コンサルティングサービス
経営コラム
経済・政策レポート
会社情報

経営コラム

コラム「研究員のココロ」

協働事業の評価に「受益者」の視点を

2006年01月23日 石井渉


■ 行政と民間セクターの協働が浸透してきた

 NHKの「難問解決!ご近所の底力」という人気番組をご存知だろうか。地域が抱えている課題に対して「嘆いているだけでは何の解決にもならない」と奮起し、地域一丸となって課題解決に取り組む人びとの姿を伝える情報番組である。従来であれば、「地域が抱えている課題の解決策を講じるのは行政の仕事だ」と相場が決まっていた。だが、少子高齢化の進展や深刻な財政赤字といった要因を背景に、行政が担うべき役割の範囲が見直されてきており、これまで行政がほぼ独占的に提供してきた公共サービスのあり方が大きく変わろうとしている。すなわち、「ボランティアやNPOや町内会、地元企業といった民間セクターと行政が協力・連携しながら公共サービスを提供していく」という考え方が、次第に強くなってきているのである。
 このような考え方は一般に「協働」と呼ばれている。協働とは、公共サービスの提供を行政に「お任せ」するのではなく、町内会やNPO、企業等の民間セクターも一緒になって公共サービスを企画・実行することを意味している。行政と民間セクターの協働は、ここ数年間で加速度的に注目を集め、多くの自治体で盛んに実践されるようになってきている。例えば、地域の住民ボランティアが図書館や福祉会館等の公共施設の運営を手伝ったり、町内会が行政の支援を得ながら地元道路の整備・管理を行ったり、福祉分野のNPOが独自のノウハウを活かして行政と連携しながら高齢者支援サービスを行ったりと、実に様々な民間セクターが様々な形で行政と協力・連携しながら、公共サービスの担い手として活躍しているのである。


■ 協働事業の評価の取り組み

 行政と民間セクターとの協力・連携によって実施される協働事業は、直接的には行政経営の効率化や多様な地域ニーズに対応した公共サービス提供の手段として、また間接的には地域社会を活性化させる手段として発展することが期待されている。そのためには、単に行政と民間セクターが協働して事業を実施すればよいのではなく、「この協働事業が意図していた目的は達成されているか」「協働事業は目標どおりの効果を生んでいるか」「行政と民間セクターがうまく連携しながら事業が進められているか」といった視点から、協働事業を定期的に評価していく必要がある。
 既にいくつかの自治体が、先駆的に協働事業の評価に取り組んできている。これら自治体では、協働事業の実施プロセスに関する行政と民間セクターの自己評価を、それぞれが付き合わせて協議する手法が試みられていることが多い。この手法では、事業の一定期間終了後に、行政の担当者と民間セクターの代表者が共通のチェックシートを用いて「両者の役割分担は明確であったか」「実施期間中に発生した課題に的確に対処できたか」といった評価項目について自己評価を行い、それに基づき両者間で(あるいはコーディネーターを介しながら)協議することによって協働事業の評価が進められることになる。
 このような手法は、行政と民間セクターの相互理解の促進や協働関係の円滑化を図るには有効な方法であると考えられる。多くの自治体にとっては、「民間セクターと責任を共有しながら事業を実施する」という事業形態はこれまであまり経験したことのない新しい取り組みであるため、協働事業の実施プロセスを事後的にチェックすることは、制度の形骸化を回避するという一定の意義があると言える。


■ 地域みんなで「見守る」ことが大切

 一方、合併による広域化に伴う地域内分権や団塊世代の地域回帰などを控え、自治体にとって民間セクターとの協働はますます重要性を高めてきている。協働事業が行政経営の効率化という手段に留まらず、地域課題の解決や地域活性化の手段として着実に発展していくためには、協働事業の質向上に加え、それを「見守る人」を増やすことによって協働の発展を促す環境を育んでいくことが必要である。そういった取り組みや視点こそが、まさに「ご近所の底力」となって協働事業の発展を下支えするのである。


■ 「受益者」視点の評価手法

 事業の企画・実施に直接関わっていない住民にも協働事業を「見守って」もらうように働きかけるためには、事業の「受益者」としての立場から協働事業の評価に関わってもらうことが有効だと考えられる。これまで協働事業の「提供者」の視点に限定されがちであった協働事業の評価の場に、「受益者」という新しい視点を組み込むことによって、協働事業が持つ多様な効果や課題を広く捉えるとともに、「住民がその事業を本当に必要としているのか」「住民は今の事業内容で満足しているのか」といった切り口から、協働事業のあり方を根本的に見直していくことにつながってくる。
協働事業の評価に「受益者」の視点を組み込むことのメリットとしては、主に次の2点を挙げることができる。
  1. 事業内容や提供方法が重点的な評価対象としてフォーカスされやすくなる
    協働事業が適切なプロセスで進められていたとしても、協働事業の内容や効果が芳しくなければ、その意義は小さい。「受益者」視点による評価は、事業の「提供者」が気づきにくい協働事業の課題・改善点を顕在化させ、事業内容や提供方法を改善するに有効な情報を提供する。例えば、公立図書館の運営業務に携わっているNPOにとっては、司書サービスの利用者からの意見・要望を把握することによって、それが利用者の潜在的なニーズを見出すきっかけとなり、そのNPOの独自的な強みを活かした新しいサービスの企画立案にも結びつきやすくなる。

  2. 地域社会における協働事業の認知・理解が向上する
    協働事業は公共サービスの質向上や行政の効率化といった直接的効果だけでなく、その実践の積み重ねによって地域社会を活性化させるという間接的効果も意図されている。だが協働事業の認知度が低く、その意義・役割が十分に理解されていないままでは、協働事業を梃子にした地域活力の向上は望みにくい。協働事業の評価の場に「受益者」である住民を巻き込むことによって、協働事業それ自体の認知度を高めるとともに、その事業に対する理解を浸透させやすくなる。行政と町内会が連携して行う地域防犯活動を例にとれば、地域住民からの意見を表明してもらう場を積極的に設けることによって、防犯活動それ自体の認知度が高まり、更には防犯活動への協力を得やすい環境の醸成にも寄与する。
協働事業は複数の主体の協力・連携によって進められるダイナミックな活動であることから、協働事業の評価には複数の視点を組み込み、バランスを持った評価軸を設定することが肝要である。その一つに「受益者」である住民の視点を取り入れることによって、協働事業の認知・理解を高めていくという取り組みが持つ意義は大きい。まだ始まったばかりの行政と民間セクターの協働を逞しく発展させていくためには、そういった粘り強い姿勢が、やがてジワリジワリと効いてくるに違いない。
経営コラム
経営コラム一覧
オピニオン
日本総研ニュースレター
先端技術リサーチ
カテゴリー別

業務別

産業別


YouTube

レポートに関する
お問い合わせ