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コラム「研究員のココロ」

行政・非営利組織のバランス・スコアカード (1)

2006年03月31日 柿崎平


 このシリーズは、既に民間企業の間に広く浸透しているバランス・スコアカードの価値を改めて確認した上で、企業のみならず行政や非営利組織にとっても極めて有用性の高い経営ツールであることを解説していこうとするものである。
 初回は、登場から10年以上が経過したバランス・スコアカードに、ここ数年改めて注目が集まっている背景について、歴史的な流れを踏まえながら整理してみたい。


1.改めて注目が集まるバランス・スコアカード

 バランス・スコアカード(Balanced Scorecard)は、1992年、米国ハーバード大学のキャプラン教授とノートン氏の論文により、はじめて紹介された経営手法である。その後、大企業を中心にして急速に普及していったのだった。登場から10年を超えるバランス・スコアカードが近年、世界のビジネス界において改めて注目されてきている。その理由は大きく3点あるようだ。
 1つ目は、産業界における会計あるいはビジネススキャンダルの頻発が、あらゆる組織に対するアカウンタビリティと情報公開の徹底を求める動きにつながっていることである。2つ目は、財務指標のみに頼る経営の限界がいよいよ明らかになってきたことだ。3つ目は、大部分の組織にとって戦略の実行が極めて困難なことだという現実が理解されてきたことである。
 以下、この3つの要因をそれぞれ詳しくみていきたい。


2.不祥事が頻発する時代のビジネス

 ここ数年、企業スキャンダルの情報を見聞きせずに、新聞、ラジオ、テレビに接することが出来ない状況にある。どこを見ても、利益を「創出」することにほとんど狂気の沙汰となり、社会のルールはおろか法律までを踏み外した企業のニュースが目に付く毎日だ。米国であれ日本であれ、名だたる大企業が不祥事を起こしたとしても、だれも驚かない、そんな社会になってしまっている。一時は現代の市場社会における企業行動の模範的存在とみなされながらも、不正に染まり堕落してしまっていた企業は少なくない。企業に対する信頼はかつて無いほどに低下している。
 不正行為が次々と公表される中、社会は財務情報の適正化および公開を強く要求してきている。代表的なものが、米国のサーベンス・オクスリー法である。そうした改革が情報公開の進展に大きな貢献をしてきているのは事実だが、しかし、そこには重要なポイントが抜け落ちているといった指摘も根強かった。つまり、企業の健全性を正しく評価するためには、財務情報以外の情報も必要とする、といった議論だ。換言すれば、どのような企業であれ、その企業の真の実態を判断するためには、より広い視点をカバーする情報が必要だという見方だ。それは、一部上場企業でも、地方で介護サービスを提供する非営利組織でも、あるいは行政組織でも同じことである。最終的には財務的な結果に反映されることになる、当該組織の価値創造や価値破壊のメカニズムを何らかの形で可視化しなければならないということだ。ある調査で、機関投資家と証券アナリストに対して、最も重要な指標を訪ねていた。予想通り、利益やコストが当然のように挙げられた。しかし、同じく重要な指標として、マーケットシェア、新製品開発、そして戦略的目標の内容などの非財務指標が挙げられている。伝統的な財務指標を重視している企業は、株主へのリターンという観点では最悪の成績となってしまう傾向があることを突き止めた調査も発表された。
 こうした動きを背景に、業績に対するバランスのとれた見方が広まり、それを実現する経営コンセプトが喜んで受け入れられるようになった。バランス・スコアカードの導入を求める声は世界全体に広がっていったのである。例えば、カナダでは、公認管理会計士協会が「取締役のためのバランス・スコアカード」というタイトルの新たな管理会計ガイドラインを作成した。その資料は、エンロン崩壊により明らかになったコーポレートガバナンスやマネジメント上の問題などについて対応を要求するものであった。フランスでは、2001年会社法を改正し、上場企業に財務・環境・社会的側面の情報開示を義務付けるようになった。政府が、職場環境、コミュニティ、環境などに関する指標を示し、それに関して企業は年報の中で報告することが法的義務となった。米国でも、米国公認会計士協会が、年度報告に対する要求を満足させる上では、バランス・スコアカードの活用が貢献できることを表明した。


