアウトは思いのほか重要である。フロアが物理的に分断されているだけで社員のコミュニケーション密度は大きく違ってくる。社員食堂や喫煙スペースについても単に金銭的コストだけでなく、それが社員の人的ネットワーク形成に及ぼす影響も考慮しながら設置の有無や設置場所を戦略的に検討する必要がある。
(2)業務分掌・権限構造の見直しについては、特定のポジションの人材に過度に情報が集中していないか、情報の流れに非効率がないか等をチェックし、業務分掌や権限委譲などの対応策を採用することにより、コミュニケーションをよりスムーズにすることができるだろう。
(3)人事評価・報酬制度については、個人業績に過度にフォーカスする目標管理制度の見直しがポイントとなるだろう。個人業績への過度のフォーカスは社員のコラボレーションを阻害し、ソーシャル・キャピタルの構築にとってマイナスである。業態にもよるが、たとえば、目標は部・課・チーム単位で設定し、メンバーについては組織業績への貢献度をチェックすることで足りるのではないか。突出した業績を上げた個人がいる場合には、別の枠組みで報いればよい。
(4)コミュニケーションを促すためのITツールは多くの企業で導入されているが、ITインフラは必要条件であって十分条件ではないことを認識する必要がある。あくまでface-to-faceのコミュニケーションを補完するのがITツールである。
(5)採用・配置に関しては、ジョブ・ローテーションは単に本人にとって仕事の幅を広げキャリア形成を促進するだけでなく、組織にとっても部門をまたがる人的ネットワーク構築の観点から意味があることを強調したい。「ゼネラリストはもう要らない、これからはスペシャリストを」という方針のもとジョブ・ローテーションを過度に縮小するのは望ましくない。社員間の人的ネットワーク形成を意識しながらローテーションを戦略的に行う等の工夫が求められる。
また、(6)コーチング、メンタリングを通じて、ネットワーク構築能力に長けた人材の早期選抜と育成、さらには、問題がある社員に対して研修を通じて「気づき」を与える等が重要である。
侮れないのが(7)ソーシャル・イベントの効果である。「脱会社人間」の考え自体は必ずしも間違っているわけではないが、各種イベントが社員同士の絆を強化する意義を再評価してもよいのではないか。ただし、単に組織内だけで凝り固まるのではなく、外部に開かれたオープン型人的ネットワークの形成を狙った懇親会や社員旅行を企画するなど、ソーシャル・イベントにも戦略性をもたせることが重要である。(例えば、仕事上関係があるものの日常的な交流が乏しい部門同士の合同イベントを実施するなど)
3.ソーシャル・キャピタルの構築に向けて
以上、7つ道具をうまく組み合わせることにより、シナジーを生み出す組織作りが期待できる。もちろん、シナジー創出等の効果が出るまでには一定の時間がかかることも忘れてはならない。粘り強いアプローチが必要である。特に過度の成果主義で疲弊した組織ではソーシャル・キャピタルが減価している可能性が高く、回復までには時間を要するかもしれない。「ソーシャル・キャピタルは一日にして成らず」ということを認識したうえでの地道な取組みが求められる。