コラム「研究員のココロ」
民間のノウハウが変える公共のストックマネジメント
(後編)
2005年02月28日 日置春奈
公共施設においても、新規整備の場合はDBO(Design Build Operate:建設・運営・維持管理の一括発注)やPFI(Private Finance Initiative:建設・運営・維持管理等に民間資金を活用)を検討するケースが増えている。既存施設に対してこのような新しい事業手法を導入したケースはまだ少ないが、以上に示した民間における資産管理の考え方を適用することは非常に有用である。民間の手法をうまく適用しうる公共既存ストックの活用方策には、以下のものがあると考えられる。
- 長期責任委託 :既存施設の運営維持管理業務を包括的にアウトソーシングする手法であり、特に改修工事等を伴わない事業において、運営維持管理の効率化に効果的である。
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- 導入効果の高い施設:運営・維持管理費のボリュームが大きい施設、老朽化が激しく修繕工事の頻度が高い施設(廃棄物処理施設、上下水道施設、庁舎など)
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- 活用のイメージ:
- ・今後10年間のごみ焼却施設の運営維持管理業務を、性能発注により民間事業者に一括して委託する。
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- RTO(Rehabilitate Transfer Operate)方式 :建物のリニューアルと運営を事業者に一括して委託する方式であり、既存ストックを活用して公益性の高いサービスを行いたい場合に効果的である。また、「公の施設( 注1 )」であれば指定管理者制度との併用も可能である。
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- 導入効果の高い施設:陳腐化により集客力の低下した施設、地域ニーズの変化により不要となった公益施設(観光施設、文化施設、小中学校、出先事務所 など)
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- 活用のイメージ:
- ・過疎化に伴い廃校になった小学校を民間事業者が高齢者福祉施設としてリニューアルし、運営・維持管理業務を行う。 ・民間事業者が、陳腐化により集客力の低下した温浴施設のリニューアルを行うとともに、指定管理者として運営・維持管理を行う。
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- ROT(Rehabilitate Operate Transfer方式) :RTO方式を一歩進め、所有権を事業者に移転することで、より自由な発想で事業 提案を行えるものとして位置付けられる。所有権を事業者に移した上で、もともとのオーナーである地方公共団体が建物を(全部もしくは一部)借り上げる方式である。事業期間終了後の所有権再取得の方法により、一括買取方式、リースバック方式、証券化方式が考 えられる。
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- 導入効果の高い施設:維持管理費のボリュームが大きい施設、中心市街地など利便性の高い立地条件の施設、1棟の施設規模が大きい施設、中小規模の同種の 物件が複数ある施設(庁舎、文化施設、出先事務所、公営住宅など)
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- 活用イメージ:
- ・中心市街地に立地する庁舎を50億円で民間事業者が設立するSPCに売却し、証券化する。行政組織は従前の通り庁舎を使用し、テナント料をSPCに支払う。SPCは適宜余剰スペースの改装を行い、テナントを誘致して賃料収入を得る。(ROT-証券化方式)
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大規模のストックを保有する都道府県や政令指定都市レベルの自治体においては、既存の庁舎や公共施設の有効活用方法を検討することが急務となる。その活用方策を検討するにあたっては、自治体や対象施設固有の事情を踏まえ、ケースに応じた判断基準を構築していく必要がある。 ただし、民間を活用した事業手法の導入が決して容易ではないのも事実である。
その第一のハードルとなるのは、行政側の内部的な調整における説明責任であろう。新たな事業手法の導入にあたっては行政財産の普通財産化や官民の事業区分の明確化等の煩雑な事務手続き、様々な法制度との整合性チェック、あるいは意思決定に係る関係諸機関との庁内横断的な協議が必要となるため、担当セクションの事務負担は増大することが予想される。まず事業の推進体制を充実させるとともに、時間的に余裕のあるスケジュールを組むことが必要となる。
また第二のハードルとなるのは、従前から施設を利用してきた地域住民や、管理業務等を受託してきた地元事業者など、地域社会に対する説明責任である。公共のサービスを民間に一任することは、これまで提供してきたサービスの質が落ちる、中小企業の多い地元企業が受注機会を失うといった、ネガティブなイメージで地域に受け止められることが多いためである。しかし実際には、地域社会で懸念される課題は事業スキームの組み立て方ひとつで回避することが可能である場合が多い。ここで行政側に求められるのは、単に一方的な説明を行うのではなく、住民や地元事業者が何を求めているかを知り、彼らにとってのメリットやデメリットを認識し、状況によっては対応していくという柔軟な姿勢であろう。
さらに第三のハードルとして、建築、不動産、金融など多岐にわたる専門的判断のとりまとめがある。既存施設のリニューアルや用途変更を行う場合、建築物の再利用が本当に可能なのか、耐久性や適合性など技術的・法律的なチェックを検討段階で行わなくてはならない。また、事業採算性や金融手法についても専門的な判断を要するため、多岐にわたる専門分野からの見解を取りまとめ、適切な意思決定を行うことが必要とされる。行政内部だけでは調整が困難となるため、財務・技術・法務等を専門とする事業アドバイザーにこうした調整機能を外部委託する必要がある。
官民のパートナーシップといっても、その中に登場するプレーヤーは「地方公共団体と事業に参加する民間事業者」だけではない。実に様々な利害関係者の間で専門的知識やノ ウハウ、資金、リスクがやりとりされるのであり、この手順に伴う複雑さはそのまま、これまでがいかに楽であったかということの裏返しなのかもしれない。
- (注1)
- 「住民の福祉を増進する目的をもって住民の利用に供するために 地方公共団体 が設置する施設」学校、病院、図書館など。
参考文献
- 「PFI実施案件の実態調査報告書」(社)日本プロジェクト産業協議会、成15年9月
- 「官庁施設のストックの有効活用のための保全の指導のあり方」国土交通省
- 「廃校施設の実態等調査研究報告書」文部科学省、2003年6月
- 「今日のプロパティマネジメント(PM)のありかたおよびPM評価システムについて」村木信爾(住信基礎研究所)『BELCA NEWS』2003年1月号