3.財務指標の限界

 伝統的には、全ての組織の業績測定は財務指標によって行われてきた。20世紀初頭に入り起こった財務イノベーションは、GMなどに代表される当時の大企業の成功に大きな役割を果たした。当時作成されていた財務的な指標は、機械のような性質として捉えられていた企業体や往時の経営哲学に正にぴったりのものであった。競争は活動範囲と規模の経済によって秩序づけられていた時代であり、財務指標は成功を判断する尺度として申し分のない役割を演じた。
 この100年、企業の財務的な成功をどのように測定すべきなのか、数多くの会計学者や実業家によって探求されてきた。活動基準原価計算(ABC)や経済付加価値(EVA)といったイノベーションは多くの組織の意思決定を助けることになった。しかしながら、近年、財務指標への全面的、独占的とも言ってよい信頼に対する多くの疑問が呈示されている。それは、あまりに多く活用されてきた財務指標に対するいくつかの批判を伴うものであった。

  • 今日のビジネス状況に適合していない。
    もはや有形資産は企業価値の第一の形成要因ではない。今日では、従業員の知識(この資産は上昇降下する)、顧客との関係、イノベーションや変革の文化などの要素により、組織がもたらす価値の大きさが左右される。
  • バックミラーを見て運転している。
    これは財務指標に関する伝統的な批判である。1ヶ月、1四半期、1年と続けて高い生産性をあげている組織があった時、そのシグナルは現在の財務指標に表れているのだろうか。知っての通り、何も反映されない。財務的な結果は、将来の業績を示す指標にはならないのである。
  • 機能別の孤立を強化してしまう傾向がある。
    ミッション志向の組織で働いているならば、目的を実現する上でのコラボレーションの重要性を理解できるはずだ。目的を実現するために数多くのチームがシームレスに連携しながら仕事を進めることができるかどうかがカギであるに違いない。財務的なステートメントは、このクロス・ファンクショナルな相互依存を上手く表現できず、時には孤立を助長してしまうことすらある。
  • 長期的な思考を妨げる。
    危機を迎えた多くの組織は最も安易で危険な手段を講じてしまうことがある。従業員のトレーニングや能力開発、場合によっては従業員そのものを削減することである。短期的にはポジティブな影響を与えることになるだろうが、長期的にはどうだろうか。この戦術を追求する組織は、長期的な優位性の源泉を自ら破壊することになるであろう。
  • 財務指標は組織の多くの階層にとっては意味のないものになってしまう。
    財務報告は本来的に抽象的なものである。ここでいう抽象的という意味は、異なるレベルにまとめ上げられる際には一定の特徴を捨象しているということである。財務報告を組織全体でまとめあげていくときは正にそうだ。情報を上のレベルへどんどんまとめ上げていくことで、現場のマネジャーや従業員にはもはや理解不能で、彼らの意思決定には役に立たない代物が出来上がることになる。組織のあらゆるレベルの従業員は、彼らの活動につながる情報を欲しているのだ。その情報は、彼ら自身の日々の活動が染み込んだものであるべきで、そうであればこそ関連性の高いものになるのだ。

 随分と財務指標を厳しく扱ってきたが、ここで指摘したいことは、財務指標のみに頼る経営の限界であり、財務指標が役に立たないものであるとか、財務指標を活用すべきではないなどと言おうとしているものではない。実際問題として、バランス・スコアカードの中でも財務指標は重要な位置を占めることになる。バランス・スコアカードは、財務指標と非財務指標の正にバランスを重視しているのである。


