コラム「研究員のココロ」
サービス業や建設業における品質基準の考え方
2006年04月17日 三浦 利幸
1.明確になっていない品質基準
サービス業や建設業などの顧客、特に中堅・中小企業の場合、製品・サービスの生産プロセスや品質というテーマでコンサルティングを担当した際に、自社の品質基準が設定されておらず、またそれを新たに設定することに非常に抵抗感があるというケースに多く出くわします。ここでいう品質基準とは、サービスや建物の仕上がり具合がどの程度なら合格で、お客様に引き渡してよいのか、という判断基準のことです。これには、設計段階の仕上がり、実行・施工段階の仕上がり、のそれぞれの基準があります。
これに関して、顧客とは次のような会話を交わすことが多いような気がします。
私 「御社には、サービスの仕上がり状態を評価するための品質基準のようなものはありますか?」
顧客(以下、C) 「いいえ、ありません」
私 「それでは担当される方によって仕上がり具合がまちまちなのではないですか?」
C 「そうなんです。きちんとできる担当者と、そうでない者と、結構差があるんですよね。だから少しでもいい人を採用しようと努力しています」
私 「それで、いい人は採用できているのでしょうか?」
C 「それがなかなか上手くいかないんですよね」
私 「そうすると、今いる人にレベルアップしてもらわないといけないですね」
C 「結局はそうなりますね」
私 「そのために品質基準のようなものを定めて、当社のサービスは少なくともこのレベル以上でなければならない、ということをはっきりさせた方がいいんじゃないですか?」
C 「うちはメーカーと違って同じものを繰り返し作っているわけじゃないですし、お客様によって求めることも違いますから、品質基準はケースバイケースで、定められないんですよ」
2.品質基準の設定方法
サービス業や建設業の場合は、確かに1つ1つのサービスや建物が違っているので、まったく同じ作業をひたすら繰り返していくことはできませんし、それらの仕上がり具合をまったく同じ方法でチェックすることもできません。しかしやっていることや仕上がったものを詳細にみていくと、共通するポイントはそれなりに見つけられるはずです。
例えば建物の設計であれば、部屋の利用目的・大きさ・向き、柱や梁の入り方などはそれぞれ違うので、窓の大きさや形状がどうなっていればよいかは一概には決められませんが、昼間に窓からの採光で部屋の中を最低限どの程度明るくすべきか、という点は共通に考えられます。またバリアフリーで段差ができていないかどうかという点なども考えられます。色の使い方も、その会社なりのデザインの方針があれば、それに合致しているかどうか判断することも不可能とはいえないでしょう。
小売業の接客では、お客様とのやり取りの中ですべての対応を判断しているように思えるかもしれませんが、やはり店としての接客の方向性があって、それを基準として良い接客、悪い接客が評価されるべきです。言葉遣いはひたすら丁寧なら常によいというわけではありませんし、来店したお客様に話しかけたり商品を薦めたりするタイミングや、どのような商品を薦めるようにするかも店によって特徴があって然るべきです。
お客様からの具体的な要望があれば、品質基準を超えてそれに従うことも十分にあり得ますが、多くの場合、お客様はすべてに渡って詳細に要望を述べるということをしません。お客様はその道のプロに任せればいちいち言わなくてもきちんとしたサービスが受けられるとか、その会社のサービスなどの特徴に期待しているはずです。その期待を裏切って、「お客様が何も言わなかったので……」というのは通用しません。
もしサービスや建物などを判断するための共通ポイントが見つからないという場合は、どんなサービスや建物がお客様にとって良いものなのか理解できていないということなのではないでしょうか? ケースバイケースという言葉は、これが理解できていないことをごまかすための逃げではないかと思います。お客様は千差万別といえども、サービスのベースとなる部分に対する期待はそれほど大きく違わない、もしくはいくつかのパターンに分けられるものでしょう。
「この会社はしっかりしているな」と思う顧客の場合は、やはり品質基準がそれなりに明確になっています。このような基準ができると、多くの場合は品質チェックリストのような形になって現場で活用されますが、本質はチェックリストという形式ではありません。大切なのは、どのような仕上がり具合なら当社の商品として自信を持って世の中に送り出せるのか、その考え方が社内で議論され、明確にされ、共有されていることです。最終的にはチェックリストのような形にしないと、社内に広まらなかったりしますが、大切なのはその前段階でさまざまな人を巻き込んでそれぞれの認識をぶつけ合って、意思統一を図ることです。
3.経営幹部の関与と戦略的な品質基準の設定
そしてこのような基準を決める際、経営幹部の関与が重要になります。自社がどの程度の品質レベルを達成しようとしているのか、またはどのような特徴を持たせようとしているのか、それを決める責任は経営幹部にあります。しかし経営幹部がここをはっきりさせずに、この判断を「ちゃんとやれよ」ということで各担当者に任せてしまっているために、会社としてきちんとした品質が実現できていないということが実際には少なくないように思います。なぜなら「ちゃんと」の基準が人それぞれ違うからです。
経営幹部はその違いをすり合わせながら、他社との差別化も考慮し、それをどの程度のレベルで実現することを目指すのかを決定することが必要です。高い品質レベルを目指すとコストもそれなりにかかる場合がありますし、市場でのニーズがどの程度なのかということも考慮しなければなりません。これらを総合し、戦略的に判断し、品質基準を決定して全社に展開するためには、どうしても経営幹部の力が必要になります。
レベルのすり合わせは、最初は単にケーススタディ的に事例を共有するだけでも構わないでしょう。特定のサービスなどを取り上げて、それは良かったのかどうなのか、またその理由はなぜなのかを議論します。最初はそのポイントを一般化、明文化できなくても、人間には事例の知識を無意識のうちに他に適用する能力があるので、これだけでも役に立つはずです。そしてそれを繰り返すうちに、だんだんと一般化した品質基準が見えてくるでしょう。これを全社に徹底することができれば、この会社はさらに一段高いレベルに進むことができるはずです。