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コラム「研究員のココロ」

機能とニーズからみた大学のあり方と改革の方向

2006年08月28日 中原隆一


1.大学の社会的位置づけ

 大学の倒産や経営の苦境がいくつか伝えられる中で、相変わらず新たに大学や大学の学部学科は増加している。これにはいろいろと説明がなされているが、筆者は大学という存在が社会の中で大きく変化していく過渡期にあるためと考えている。大学や学部等の新設の動きは新たな大学像を模索する動きの一つと考えられる。不幸にも破綻した大学は従来と異なる新たな大学像を打ち出せなかったとも考えられる。以下過渡期の大学という意味と今後の大学改革の方向についてまとめてみる。
 大学についての議論を始める前に、大学は現実の社会でどのような存在であるかを確認しておこう。

 まず学生数では平成18年度の学校基本調査で大学(学部・大学院)に約286万人(内学部生250万人)が在籍している。約50年前の昭和30年には50万人強しか大学生がいなかった時代から一貫して毎年増加を続け、現状では約6倍近くまで増加している。
 またこの大学の学部に在籍している学生数250万人という数字は、一般的な学生の在籍年代に当たる19歳~22歳の人口数600万人(平成16年10月推計人口)の約42%に当たる。大学の進学率(対18歳人口)でみても約45%であり、大雑把に言えば大学は同世代の人口の4割以上が通う一般的な存在になっているといえる。

2.大学の存在意義と使命

 以上のように現状の大学は社会の中で相対的に一般化しつつあるが、次に大学の存在意義について整理すると次のようにとらえられる。

 まず大学は「高等教育」をそこで学ぶ学生に提供する教育機関と考えられる。研究や社会貢献も重要な使命であるが、「高等教育」は大学及び専門学校等の教育機関のみが行える活動であり、研究や社会貢献は広く他の機関でも十分行われている活動である。ただし「高等教育」の内容については実際にはいろいろと議論がある。中央教育審議会によれば「人格の完成を目指し、豊かな教養を養うとともに基礎的知識及び専門的知識を教育すること。創造性にあふれ、我が国と世界の科学や文化の発展の原動力となる最先端の卓越した人材を養成・確保すること。人類の知的資産の継承と未来を拓く新しい知を創造すること。これらを通じ、社会の発展や文化創造に積極的に貢献すること。」を高等教育の使命としている。

 次に大学は高等教育機関ではあるが、本来は研究を主たる使命として生まれた機関でもある。高度な研究を行う研究者の下に学生が弟子として参集し教育を受けるというのが当初の大学の姿であったと考えられる。従って高等教育機能の基盤になるという意味でこの研究機能は大学として必須の機能と考えられる。
 ただ学術研究においては、その研究の進展速度が高まり、研究の領域が拡大し、研究の手法・設備等の開発も急速に変化してきている。一方で大学以外でも研究活動の専門機関が公的にも民間でも数多く存在している。研究活動における大学の位置づけは個々の大学はともかく全体としては低下傾向にあるとみられる。その意味で大学が須らく最先端の研究や基礎研究を指向する必要性は薄れてきた状況とみられる。大学は国内及び海外に数多くある様々な民間や公的な研究機関の中での自らの位置づけを認識して、研究活動に取り組むことが求められてきている。
 以上のように教育と研究が大学の使命として最も重要であるが、現代ではさらなる機能が大学に求められ、その蓄積されている知的資産を活用して社会を支援するための関連する専門知識を提供することを期待されている。いわゆる社会貢献という考え方であり、今後大学と社会との接点は拡大していくと予想され、大学には社会への情報発信・問題提起に積極的に取り組むことが求められる。

 以上の他、大学には高等教育の一部として、ある分野の特殊な能力や高度な知識等が必要な人材の育成機能が求められる。例えば医療・法曹・芸術関係等の専門分野の人材が想定され、これらの分野における指導的人材の育成が大学には期待されている。
 また研究機能と社会との連携の発展形として大学での研究成果を実社会で実用化することやテストを行うことなどが、知的活動機関として大学に求められてきている。民間ベースでは取り組みにくい実験や試験的な取組みを大学が研究活動の中で行うことなどが想定される。このように大学の使命や機能が従来から言われている教育や研究のほかに、より社会との接点に関連する機能が求められ、多様化している。

3.大学へのニーズ

 大学も社会的に存在していくためには大学の教育や研究に対する各種利害関係者へのニーズに対応することが求められる。
 利害関係者としてまず企業・産業界は大学に対して自社に必要な人材供給について強いニーズを持っている。ただしこれまでは大学での教育内容にはあまり関心がなく、人数の確保を重視していた。ところが最近は大学の教育内容を問題視し始め、教育レベルの引き上げを求め始め、さらには高度専門人材の養成を強く求めてきている。企業側は実際の経済活動の中で社会が求める人材、社会で必要な教育水準を実感として認識している。大学側はこれら社会の情報から比較的遠い位置にあるため、教育内容と社会で求める教育水準のギャップに気づくのが遅くなり、結局企業の求める人材を大学は十分に供給できなくなっている。その結果、企業の人材供給源としての大学に対する評価は全体としてみれば低下してきている。
 企業・産業界が大学に対して求めるもう一つのニーズとしては、大学で行われている科学技術分野の研究成果への期待である。これについて企業は人材供給と比べると大学への期待は強くなく、実際に大学の研究成果を企業が活用する産学連携活動は規模や成果で見る限りあまり盛んではない。理由は様々に考えられるが企業の事業活動内容・方針と大学の研究内容・体制がかみ合っていないのが主因と思われる。企業は研究成果による収益を求め、大学は学術的成功を狙うためである。このギャップは大学側の取組み改善などで縮まる方向には向かっているが、企業の期待を強めるまでには至っていない。