4.戦略~実行こそが大事なのだ!
 戦略というコンセプトは社会の至る場面に登場してくる。プロのスポーツチームはライバル・チームを打ち負かすための戦略を持っているだろう。私は、この小論を執筆する戦略を持っているし、おそらく全ての従業員は、家庭でも職場でも、日々の業務を達成するための戦略を持っているだろう。ビジネスの文脈で使用される戦略という用語の興味深い点は、それが何であるのかについて各人なりの見方があるということだ。戦略を議論する研究者、作家、コンサルタントの数と同じ数の定義が存在すると言ってよい。実際に、「戦略サファリ(Strategy Safari)」という本もあるくらいだ。
 近年、戦略を語る際に必ず強調される1つのポイントは、「戦略の実行は、戦略の形成に比べて、より重要であり、より価値の高いものである」という点だ。熱心に作り上げて、勝利をもたらす戦略に見えるものでも、それが実行されるかはまったく別問題なのである。それを実行してはじめて何かを手に入れることができる。企業の場合、戦略実行の品質に関する35%の改善は、平均して、株主価値の30%の改善に繋がるといった議論もある。株主価値は行政や非営利組織の最終ゴールではないとしても、戦略の実行能力を改善することは大きな便益をもたらすという点では同じことである。不幸なことに、非常に多くの組織は戦略の実行面で悲惨なほどの失敗を繰り返している。
 戦略実行を阻む壁は、「ビジョンの壁」、「人材の壁」、「資源の壁」、「マネジメントの壁」の4点だ。

(1)ビジョンの壁
 従業員へのエンパワメント、双方向コミュニケーション、そして情報共有などは、経営幹部やマネジャーが常に口にするコンセプトだ。言うことは容易いが、実際問題として、多くの組織では、組織の最も重要な情報であるビジョンと戦略が、現場の従業員に届くまでには長い道のりが必要とされている。
 今日、何らかの意味ある貢献をなそうとするならば、組織がどこへ向かおうとしているのか、そして、そこへ到達するための戦略を理解しておかなければならない。そうすることではじめて、ステークホルダーにとっての価値創造を行うために、部門の縦割りを超えた協働が可能になるのであり、自らのミッションを実現することが可能になる。

(2)人材の壁
 「成果主義」に関するさまざまな見方がある。ここで詳しく論ずることは出来ないが、いかなるインセンティブであれ、一時的にせよ焦点化、ないしは視野を狭める作用があることは、おそらく間違いのないことだろう。インセンティブ・プランの弊害は、金銭的な報酬を得たいがために、長期的な価値創造を犠牲にしてまでも短期的な財務業績の達成に集中してしまうことである。常に短期的なターゲットのみに焦点を定めている状況では、戦略の適切な実行は期待できない。その本来的な性質から、戦略は組織の長期的な展望を要求するのだ。財務的なインセンティブは、組織の戦略的観点を歪めることになりかねないのである。

(3)資源の壁
 60%の組織では、予算が戦略に結びつけられていないという報告がある。もしそうだとすれば、そうした組織では予算は何に結びつけられているのだろうか。大半の組織では、前年度の予算から適切な数パーセントの加減を調整するといったシンプルな方法がとられているのではないだろうか。これが、戦略実行の志や気運に与えるダメージは大きい。次年度の経営方針のプライオリティを細かく精査することが予算でないとしたら、予算はいったい何の意味を持つのだろうか。予算が戦略計画や戦略目標に結びついていないのならば、予算は組織活動方針をどのように説明しようとするのだろうか。

(4)マネジメントの壁
 「歩き回ることによるマネジメント(Management by walking around)」という言葉を聞いたことがあるだろう。従業員に近づき、頻繁に話しかけ、双方向のコミュニケーションで情報を分かち合うことが全ての人に便益をもたらすという考え方で行われる手法だ。対照的に、我々の大部分は、「緊急対応によるマネジメント(Management by firefighting)」の時代に暮らしているように思えてならない。一つの危機への対応が済めば次の危機へと向かっていく。立ち止まって、本来の目的、戦略、そしてミッションなどを振り返って思索する時間をとることはない。
 我々はハイペースの組織の中で生きているのだが、定期的な会議に参加している人も多いのではないだろうか。戦略実行のチャンスを得るために、この定期会議の在り方を変革していく必要がある。参加したメンバーが、実績と当初予算の乖離等について細かく精査し合うような会議に終始すべきではない。それよりも、議論し、学習し、戦略を討議するような会議を行うべきなのである。


 バランス・スコアカードが改めて注目を集める背景を整理してきた。こうした状況に対してバランス・スコアカードがどのような価値を提供できるのだろうか。次回は、バランス・スコアカードがもたらす効果、とりわけ戦略実行の支援機能をみていく。


【参考文献】
Paul R. Niven著, 柿崎 平 訳, 吉川 武男 監訳『行政・非営利組織のバランス・スコアカード』生産性出版 2006年
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