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コラム「研究員のココロ」

ビジネス・プロセスの「カイゼン方法」とは?
~概念データ・モデリングから始めよう~

2006年05月01日 松永孝


 BPM(ビジネス・プロセス・モデリング)に注目が集まっている。モデリングの目的は、企業活動をどのように理解、認識しているかといった意思表示と利害関係者間での共有のためであり、もう一つは、情報システムを構築する際に雛型や設計書として利用するためで、究極的にはプログラムの自動作成を目指すこともある(モデル・ドリブン開発)。従来、ソフトウェアベンダーが後者の意味合いでモデリングを語ることが多かった。しかし、仮にプログラムは自動で作ることが出来ても、ビジネス世界をどのように認識しているかは人間がデータ構造として定義しなければならない。得てして、従来のデータ構造を踏襲したままBPR(ビジネス・プロセス・リエンジニアリング)によるプロセス視点のモデリングを行いがちである。
 また、情報システムは企業に導入され始めてから今日まで、構築されては作り直され続けている。現在ではシステム構築をストップすることは、あたかも経営を放棄するかの如く、新しい経営手法や業務プロセスを導入するためにシステム関連のプロジェクトが続々と立ち上がっている状況ではないだろうか。日々改訂が入る情報システムを構築する際には、ビジネス環境の変化に対して柔軟に対応出来るような安定した構造を目指すことが重要である。その際にビジネスの本質を体系化したデータ構造を持っているシステムと持っていないシステムとでは、手直し作業に大きな差が出てくる。
 そしてITコンサルティングの現場では、ソフトウェアパッケージの流行によって、情報システムの利用者が情報システムの表面的な理解しか出来なくなってしまっているのではないかと感じることもある。一からデータ・モデリングをすることで、改めてビジネス世界を深く理解することにつながるのではなかろうか。
 そこで、情報システム構築にどうモデリングを生かしていくのかを考えた場合、情報システムの利用者自身がモデリングを行い、先ずは「概念データ・モデリング」に着手して、ビジネス世界を深く理解、整理し、最終的な情報システムの実装の際にシステムの改訂に柔軟に対応出来る安定的なデータ構造を構築することが肝要だと考える。

ビジネス・モデリングとは
 BPMでは、ビジネスを様々な視点(プロセス、データなど)から捉えてドキュメントを作成する。例えば、経済産業省で推奨しているシステム構築手法EA(エンタープライズ・アーキテクチャ)の基となっているザックマン・フレームワークでは、企業活動を5W1Hの視点から、データ(What)、機能(How)、ネットワーク(Where)、人(Who)、時間(When)、動機付け(Why)に分け、更に関係者の立場を五つに分けたものとで6×5種類のモデルを想定している。また、BPMの表記法としてBPMN(Business Process Modeling Notation)の標準化が進められているが、現段階で統一されたものはない。しかし、統一された表記法が無いからといってモデリングを行わないのはもったいない。表記法を学ぶのも大事だが、その背景にある考え方や定義しようとする概念を理解することも重要である(※1)。

データに着目
 ザックマン・フレームワークの中でオーナー(企業経営者)が着目すべきWhatが、Semantic Model(意味論(もしくは概念)モデル)というデータ・モデルである。概念データ・モデルは、業務の観点からデータの構造と業務上のルールを表したものである。つまり、ビジネス世界を表す対象が全てリストアップされており、情報システム上で処理するデータの根本となるものである。概念データは、論理データ→物理データと形を変えていってデータベースに格納される。この物理データをコンピューターで操作していくのだが、体系的にデータが整理されていないとプログラム側で再度データに意味付けするための余計なロジックが必要になり、システム改訂の際には大きな影響を与える。

