コラム「研究員のココロ」
『“脱”下請け』を目指した新規事業開発
2005年03月07日 大井大輔
1.はじめに
書店をぶらついていると、『下請けやめてニッチをめざせ!!』(参考文献:1)というタイトルが目に飛び込んできた。そのとき、あるお客様の「大手取引先の業績が悪く、来期から取引が半分に縮小するんですよ。」という声が頭をよぎった。これまで一部の顧客との取引が売上の大部分を占める企業のコンサルティングをいくつか手掛けたこともあり、他のお客様からも同様の言葉をお聞きしてきた。
一言で下請けと言っても、(株)デンソー、アイシン精機(株)のように成長を遂げた上場企業は数多く存在する。しかし、現実的には多くの下請けは、特定顧客の方針や業績によって自社の経営を左右される(経営リスクが高い)ために、“脱”下請けを目指し新しい顧客との取引を試みるがうまく進まないのが実感である。本コラムでは、そのような下請け体質の企業がいかにして、下請けから脱するかを考えてみたい。
2.下請け体質の企業における問題点(特徴)
“脱”下請けのためには、新しい顧客と取引を始めなければならない。しかし、いざその局面では、今までの顧客では常識であったことが通じない、また従来のように商談がスムーズに進まないということが起こる。それは、(1)提案できること(提供できる価値)が分からない (2)新規営業の仕方が分からない (3)見積りや品質保証等のビジネスプロセスが従来と異なるという形で表面化する。
これらの問題は、これまで下請けに専念してきたので、(1)他の業界や競合企業に目を向けてこなかったために状況が客観的に把握できず、結果として自社の“売り”が意識できていない (2)今まで要望を聞いてただ製造すれば販売できたために、営業力がいまひとつである (3)顧客が自社のビジネスプロセスの一部を担っていたことから、自社基準がないなどという、“下請け体質の特徴”に由来するものだ。このように、新しい顧客と取引を開始することは、想定以上にハードルが高く、“脱”下請けに成功していない。
3.“脱”下請けは『新規事業開発』から始まる
下請け企業は、“脱”下請けのために新しい顧客との取引開始に注力している。その際、新しい顧客という認識はあるが、商談の仕方はこれまでと同じ様に行っている。つまり、「何かお手伝いできることはないですか。」と、今までと同じ会話を新しい顧客との間でも再現してしまう。
このような“御用聞き”レベルの営業活動では、新規顧客からも「じゃあ、この機器を作ることできないか。見積りを出してよ。」と言われ、またここでも今まで通り見積り書を作成する。慣れない顧客の慣れない機器に対する見積り額は、その顧客に既に入り込んでいる企業のものよりも高くなってしまう。その結果として、仕事につながらない。もしくは、逆に仕事を取るために安く見積りを出したとしても、製造段階でコストが膨らみ収益が赤字になってしまうという、最悪な事態に陥ることもある。
このようなケースはほんの一部だ。つまり、新規顧客との取引は、これまでの顧客との取引とは勝手が違うために、予想以上に困難が伴うものだ。例えるなら、これまで波風の立たない池でフナ釣りをしていた人が、突然、海で釣りをするぐらいの困難が伴う。つまり、そこにいる魚(ターゲット顧客)、釣り竿・餌(提供する価値)、釣り方(攻め方)が全く異なり、フナ釣りとは勝手が違うのである。これまで池で釣りしていた人が急に海で釣りをするとなると、どういった準備をするだろうか。何の準備もなく釣りに出かけても、当然釣果は期待できない。従って、海に行く前に、どのような魚が釣れるのかを調べ、その魚がどのような竿・餌で釣れるのか、またその釣り方を検討するのではないか。
このように池釣りと海釣りの違いは意識するが、ことビジネスの話になるとその違いを意識していない下請け企業が多い。新規顧客との取引も同様に、新規顧客の概要、課題や悩みを調査し、提案する内容(提供する価値)を明確にして、提案方法を検討しなければならない。このようなことから、新規顧客との取引は、これまでと同じように取り組むのではなく、一度一息入れて、全く異なる取引として認識し、『新規事業』として取り組むことが重要である。
4.“脱”下請けにおける新規事業開発のポイントは“意図的に経営資源を投入できるかどうか”
これまで池で過ごしてきた下請け企業が大海原に旅立つ。つまり、新規事業開発に取り組む。一般的な新規事業開発に関する書籍は巷に溢れかえっており、新規事業開発のポイントも色々なことが述べられている。
