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コラム「研究員のココロ」

制度の限界と対策

2007年02月09日 竹下隆


 1 成果主義という制度がもたらした弊害 ・・・・ソニー元上席常務の指摘

 文藝春秋1月号「成果主義がソニーを破壊した」を興味深く読みました。筆者は天外伺朗氏、ソニーの元上席常務です。「破壊した」とは、個人の成果主義や事業部の経済価値査定による部門報酬制度導入により、「燃える集団」や組織間の連携は消滅し、パソコン用リチウム電池のリコール問題等にみられるように、「宝石のような輝きを発していた会社だったが、いまや煤にまみれてしまった。」という意味だそうです。
 氏は米国心理学者の理論も引用し、「燃える集団」化には、自分の内側から自然にこみ上げてくる衝動である「内発的動機」が大切であり、金銭、出世や名誉を欲しがる「外発的動機」は内発的動機を抑圧し、これが強まれば、むしろ社員のやる気は失われる。業務成果と金銭的報酬を直接リンクさせ社員をより多くの報酬を求めて仕事に没頭させようという成果主義は外発的動機刺激策そのものであり、これがソニーの社員から内発的動機を喪失させたと述べています。
 また、成果計測のためにエネルギーや時間がかかり肝心の仕事がおざなりになるという本末転倒な傾向、ほぼ全員が達成できそうな低い目標を掲げ、ソニースピリッツの核心ともいえる「挑戦すること」をやめてしまったこと、目先の利益を追求する雰囲気の蔓延と短期的な収益に貢献しない業務(品質保持活動等)の軽視、事業部間の足の引っ張り合い等、他の成果主義導入企業でもよくみられる現象が生じ企業体質が変容したとのことです。
 そうして、対策として、無責任な合理主義経営で社員を無理やり型に押し込もうとするな。客観、公正な評価は不可能と認識し、自分の生命をかけて直感で評価すべし。部下にはすべからず温情と信頼感で接すべし。創業者の井深さんのような徳のあるトップの元で人間の内面から湧き出る動機と誇りを重視したマネジメントを展開すべきと提言し、「自由豁達ニシテ愉快ナル」会社の輝きを取り戻す日の来ることを祈って文章を結んでいます。

 2 制度だけに依存してよいのか

 企業は成長するにつれてグローバルスタンダードとされる諸制度を導入していかなければなりません。国際的な存在として規模拡大した組織を、多様なステークホルダーを満足させながら整斉と運営するために当然必要なことです。上記の成果主義、部門別業績制度、また、現在、作業しておられる内部統制システムもその一つでしょう。マネジメントスタッフが苦心してこれら制度を構築するわけです。しかしながら運用に当たる現場では、当初の意図どおりうまく機能することは稀です。それどころか逆に思わぬ弊害が生じ混乱を招くことも多いようです。
 こうした事態をスタッフ(支援するコンサルタントも)は工夫をこらし制度自体を改良することにより解決しようとします。例えば、成果主義でいえば、目標の難易度評価、チャレンジ加点、結果目標から行動(プロセス)目標設定への転換等ですが、究極の対策とはなりえていません。もちろん、より良い制度づくりは必要なのですが、それだけでは対策として不十分ではないかと思うのです。
 斬新な制度は組織に大きな刺激を与えます。組織は、それだけにこれをなんとかうまく消化しようという防御反応が出るのです。(うまくとは刺激という影響を極力少なくという意味で、けっして目的どおりに上手にということではありません。)また、表面上では受け入れても内面では拒否反応が出やすいのです。

 成果主義では目標レベルの抑制、部門業績評価では全体利益よりも自部門最優先のセクト主義。内部統制は、まだこれからですが、これを過度にガチガチにすれば、マニュアル墨守主義による改善意欲低下、顧客指向よりも規定指向、異例突発事態への対応逃避といった傾向がでないといいきれるでしょうか。これに対し新たな制度で対応しようとすればまた現場も対処策をというイタチゴッコに陥ります。
 組織を動かすために、体質を変革するために形、仕組み、制度を変えてインパクトを与えることは必要ですが十分ではありません。制度だけで押していくと、かえって当初の目的から逸脱し、反作用が生じかねないのです。ここに制度の限界があります。かといってもはや、あのルールなどの束縛のなかった自由な創業期に戻るわけにはいきません。すでに天外氏のように「生命をかけて直感で評価しろ」が通用する世代でもありません。
 ではどうすべきなのでしょうか。