Semantic Model

情報システムの文法を知ろう
 概念データ・モデルを作る際には、二つの観点が必要である。ビジネス世界をどのように認識するかを様々な関係者の視点から整理する観点(意味論的アプローチ)と、情報システムが則っている文法から整理する観点(構文論的アプローチ)である。
 概念データ・モデリングは、意味論的アプローチのみになりやすい。我々が日常使っている言葉は一定の文法に基づいている。そして、企業には経営手法やビジネスルール、業務マニュアルなど明文化されたものがある。そのため、これらと企業内の暗黙知を明文化したものをモデルの表記法に従って表せば、概念データ・モデルが完成すると思ってしまう。しかし、情報システムがどういった文法で動いているのかをある程度理解しておかないと、データ定義の無限地獄に陥る可能性がある。例えば、Aさんは「在庫」を出荷前の商品と考え、Bさんは商品の売れ残りと認識し、Cさんは作業と捉えているなどと際限が無くなって、データをどう整理してよいか分からなくなる。
 情報システムの文法を基にした実体関連図(E-R図)は対象を実体、属性、関係として捉えたり、また現在のデータベースのモデルとなっているコッドの関係モデルは全定義域の直積の部分集合だとか、SQLの予約語は述語論理を表していたりと、構文論的アプローチのベースには情報科学や記号論理学がある。システム利用者が概念データ・モデリングを行うためには、ある程度こうした概念を理解していることが望ましい。独自のオペレーティングシステム「TRON」の開発者として有名な坂村健氏も日本人の特徴の一つとして、モールス信号の日本語コード割当ての話を例に「背景にある哲学を理解せずに形から入る」と記している(※2)。
 こうした二つの観点に基づく概念データのモデリング手法としては、上記のE-R図を発展させ、ウィトゲンシュタインの「論理哲学探究」をベースにした佐藤正美氏のT字形ER手法(※3)がある。また、慶應大学の中村善太郎教授の「もの・こと分析」(※4)、オントロジー(元来、哲学用語「存在論」の意味)(※5)といったものも利用出来るのではないだろうか。

データ・モデリングによりビジネス世界を情報システムの論理で深く理解する
 モデルを作ることによる効用は、先に挙げた目的以外にも、ビジネス上の新しい発見をすることが挙げられる。所謂、論理的思考でビジネスを見直すことにつながるからである。
 もしくは、西洋人は比較的文脈から対象を取り出して抽象化することを好むが、東洋人は場や状況などのコンテキストに依存しやすいと言われる(※6)ため、命題が真か偽かに限定する排中律に違和感を覚える人もいるだろう。そのため、データベースの項目に真でも偽でも無いNullを設定したり、フリーフォーマットの項目を用意して例外処理に対応しているケースも良くみられる。なるべく、データベースやプログラムに皺寄せせずに、徹底的に自社のデータ構造について検討して論理的なデータ構造を決定することは、小手先でビジネス・モデルをいじるよりも有意義な結果をもたらすものと期待する。
 日本人はコンピューターの原理とは異なる世界の認識の仕方をするかもしれないが、一度対象を把握して全体の流れが分かると、それをより良い方向にカイゼンすることが得意なはずである。ビジネス・プロセスの「カイゼン」はその対象となる世界の認識から始まる。KDDIでは既に、概念データ・モデルを作ってシステム改訂に臨んでいるそうだ(※7)。

 概念データのモデリングは、ビジネスを本質から見直す際の強力な武器となる。情報システムが、意味を剥ぎ取られたデジタル・データ(物理データ)の操作しか出来ないことを理解している人達は、どういった意味をデータに付与するかを概念データ・モデルで表現することになるだろう。その時ビジネスの本質を認識してからカイゼンを行うのと、そうでないのとでは、必然的に情報システムの作りに違いが出、ひいては企業の競争力に大きな差をもたらすことだろう。



※1「できる人のモデル思考力(勝藤彰夫・石ヶ森正樹共著 技術評論社)」
※2「21世紀日本の情報戦略(岩波書店)」
※3「データ設計の方法:数学の基礎とT字形ER手法 論理データベース論考(ソフト・リサーチ・センター)」
※4「もの・こと分析で成功する シンプルな仕事の発想法(日刊工業新聞社)」
※5「オントロジー工学 (溝口理一郎著 オーム社)」
※6「木を見る西洋人 森を見る東洋人思考の違いはいかにして生まれるか(リチャード・E・ニスベット著 村本由
紀子訳 ダイヤモンド社)」
※7早稲田大学IT戦略研究所エグゼクティブ・リーダーズ・フォーラム第5回コロキアム講演2005年6月28日
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