コラム「研究員のココロ」
民間のノウハウが変える公共のストックマネジメント
(前編)
2005年02月28日 日置春奈
日本の都市は「スクラップ&ビルド」によって形成されてきたと言われるが、近年では長引く不況によって少々事情が異なってきている。都心の一部を除いて新規投資に資金が回らなくなってきたこと、取り壊し・建替えに伴う環境負荷が深刻に受け止められるようになったことなどからも、従来のスクラップ&ビルドの流れは変わらざるを得ない。そんな中で、地価・賃料の値下がりにより、容積一杯の建替えよりも長期的に健全な不動産運用の方が有利、との見方が主流になりつつある。不動産の金融商品化が進み、流動的な資産として取引されるようになったことを背景として、新たに建物をつくるのではなく現存する建物、つまり既存ストックを最大限に活用するために資金と知恵の投入されるマーケットが拡大してきたのである。
その一方で、今回取り上げる地方公共団体の資産に関しては、いまだ手つかずの部分が多い。多くの地方公共団体では、高度成長期に建設した公共施設の更新時期にさしかかりつつある。また、バブル期に計画されたものに多いが、当時には予想し得なかった財政状況の悪化により、運営維持管理コストが自治体の大きな負担となり、行政批判の種になっている施設も少なくない。この状況に追い討ちをかけるかのように、人口構造の変化や行政組織のスリム化など、社会情勢の変化により空きスペースが生じたり、建物自体が不要になったりする公共施設も増えている。つまり、公共施設の運営維持管理コストが財政を圧迫している状況に加え、今後も使い道の決まっていない既存ストックの余剰が確実に増加することが予想されるのである。
公共の資産には公共施設や道路なども計上はされるが、民間とは異なり、その多くは処分できない資産ばかりである。自治体経営の健全化のためには、既存ストックを単なるお荷物ではなく「資産として長期的に運用する」という視点が必要となる。冒頭にも述べたように、民間市場における不動産とは、既に含み益を前提として「所有」されるものではなく、キャッシュフローを生み出す資産として「経営」される対象になっている。地域間競争の時代においては、地方公共団体にも同様の考え方が求められるのではないだろうか。
ところで、ある不動産からキャッシュフローを生み出すための原則は、「維持管理や修繕にかかっていたコストを減らす」「建築の質や空間の利用効率、提供されるサービスなどを改善して、もっと収益を上げられるようにする」の2つである。しかし、従来の公共における資産管理には、このシンプルな原則でさえ、分かってはいても適用を困難にする構造的な問題があった。その主な問題を以下に挙げる。
- 過剰スペックや設備老朽化による維持管理コストの増大:建物が必要以上に立派であり、「使うところだけ動かす」といった柔軟な運用が難しい。また、老朽化によるエネルギー効率の低下が早く、維持管理コストが増え続ける傾向にある。
- 競争の欠如や限定的な業務発注方式によるサービス向上意識の低さ:営利目的の経営ではないため、施設運営主体にサービス水準を向上させようという意識がない。また民間企業に維持管理業務等を委託する方式は単年度・一業務一契約が一般的であるため、清掃や警備などが個別に発注されており、総合的な視点から効率的にサービスを提供する意識が民間サイドにも働かない。
- 具体的な修繕計画の欠如:通常は不全が明らかになってから初めて修繕工事を発注しているため、思わぬ「道連れ工事」で多額の修繕費用が発生するリスクがある。
- 法的規制による柔軟なスペース活用の難しさ:用途が定められている「行政財産」は私権の設定が不可とされているため売却や貸付ができない、起債償還や補助金の返還が完了するまでは用途転換ができないといった理由でスペースの活用方法も限定されている。
上記の状況を解決するのに、公共と民間が連携して事業を実施する「官民パートナーシップ(Public Private Partnership )PPP」の考え方を導入し、民間で蓄積されてきた資産運用のノウハウによって公共の資産を再生することに大きな期待が寄せられている。
民間の資産活用においては、以下に示す手法がよく用いられている。なお、これらの1つ1つは単独で機能を果たすものではなく、通常はいくつか組み合わされて実施されるのが一般的である。
- プロパティマネジメント(PM):中長期的な視点からハードの管理とテナントの誘致・管理を一括して総合的に行うことで、修繕リスクと需要リスクを最小限に抑え、キャッシュフローを増加させる管理手法。一般的には通常の維持管理を行うビルメンテナンス業務、中・長期的な修繕・改善工事を行うコンストラクションマネジメント、テナントの誘致や営業を行うリーシングマネジメントの3つから構成され、これらの業務を一括して受託するPM事業者には、不動産会社・建設会社・設備機器関係など様々な業種が参入している。
- リノベーション、コンバージョン:リノベーションは老朽化や設備の陳腐化によって収益力が低下している資産に追加投資を行い、修繕・改修を施すことで収益力の回復を目指す手法である。近年では単なる修繕ではなく、明確なターゲットに向けた新たな付加価値を伴って再生する(小型の賃貸オフィスをベンチャー企業向けに通信環境を整える、中古マンションをDINKS向けのデザイナーズマンション風に改装する、など)例が増えている。コンバージョンはオフィスビルから賃貸マンションへの転換という意味で取り上げられることが多いが、一般的には用途転換を伴うリノベーションを指す。ストックの活用を重視する欧米では、従来から工業施設を美術館として再利用したり、倉庫をレストランやロフト住宅として改修したりと、用途を変えながら修繕を加えて古い建築を残していくことが一般的に行われてきた。日本では近年、建設市場が縮小する中でオフィスビルが供給過多となったことから急速に市場が成長しているといわれている。個々の事業規模は小さいものの、スーパーゼネコン各社も注目し、事業化を目指している企業も多い。
- リースバック、不動産証券化:リースバックと不動産証券化は、継続的な使用や再取得の可能性を残しつつも、資産を売却もしくは証券化して資金調達やオフバランス効果といったメリットを享受できる手法で、企業の自社ビル等によく用いられている。「リースバック」は不動産の所有者が売却した物件に賃貸で今までどおり入居しつつ、買い戻し費用を長期にわたって平準化する手法である。「不動産証券化」とは、当該資産の保有を目的とする特別目的会社(SPC)に不動産を売却し、オフィスやマンション、商業施設等として不動産が生み出す収益(キャッシュフロー)を担保とした有価証券を発行することで、投資家から資金調達を行う手法である。この証券は他の金融商品と同様に信用と流通性を備えており、金額が大きく流動性の低い不動産を、低リスクの小口商品として流通させることが可能となる。