 3 心を大切に

 和魂洋才という言葉がありました。私は対策をこれに求めたいと思っています。制度を仮に洋才だとすれば、和魂をもってことにあたれといいたいのです。
 魂を日本人的気質と精神の2つに区分して考えます。
気質からみると、アメリカ人は全体よりも個を重視、決められたとおりに自己の役割を果たすことに興味があり他人のことには無関心。日本人は対照的に全体がどうなっているのか、自分とどうつながっているのかに関心があり、また意義、目的が何かを知りたがり単なる部品となることを嫌うといわれます。そうであれば、日本の組織で制度を機能させようとすれば制度導入の背景、理念、目的を、つまり、その制度によってなにを狙っているのか、その狙いの達成が企業全体の理念やビジョンの実現にどう貢献するのか、ひいては、それが、われわれ(従業員)にいかなる意義をもたらすのかをトップは真摯に各組織の構成員に語りかけ納得させる必要があります。

 近頃はやりの制度だからとトップは担当部門に指示し、担当部門はトップの意向だからと現場に導入を迫る。こんなパターンでは機能不全となるのは明らかです。
 日本的精神については、成果主義を例にとれば、達成可能な低レベルの目標を設定し高評価をとろうとする者には、そうした行為は卑怯なことであり恥ずかしいことだということを、評価ばかりを気にする者については、「行蔵は我に存す、毀誉は他人の主張」の精神を、見るべき業績がないにもかかわらず評価結果に不満なものには、分をわきまえるということを教えなければなりません。また、管理職をして、それを部下に自信をもって教えることのできる管理職たらしめる必要があります。コンプライアンスや内部統制についていえば、誠実さや真摯さを重視しない風土の上では、チェックシステムや通報制度等をいかに精緻に構築しても有効に機能することは難しいのではないでしょうか。
 管理職に制度のルールや運用方法を研修するだけでなく、人事部はトップと一体となって管理職や社員の心の教育にも注力して欲しいものです。こうした価値観を企業文化として定着させることも人事部門の重要な役割ではないでしょうか。

 4 ビジョンと人材育成の必要性

 私は、グループ経営問題を取り扱うクラスターに所属していますが、この分野でも法制変更から、分割や合併による完全持株会社化と運営ルールの整備といったグループ経営の形、仕組み、制度面での変革が進んでいます。
 グループ経営の目的はグループ価値の向上にあります。このためには各事業会社が遠心力を発揮して成長してくれなくてはいけませんが、同時に、全体利益の観点からグループシナジーを創出する求心力を維持強化する努力を怠ってはなりません。この求心力の源泉はグループの一体感であり、これを生み出すものがグループの経営理念でありグループ経営ビジョンです。また、組織や仕組みをいかに作ったとしても、その上に立って、遠心力と求心力をバランスさせながら事業を統括し、目的どおりに仕組みやルールを運営できる核人材がいなければ機能しません。
 グループストラクチャーの改革だけでなく、グループ理念・ビジョンや人材育成にも是非注力いただきたいものです。

 5 まとめ

 組織や仕組み、制度の改革といったハードの改革は目に見えるものであるだけに優先されやすいと思いますが、これだけではうまく機能しないこと、場合によっては副作用が生じる虞もあります。この対策として、心の側面、理念やビジョン、イズムやこれに基づく教育による人材作り、企業文化創りというソフト面にも配慮して欲しいものです。これらは永遠の課題であるだけに持続的な活動が必要です。トップが常に熱く理念やビジョンを語りかけ、管理職が各現場でそれを具現化しようと努力している企業こそがエクセレントカンパニーなのではないでしょうか。
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