コラム「研究員のココロ」
業者さんから経営パートナーへ
―官民パートナーシップの新たな展開に向けて―
2005年08月22日 日吉淳
1 わが国における官民パートナーシップの形態と課題
(1)これまでの民活の形態
国や地方自治体においては、三位一体改革の推進など行財政改革は待ったなしの状況となっており、民間の智恵と手法を公共セクターの経営に取り込んでいく、いわゆるNPM(ニュー・パブリック・マネジメント)の議論が積極的に進められています。行政運営の現場においても、民活導入は業務改革の重要なキーワードの一つになっています。
公共サービスの提供や行政の事務事業の実施にあたり、これまで実施されてきた民活の形態は、大きく分けて次に示すパターンに整理できます。
[これまでの民活のパターン]
- 業務委託型:公共セクターが実施する業務の一部を民間にアウトソーシングする
- 第3セクター型:公共セクター、民間セクターが共同で事業体(第3セクター)を組成し、業務を実施
- 公設民営型:公共セクターの所有する資産などを使用し、民間が独立採算で業務を実施
これまでの民活はaのタイプが大半であり、清掃や警備などの業務を個別に民間に委託をする形態で、ほとんど全ての公共セクターが実施しています。bの第3セクター型については、昭和61年に時限立法で制定された民活法に基づく官民共同出資の会社が全国各地に乱立しましたが、その多くが経営危機に陥ってしまい、社会問題化したのは記憶に新しいところです。また、cの公設民営型については、公共施設の一部を活用した利便施設の営業など小規模の事業から宿泊施設やレジャー施設の運営などの大規模な事業まで実施されています。
(2)官民パートナーシップ形成の課題
ここで問題になるのは、いずれの手法においても、公共セクターと民間セクターの関係が上下関係で捉えられていた点です。「官が発注する仕事を民がやらせて頂く」という意識の元で、お上が決めた業務仕様の内容を民が委託を受けて作業するという、いわゆる「業者さん」としての官民の関係が基本となっていました。日本が高度経済成長路線をまっしぐらな時代には、爆発的に増加する行政需要に対応するためにも、公共セクターの人員だけでは業務量に対して人手が足りない業務の一部を民間に任せるということは必要不可欠であったといえます。民間企業としても、まだ発展途上であり、技術レベルは圧倒的に公共がリードしていた時代には、公共が主導で作成する技術仕様を実施するだけでも精一杯であったかもしれません。
しかし、現在のわが国においては、民間企業のレベルも飛躍的に向上し、グローバルな市場での競争で切磋琢磨されている企業も多く存在します。このため、官民の能力差は縮まるどころか、マネジメント、ファイナンス、人事など官民の能力は逆転してしまっているの分野も多くなってきています。よって、これまでのように、官>民という能力の関係を前提とした民活ではなく、むしろ官<民という場面においては、いかに民間セクターの智恵を公共セクターに注入するかという発想が、これからの官民の関係には重要になってきます。
2 新たな官民パートナーシップの形態
(1)役務調達からの脱却
これまでの民活の発想は、公共セクターが決めた業務内容(仕様)を民間セクターが受けて実施するという、いわゆる「役務調達(労働力の調達)」的な形態でした。しかし、官民の能力差が無くなり、ある部分では逆転する状態になると、「役務調達」的な業務の発注の仕方では民間の能力を活かしきれないという問題が発生します。例えば、清掃業務の委託を行うとき、「役務調達」ベースでの業務発注では、「毎日○回、どことどこをA方法で清掃しなさい」という仕様書が民間に示され、あとは民間がいかに仕様に沿って値段を見積もるかということになります。しかし、ある清掃業者さんが「当社のノウハウと技術によるB方法で実施すれば、半分の値段で同じ状態の清掃ができる」と言っても、仕様書にはA方法というやり方が指定されていますので、より優れたB方法では業務が実施できないということになってしまうのです。これは極端な例示かもしれせんが、民間セクターの能力を最大限に活用するためには、公共セクターが民間の業務内容を細かく規定してしまうのではなく、できるだけ民間のアイディアを活かす余地を多くし、かつ、民間の資源(ヒト、モノ、カネ)を最大限に活用する発想が重要になってきます。
(2)サービス調達からナレッジ調達へ
今後、公共セクターと民間セクターの関係は、労働力を調達する単純な業務委託のみでなく、民間の資源を活用し、公共サービスを提供するという発想が重要になってきます。この考え方を導入したのがPFI及び指定管理者制度であるといえます。
PFIや指定管理者制度は、まだ導入されてからの日が浅いため、内容的には極めて「役務調達」的な民間の活用になってしまっている事例も散見されますが、目指すところは、民間セクターが公共セクターに代わって公共サービスを提供するという、いわゆる「サービス調達」の業務形態です。
さらに、サービスの調達にとどまらず、民間のノウハウを行政の経営内部にまで取り込むことも必要です。例えば、東京都の病院PFI事業においては、民間事業者を「サービスプロバイダ」として位置づけています。これは、単に病院の診療支援業務の委託を行うのではなく、病院が患者さんに提供する様々な医療サービスの業務プロセスを再構築し、より効率的にかつ高い水準のサービスを提供するために、民間のノウハウを活用するというものです。公共セクターが自ら実施する業務に対しても、民間企業が持つBPR(ビジネス・プロセス・リエンジニアリング)やSCM(サプライ・チェーン・マネジメント)などのノウハウを取り入れ、公共セクターの職員自らが民間の経営手法に基づいて業務を実施することで、より高いパフォーマンスのサービスを提供することが可能となります。
つまり、労働力の調達からサービスの調達へ、そして、ナレッジの調達へという流れの中で、官民の関係は上下関係から水平関係の対等な行政経営パートナーへと代わっていくべきであると言えるでしょう。
[新たな官民パートナーシップの形態]
- 役務調達型パートナーシップ(業務委託、業務アウトソーシングなど)
公共セクターが実施するよりコストを削減するため、もしくは不足する労働力を充足するため、民間セクターから役務(労働力)を調達する↓ - サービス調達型パートナーシップ(PFI、指定管理者制度など)
公共セクターが実施するよりコストパフォーマンスを増加させるため、民間セクターからサービスを調達する↓ - ナレッジ調達型パートナーシップ(マネジメントアウトソーシングなど)
公共セクターの内部の効率化を促進するため、民間セクターからナレッジ(ノウハウ)を調達する
3 今後の官民パートナーシップの展開に向けて
ある著名な経営者の持論は、ビジネスにおいて重要なのは、仕事をもらった相手にではなく、むしろお金を払って仕事を頼んだ相手にこそ丁寧に頭を下げるべきというものです。なぜならば、仕事を発注したからといって高圧的な態度で接するよりは、腰を低く接することで良好な関係を築き、相手に気持ちよく仕事をしてもらった方が、払ったコスト以上の成果が期待できるからことです。
新たな官民パートナーシップの導入効果を高めていくためには、民間との対等な水平関係のパートナーシップの形成を前提に、発想の転換、意識改革が発注者である公共セクターには必要となります。
わが国には、「官尊民卑」という考え方がまだ根強く残っているといわれています。この意識改革がもっとも重要なのかもしれません。