コラム「研究員のココロ」
中国・東アジアへの企業進出の鍵とは
~求められるブリッジ人材の育成~
2005年06月20日 河野俊明
1.中国・東アジアへの企業進出をめぐる状況
日本から中国・東アジアへの企業進出は依然として活発であるが、最近の傾向として大手企業や中小企業にいくつかの特徴が見られる。
大手企業の東アジアへの投資は、これまでコストダウンを目的に安価な労働力等を求めての製造拠点の進出などがその中心であった。こうした投資の流れは現在でも続いているが、大手製造業などの中には東アジア地域に研究開発や設計など、川上部分の工程を新設・移転する動きが見られる。例えば、松下電器産業(株)やシャープ(株)、富士通(株)、アルパイン(株)、ダイキン工業(株)などのメーカー各社は、中国各地やタイなどに研究開発や設計の部門を新たに開設している。
しかしながら、その実態はコア技術の海外移転などを意図したものではない。中国などの販売市場がこのところ拡大しており、現地仕様に対するニーズが高まりつつあることへの対応がその理由である。日本の製造業にとって中国企業の技術をキャッチアップする能力は大きな脅威となっており、このため、国内企業の多くは付加価値を生みだす技術のコア部分についてはむしろブラックボックス化を進めるなど、容易に移転・流出させない方向にシフトしている。
中堅・中小企業の中国・東アジア等への進出についても、コストダウンをねらいとした製造拠点の進出が中心である。その一方で、現地の販売マーケットに着目した企業進出がこのところ急増している。中国の巨大なマーケットは、中小企業にとっても大きなビジネスチャンスであり、特に、WTO加盟に伴う規制緩和の動きに期待しての現地販売を目的とした企業進出への関心が高まっている。
販売市場としての中国に注目が集まる一方で、質の良い労働力や中国との地理的近接性、中国に対するリスクヘッジなどの理由から、ベトナム、タイなどがこれからの製造拠点として中小企業の注目を集めている。中小企業基盤整備機構(旧中小企業総合事業団)が平成15年度に実施した調査によると、中小企業が今後、直接投資・業務提携する先として中国、中でも上海周辺の人気が突出して高いが、中国以外でみるとベトナム、タイをあげる企業が多い。一方、韓国、香港、シンガポールについては進出の意向が少なくなっている。また、マレーシア、インドネシア、フィリピンなどの国々への進出意向も、これまでの実績と比べると少ない。
JETROハノイセンターの話では、現在、日本から東アジアの投資状況については、中国をめぐって次の3つのパターンで整理することができるという。
(1)中国プラスワン(+1)
既に中国に進出している企業のリスクヘッジとしてタイやベトナムに工場等を設置するもので、大企業の投資戦略などに多い。グレーターチャイナ圏の発想である。
(2)中国代替(リプレースメント)
中国には進出してみたもののあまりうまくいっていない企業に見られるパターンで、中堅企業などに多い。中国を撤退してベトナムへ移転するようなケースが見られる。
(3)中国回避
当初からビジネス環境として厳しいとされる中国には進出せず、東アジアの中で一番出やすいところに進出するという考えを持った企業で、主に中小企業に多い。
このように、今後の日本企業の中国・東アジア進出は、中国を中心としつつも、新たな生産拠点として注目を集めるベトナムをはじめ幅広い国・地域が対象となることが予想される。同時に、これまで大手製造業などの海外展開に伴ってASEANの国・地域に海外展開してきた中小企業の製造拠点については、地域的な交代が進むことが見込まれる。
2.進出の成否を握る鍵~人材
昨年、中国・東アジアへ進出し一定の成果をあげている中小企業の実態を調査した。その結果、現地人材の教育・研修を徹底して行うこと、また人事の現地化を進めること、等によって経営に成功している事例や、海外での業務経験が長くマネジメントの知識なども豊富な50~60歳代の大手企業リタイア前の人材を総経理・社長などとして採用し、現地のマネジメントに適応しているケースなどを確認することができた。
逆に、中国・東アジアから撤退した中小企業を見ると、現地法人が独立した企業でありながら、その経営を日本国内と同列に考え、国内の一工場の感覚でしか見ていなかったケースが少なくない。海外の文化や商習慣等の違いにあまり注意を払わない、あるいは人材がいないなどの理由で、マネジメント能力が十分でない人間が現地の経営責任者となって失敗したケースもみられる。コストダウンが目的の進出であっても現地には現地での競争や商習慣があり、企業経営の能力持った人材が現地でマネジメントを行わないと失敗する。それができないのであれば、社長自らが足繁く出向くしか方法はない。
このように現地経営者層の人事の巧拙が企業進出の成否を大きく左右する要因の一つとなっているが、こうした課題をクリアできれば、中小企業であっても中国・東アジア進出の成功確率を高めることが可能となる。
3.経営人材のマッチングの推進
中小企業が中国・東アジアで成功するためには、経営人材についてのニーズのマッチングを一層進めることが重要である。現地法人のマネジメント強化には、海外現地の事情と日本国内の事情の両方に通じ、なおかつ経営の能力をもった人間が必要であるが、多くの中堅・中小企業には、こうした人材が絶対的に不足している状況にある。その一方、大手企業の中には、海外業務についての知識や経験、能力を持った人材、意欲のある人材が少なからずいるものと考えられるが、これらの情報が全く不足している(あるいは社外に出てこない)ため、結果として能力・人材のミスマッチが発生している。そこで、経済界の協力のもとに、中小企業の海外展開に必要とされる経営人材(候補)の発掘を行い、情報を一元的に収集・管理して中小企業などとの間で経営人材のマッチングを進めるしくみをつくることが、海外展開を成功に導くうえで有効と考えられる。
4.ブリッジ人材の育成
現地における経営人材とともに、中国・東アジアとのビジネスの活性化を図るうえで、日本との間を橋渡しする、いわゆる「ブリッジ人材」の確保・育成がきわめて重要な要素と考えられる。大阪府は、2005年3月から現在求職中の若者を中国でのインターンシップに派遣する事業を開始した。この事業のねらいは、中国での就業経験をその後の就職活動に役立てるとともに、大阪企業の中国進出の橋渡し役をも担ってもらおうというところにある。また既に、(株)ライブドア(東京)の関連会社が、中国の大連市において自社へのインターンシップ派遣という形態をとることによって、中国と日本を結びつける日本人ブリッジ人材の育成を将来のビジネスにしようとしている事例がある。
近い将来においては、日本からの投資だけでなく、中国・東アジアから日本への直接投資が拡大することも予想される。こうした動きに対応するためには、産学官が互いに協力してこれらブリッジ人材の育成を「双方向」で進めることが重要である。中国・東アジアからの留学生など優秀な人材については、インターンシップなどの形で国内に積極的に受け入れて日本の企業教育等を施し、日本企業等で教育された中国人、すなわちNEC(Nippon Educated Chinese)として輩出する。同時に、中国・東アジアに対しても人材の派遣などを戦略的に推進することで、中国(東アジア)でのビジネス経験を持った日本人、すなわちCEJ(China Educated Japanese)の育成を図る。
こうしたNECやCEJなどブリッジ人材の育成については、短期的な雇用対策・就職対策にとどまらず、日本と中国・東アジアとの中・長期的な経済交流拡大の観点から国や地域がともに重要な産業政策として位置づけ、積極的に推進する必要があろう。