 次に大学に進学を希望している学生のニーズは、18歳人口の半分近くが進学する高等教育機関という位置づけを踏まえ、近年極めて多様化している。
もちろん「教養」「学問研究」「専門的な知識や技術」などの本来的な学習動機に基づく進学ニーズは依然として根強いが、一方で学問的な理由以外に基づく進学動機も多くみられるようになってきている。たとえば「学歴」「資格」の獲得や取得などがあり、さらには特にニーズはなく「とりあえず進学」する学生も多いものと推測される。従来大学に期待される役割とはやや異なったニーズをもった学生が大学に入学してくるようになってきている。ただ、そのように多様なニーズを持って進学してくる大学において、大学側がその多様なニーズに対応した教育等を提供しているかというと、やや疑問である。学生のニーズと大学での教育活動等とのギャップの兆候の一つとして、中退者、休学者等入学後大学に来なくなる学生が最近増加してきている。
 また学生は大学に入学すると、当初の進学理由に加えて将来の進路への支援という具体的ニーズを持ち始め、これへの対応が大学に強く求められているが、多くの大学の現状ではこれらの学生のニーズに十分応えている水準には至っていないと推測される。
 以上のように全体として大学に対する学生の評価は一般的にあまりよいとはいえない。

 その他にも行政機関は各種審議会や研究会に多くの大学教員を活用していることや、地方自治等において市民活動を支援する役割も果たしている。行政機関は大学に市民社会、地域社会等における知的集積拠点としての役割を期待している。
 また中等教育機関は大学に対し幅広く自校の生徒を受け入れてもらいたい意向をもっている。学力、関心分野、進学理由、将来志望等で多様なタイプの生徒を抱えているこれらの機関は、多様な入学選抜方法や、教育内容の個性化を求めてきており、大学側が一方的に選抜方法や教育内容を決定することができなくなってきている。実際に大学側は入試において入学者確保のためもあり、推薦入学、AO入試等入試手法の多様化を進めている。

4.過渡期の大学における改革の方向

 これまで見てきたように、現在一括りに大学といわれている教育機関の社会における位置づけは大きく変化してきており、求められる機能も広範なものになってきている。一方で大学に関わる関係者のニーズも大きく変化してきており、大学はその多くに十分対応できていない。つまり大学という教育機関は、特定の機能やニーズを満たす機関として一括りにはできなくなってきている。
 大学は18歳人口の半分近くが入学する教育機関として、あらためて自らの機能を再定義し、学生に提供するサービス内容を設定していくことが求められる。前述した機能や中央教育審議会の答申で提示された機能(*)などから、自らの教育機関としての機能・サービスを明確化することが、大きな社会変化の中におかれた大学を改革する出発点になる。

*「我が国の高等教育の将来像(答申)」:平成17年1月28日中央教育審議会
[大学の機能]
①世界的研究・教育拠点②高度専門職業人養成③幅広い職業人養成④総合的教養教育⑤特定の専門的分野(芸術,体育等)の教育・研究⑥地域の生涯学習機会の拠点⑦社会貢献機能(地域貢献、産学官連携、国際交流等)

 教育機関としてどのようなニーズがあるか、あるいは教育機関としてどのようなサービスを提供したいか、などから自らの機能の検討を始めることが望まれる。
その上でさらに具体的な改革へ向けて組織形態、対象学生層、運営する人材など見直していくこととなる。
 例えば組織形態では現状のような意思決定が二重化しているような構造を見直す必要がある。たとえば理事長と学長、教授会と理事会の関係なども見直されるべき事項である。また学生層も高校新卒者以外の社会人や海外からの留学生など幅広く想定する必要がある。従来からの高校新卒者にあってもどのようなニーズや進路等を考えている学生層を対象とするのかまで検討することが求められる。
 さらに運営人材では、教員と職員の連携を強めることや、専門人材の確保や外部との人材交流を強めることなども検討されてよい。

 現在は過渡期であり各大学が自らの機能を模索しつつ見直している最中と位置づけられる。既成概念にとらわれて旧来の大学像に固執していると、伝統や実績のある大学であっても長期的には衰退の方向へ向かわざるを得ない。一方でこれから新規に参入する大学でも、自らの機能を明確に定め、それが社会のニーズに合致していれば、急速に発展する可能性もありうる。
 過渡期における大学運営はこれからが本当の競争になっていくと予想され、各大学の動きに注目していきたい。
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