ここでは、私がコンサルティング業務を通じて実感した、下請け企業が新規事業を開発する上での一番のポイントを述べたい。
それは、新規事業開発に着手することを社内に対して宣言し、新規事業に意図的に経営資源(ヒト・モノ・カネ)を投入するということである。社内宣言とは、これまでの顧客に向いている社員の目を、今後は新しい顧客に向けなければならないと示すことである。もちろん、新しい方向に目を向かせ、新規事業に経営資源を投入してからも様々な困難が生じる。しかし、そもそも新規事業に資源を投入しない限り、“脱”下請けにチャレンジする機会すらも与えられずに、下請けを続けなければならない。
中長期的な経営リスクが高いために“脱”下請けを試みるが、これまでの顧客との取引で短期的にはいくらかは収益を上げられる。そこで得た収益を少しでも新規事業開発に投資し、新しい顧客を開拓しなければならない。具体的には、今後狙おうとしている市場に詳しい人材を外部から採用する、もしくは社内の人材を専属で新規事業開発に着手できるといった環境を整備することである。
このように述べると、「当社には新規事業開発に投資する資源がない。」という声が聞こえてきそうだが、その企業が進む道は2つしかない。1つは、タイタニック(これまでの顧客)に身を任せ、共に沈む。もう1つは、なんとかして救援ボートを出して次の商売の芽を探すかである(新規事業開発に着手する)。従って、経営資源を絞り出して新規事業に着手しなければ、“脱”下請けはいつまで経っても成功しない。
また、「経営資源を新規事業開発に投入しているが、成果につながらない。」とおっしゃる向きもあろう。その企業には自らの意志によって(意図的に)経営資源が投入できているのかと問いたい。
往々にして、今までの資源配分は、付き合いの長い顧客からの注文に左右されているはずだ。つまり、注文が少ないときは新規顧客の仕事に従事しているが、再び注文が多くなると元の顧客の仕事に従事するという状況である。これでは意図的に資源を配分しているとは言いがたい。 従って、このような状態では、新規事業開発に投資するための資源が十分に確保できないために、いつまで経っても新規事業開発は成功しない。意図的に配分するとは、経営資源を配分する優先順位を変えるということを意味する。つまり、新規事業への資源配分をまず第一に考えることだ。
その発想の転換ができるかが鍵である。「そんなことをしたら、特定顧客の仕事をできないのではないか。」と言われそうだが、そこは余った資源で生産性を上げて対応するしかない。生産性を上げる方法としては、例えば、これまで単発で取引してきた外注先をネットワーク化することによって効率化するとか、派遣社員を活用するとかによって生産性を上げるというように知恵を絞るしかない。もしくは、新規事業開発が軌道に乗り収益が上がるまで、経営者(管理職)がこの時期の重要性を社員に説き、火事場の馬鹿力を出してもらうようにお願いするしかない。誰しも体験したことであるが、締め切り前のラストスパートのような頑張りが必要である。
これまで述べてきた通り、“脱”下請けを目指した新規事業開発はそんなに容易くは成功しない。それだけ、痛みが伴うものである。しかし、その困難を乗り越えた企業だけが下請けという体質から、“自ら攻める体質”に転換できる。それは私が実感を持って言えることだ。
5.新規事業開発の取り組みによって見える世界
これまで述べてきたように“脱”下請け、つまり自ら新しい顧客を開拓し続けるための第一歩は、「ただ単に新しい顧客と商売をするのではなく、これから新規事業を開発するんだ。」という意識改革である。
次なる関門は意図的に新規事業に経営資源を投入できるかどうかである。その関門をくくれば、自らの意図によって顧客を開拓できる体質へ転換するための入口にたどり着ける。いみじくもドラッカーが「事業の目的は顧客を創造することである」(参考文献:2)と述べたように、事業とは自社の意志によって顧客を創造しなければならない。
そのような取引の積み重ねによって、冒頭で紹介した企業も“脱”下請けに成功したのではないだろうか。下請け企業を取巻く経営環境が不安定になっている昨今であるからこそ、即座に新規事業開発に着手され、“攻めの体質への転換”にチャレンジされたらどうか。
参考文献
- 日比 恒明 「下請けやめてニッチをめざせ!!」ウェッジ(2002)
- ドラッカー 「現代の経営」ダイヤモンド社(1996)