コラム「研究員のココロ」
対日投資促進に対するアジアからの視点
2005年07月15日 竹内 順子
2004年度の日本の対内投資額は4兆円と初めて対外投資額を上回った。内閣総理大臣を議長とする対日投資会議の発足からほぼ10年。”Invest Japan”の呼びかけは外国企業の関心をひきつけることに成功したのであろうか。
1.構造転換の促進と対日投資
日本の対外直接投資は1980年代半ばの円高を契機に急増したが、対内投資受入れの進展は鈍く、対内投資額は1997年度までは年間2,500億円から5,000億円の間で推移した。1999年度以降、対内投資額はようやく2兆円を超えるようになったが、米国や欧州主要国の受入額に比べると大きく見劣りする。先進主要国における2003年の対内投資残高を対GDP比でみると、英国の27.4%、フランスの24.7%、ドイツの22.6%、米国の14.1%に対して、日本は2.1%と極端に小さい(UNCTAD)。
直接投資は、新しい技術や経営ノウハウの導入、雇用の創出、新たな財・サービスの供給などのメリットを投資受入国にもたらす。米国では在米外資系企業が雇用の約1割を担っており、米系企業の海外子会社による雇用に匹敵する規模の雇用を米国にもたらしている。日本においても、長期不況と経済構造転換の必要性が高まるなかで直接投資受入れのプラス面が強く意識されるようになり、対日投資促進に向けた施策が展開されている。工場の海外移転などによって低迷する地域経済の活性化のために、地方においても外国企業を誘致しようとする動きが広まっている。
2.シンガポールの変容
外国直接投資がいかに経済構造を変容させうるかという良い見本がシンガポールである。外国企業への依存が大きいシンガポールは「テナント経済」と揶揄されながらも、常に有望な「店子」を求めて努力を重ね、政策主導で産業構造の転換を推進してきた。1970年代までは雇用創出、1980年代半ば以降は産業構造の高度化、1990年代に入るとイノベーションに重点を置いて、その目的に合致する企業に優遇措置を適用し誘致を図った。投資誘致担当機関である経済発展局(EDB)は世界各地に拠点を持ち、ターゲット企業に対する積極的な売込みと手厚いサービスの提供によって多くの成果を上げてきた。
しかし、それ以上に注目されるのはシンガポールが自らの描いた発展のビジョンを実現するために、産業の高度化やイノベーションを支える人材の蓄積や研究組織、インフラなど産業基盤の整備に注力してきたことである。1980年代半ば以降、貿易産業省が実施してきた施策の里程標には科学技術振興と人材訓練に関する施策が数多く刻まれている。里程標はビジョンの実現に資する経営資源の生成・蓄積において政府の役割が大きくなったことと、ビジョンの実現に向けて長期のコミットメントが必要であったことを物語っている。
例えば、シンガポールは1988年にバイオ産業を将来の有望産業の1つと位置付け、国家バイオテクノロジー計画を発表。公的研究機関の設立・運営、奨学金制度の創設や教育機関における関連カリキュラムの充実、製薬会社や研究機関の誘致などを進めてきた。こうした努力は途中経過ながらも、10数年後、バイオポリス(注)で研究に従事する2,000人超の研究者、シンガポール分子細胞生物学研究所による世界的に著名な研究者の招聘、10社を上回る外資系製薬会社の操業という成果に結びついた。
(注)バイオに関連する研究機関や企業を集中立地させるインキュベーション施設として2003年に開設された。
3.地域の魅力はなにか
シンガポールの例は良質な投資を呼び込むためには「テナント」の内容を変化させていかなくてはならないことを示している。日本が新産業、とりわけ競合国と差別化の余地が大きい開発型の産業の創造を志向するのであれば、イノベーションを促進する事業環境の充実が欠かせない。
現在、日本の9地域において「産業クラスター計画」が進められている。同計画は産官学のネット ワーク形成、地域の技術開発支援、インキュベーション機能の強化などによって、イノベーションを促進する事業環境を形成し、長期的には特徴ある産業クラスターへと発展させることを目指す。特定の産業分野に関する経営資源が集まるクラスターの形成は地域の魅力を高め、企業のさらなる集積を促すはずである。在日外資系企業が進出を決定する際に重視した日本の優位性の第1位は「マーケット」であるが、第2位は「ビジネス・パートナー」であった(ジェトロ『第10回対日投資に対する外国企業の意識調査』)。特色のあるクラスターの形成と産官学のネットワークは対日投資の促進にも寄与することが期待できる。