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コラム「研究員のココロ」

数値化の「怪」と「解」

2006年02月13日 藤本政信


■我々を取り巻く数値

 かつては曖昧にしか言えなかったことに、今次々と数値化が取り入れられて表現されるようになっています。
 例えば、優れた野球のバッターに与えられた称号である「勝負強さ」や「粘り強さ」は、以前はあくまで感覚で表現するしかありませんでした。それが今や得点圏にランナーを置いたときの打率、2ストライク以降の打率、対戦相手別やイニング別の成績といった具合に、あらゆる方向からバッターの特性を表すデータが数値になって提供されるようになりました。中には本当に意味があるのか、というデータもなくはないですが、しかし感覚だけでなくその根拠が示されるようになってきたというのは事実です。
 これはビジネスの世界においても同様です。かつては自社の売れ筋商品や、購買の多い顧客の特性などは、最前線の営業員や店員が何となく肌感覚で分かっているだけでした。企業はこの感覚に基づいて仕入れや営業戦略を考えなければなりませんでした。それが、POSや顧客カードの導入、ITの進化により様々なビジネス上の傾向が明確な数値データとなって現れるようになりました。これらの数値データを分析すれば売れ筋商品や優良顧客が分かるようになったため、曖昧で個々人に依存する感覚や経験よりも、データを使った経営判断や営業判断が叫ばれるようになりました。


■数値化の怖さ

 ところで、数値化されたデータは明確で絶対的なもののように感じますが、その解釈となると実はかなり曖昧さが残っています。これは、一見厳密に見える法律でも、人によって解釈の違いが生まれるのと同様です。先の例で言えば、2ストライク以降の打率が高いバッターは果たして「粘り強い」と解釈すべきかどうか、といったものです。人によっては四球の多さが粘り強さを示すという人もいるでしょう。
 この数値解釈の曖昧さは、色々な数値があふれている今だからこそ気をつけなければならない点であり、曖昧さがあることを理解した上で正確な解釈、判断をすることは、ビジネスパーソンが身につけるべきスキルの1つだと思います。
解釈という意味で極端な例を紹介しましょう。

 「夜、交通事故を起こした100台の車のうち、ヘッドライトをつけていたのは95台、つけていなかったのは5台だった。だから夜はヘッドライトをつけない方が安全だ。」

 この文章が間違っているのは一目瞭然でしょう。「100」「95」「5」という数字自体は間違ってないとすると、その解釈に明らかな誤りがあるのです。
 もう少し詳しくこの文章が間違っていることに気づくまでのプロセスを考えてみましょう。まず多くの人はヘッドライトをつけた方が安全だという「常識」が頭の中にあります。だから、即座に最後の結論が何かおかしいと感じます。次に最初の文と結論の文との間に矛盾点を探します。ここで、安全だという結論を言うためには事故の発生件数ではなくて、事故の発生率を見なければならないと気づきます。そもそも夜は、ほとんどの車がヘッドライトをつけているはずだ、だから安全の指標を発生件数として書かれているこの文は間違っていて、事故の原因は別にあるはずだという考えに至ります。そして自信を持ってこの文章が間違っていることを指摘するのです。
 このとき最も大事なのが、ヘッドライトをつけた方が安全という「常識」が頭の中にあるかどうかです。
それを確かめるために、次の文を見てください。

 「夜、交通事故を起こした100台の車のうち、MOSTGXをつけていたのは95台、つけていなかったのは5台だった。だから夜はMOSTGXをつけない方が安全だ。」

 こちらはどうでしょうか。
 先ほどと1つの単語が入れ替わったとたんに正しい文章かどうかは判断できなくなるはずです。いや、むしろ何となく正しい文章のようにさえ思えてくるかもしれません。
 ここでタネ明かしをすると、MOSTGXとは筆者が適当に作った造語で意味はありません。
 このように数値化を行うと数字自体がクローズアップされ、たとえ正しくない解釈でもそれらしく聞こえることがあるのです。これが数値化の怖さなのです。


■数値解釈の勘所

 この誤った解釈を抑止しているのがヘッドライトのような「常識」です。もちろん常識を持っているがゆえに新たな見方ができないという側面もありますが、少なくとも、とんでもない誤解釈はある程度抑えられます。しかし、現実のビジネスの場では、MOSTGXのようにどちらが正しいとも分からないまま数値から判断しなければならない場合もあります。
 このような場合、どうしたらよいでしょうか。
 このとき役立つのが仮説です。例えばMOSTGXは何らかの安全装置だ、という仮説を持ったとします。そうすると、その安全装置をつけない方が安全だという結論を少し冷静に見ることができます。夜はつけない方がいいのなら、昼ならどうだろう?とか、そもそもこの安全装置はどれくらいの割合で装着されているのだろう?といった次なる疑問が浮かんできます。
 数値を見て判断をしなければならないときは、その数値や結論を見る前に、必ず自分なりの仮説を持つことが、誤った判断を避けるための1つの方法です。
 仮説ができると、判断材料として、果たしてこの指標でよいのか、安全の指標は事故発生件数ではなく事故発生率ではないだろうか、といった分析手法や指標に対する冷静な判断ができます。

 我々コンサルタントの武器の一つは数値化です。数値化することによって曖昧なものが明確になり、それによってきっちりした判断を下せることも少なくありません。
 ただ同時に数字の解釈が持つ曖昧さと怖さにも気をつけなければなりません。
 それは判断に先立っての適切な仮説設定であり、仮説に基づいた適切な分析手法や指標の設定なのです。
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