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Business & Economic Review 2009年4月号

【特集 経済・雇用危機への対応】
日本版Working Tax Creditの設計-試算と導入に向けた課題

2009年03月25日 調査部 ビジネス戦略研究センター 主任研究員 西沢和彦


要約

  1. 税制の抜本改革が提唱されるなか、ワーキングプアに象徴される低所得層拡大への政策的対応という側面から、還付つき税額控除(Refundable Tax Credit)への注目が高まっている。それは、税制を通じて、その伝統的な役割である徴税のみならず、社会保障給付と同様の機能を果たす現金給付も行うことを大きな特徴としており、近年、欧米で導入が進んでいる。

    還付つき税額控除は、理論的にみて、可処分所得の引き上げを目的とする他の政策手段に比べ、a.税務当局の持つ情報が活用できること、b.スティグマをあまり感じさせずに済むこと、c.貧困の罠を回避できること、といった複数の利点を見出すことができる。もっとも、わが国では、還付つき税額控除に注目が集まりこそすれ、議論は入り口段階にとどまっている感が拭えない。そこで、本稿は、今後の議論の深化に寄与すべく、還付つき税額控除、具体的には「還付つき(Refundable)勤労税額控除(Working Tax Credit)」のおおまかな設計を、マクロとミクロの試算を交えて行い、それを通じて、導入に際しての諸課題を抽出することとした。

  2. 本稿で行った還付つき勤労税額控除のおおまかな設計と結果は次の通りである。対象者を「民間給与実態調査」における給与収入200万円以下の1,023万人とした。金額は、一人平均10万円、30万円(年間)の二つのケースを想定した。したがって、マクロで総額1.0兆円、3.1兆円規模の財源が必要となる。この財源捻出の有力な候補としては、所得控除のなかでも最大規模を占める給与所得控除の見直しが考えられる。もっとも、1.0兆円、3.1兆円規模の財源確保であれば、本稿の試算によれば、給与所得控除の定額化や廃止といった抜本改革ではなくとも、給与所得控除を算定する際の控除率の見直しおよび頭打ちの設定で可能である。

  3. ミクロ的な観点から家計が受ける経済的効果を一人10万円の還付つき税額控除の場合で確認すると、給与収入100万円の人(単身世帯)は、現行税制における納付税額ゼロ・還付ゼロから、改革後、納付税額ゼロ・還付10万円となる。給与収入200万円の人は、現行納付税額10.1万円・還付ゼロから、改革後納付税額0.1万円・還付ゼロとなる。還付、納付税額の減少により、何れも10万円の可処分所得の底上げとなる。他方、例えば収入1,000万円の人は、改革後、給与所得控除が圧縮されるにもかかわらず税額控除の効果が及ばないことから、8.2万円の増税となる。

  4. 本稿を通じ、財政的には還付つき勤労税額控除の導入が可能であるということと同時に、導入に際し克服すべき課題が多いことが改めて確認される。主なものは次の五つである。

    (1)基本的政策目標の設定である。誰を対象にどこまで支援するのかが事前に決められ、そのうえで、政策手段の選択・組み合わせの議論へと移るのが本来的な道筋であろう。しかし、現在はこの政策目標設定の議論がほとんど行われていない。例えば、相対的貧困率15.3%(OECD推計)を5年以内にOECD平均値まで低下させるといったように、具体性があることがのぞまれる。

    (2)そのうえで、政策手段の選択・組み合わせの検討である。政策目標実現に向けて、還付つき税額控除は一つの手段に過ぎず、最低賃金引き上げ、および、社会保障給付などの選択・組み合わせがトータルに議論される必要がある。実際、アメリカなどでも、最低賃金と還付つき税額控除の組み合わせによる低所得層の可処分所得底上げが戦略として明確に示されている。

    (3)国・地方横断的な執行体制整備である。還付つき税額控除は、所得を正確に一元的に把握することが大前提となる。そこで、まず個人所得税を徴収している国税庁と個人住民税を徴収している市町村の連携の一層の強化、さらに進んで徴収一元化、および、納税者番号制導入を検討する必要がある。

    (4)個人所得課税はもちろん、他の税目との一体的な見直しである。昨今、高齢化のコストを賄うために、消費税率の引き上げの必要性が議論されているものの、その逆進性対策として、個人所得課税における所得控除やブラケット見直し、税率変更といった手段のほか、還付つき税額控除は有効な対策となりうる。

    (5)税制と社会保障制度の一体改革である。これは、主に三つの観点から求められている。a.税制・社会保障制度全体で、可処分所得にどう影響するか一体的に把握することの必要性である。可処分所得は言うまでもなく、個人所得課税および社会保険料を支払った後の所得である。したがって、仮に還付つき税額控除を導入したとしても、それとは関係なしに社会保険料を引き上げたとすれば、せっかくの税制改革の経済的効果は減殺されてしまう。b.還付つき税額控除と社会保障給付との水準の整合性である。例えば、フルに就業している人の可処分所得が生活保護給付より低いような状況があるとすれば、それは解消されなければならないであろう。c.税制と社会保障で類似の目的を持つ場合の整合性確保、さらに進んで整理統合である。例えば、還付つきのChild Tax Creditを導入するのであれば、児童のいる家庭向け現金給付である児童手当および児童扶養手当との間でそれが必要となる。

  5. このように、還付つき税額控除導入にあたって克服すべき課題は、国と地方、税制と社会保障、および、制度と執行といったように複数の次元で横断的なものとなる。これらは、検討を避けて通れない課題ではあるものの、検討には時間がかかることも容易に想像される。昨今の極めて厳しい経済・雇用情勢に対する即効薬としての政策とは別に、地道に取り組んでいくべき課題であるといえよう。
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