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Business & Economic Review 2009年6月号

【STUDIES】
「組織資産」と企業パフォーマンスの実証分析-企業固有の「無形知的資産」は企業価値を高めるか

2009年05月25日 新美一正


要約

  1. 会計制度改革の方向性は、旧来の損益計算書中心主義から貸借対照表中心主義へと、明確に移行しつつある。これに伴い、これまで軽視されがちだった無形資産に対する関心が、会計研究者間で高まっている。しかし、無形資産に関する実証研究は、データの入手可能性もあって、もっぱら、特許権やブランド価値などの知的財産権や研究開発費に係わる分析に興味を集中してきた。しかし、企業パフォーマンスの格差を、これら「目に見えやすい」無形資産価値だけで説明することは困難であるから、こうした研究対象の偏りは、企業経営の実態を正しく把握し、正鵠を得た指針を提供するという、経営分析の基本目的に照らしても、決して好ましいことではない。

  2. 以上の問題意識に立って、本稿では、企業を成長させて行く経営資源ではあるが、物的な資本や労働などの目にみえる生産要素には属さない資産─かつてPrescott and Visscher[1980][13]が「組織資本(organization capital)」と呼んだもの─に焦点を当てた。言わば、経営者がしばしば「わが社のDNA」とか「わが社固有の風土」などの比喩で呼ぶところの「他社にはない自社固有の強み」について、実態に即して検討することが本稿の主要な目的になる。

  3. 目に見えない企業価値である組織資産を実証的に検討するためには、それをどのように定量的に
    把握するかという点が主要な問題となる。本稿では、実証会計学的なアプローチを採用し、労働、資本などの有形投入要素量を用いて企業の生産関数推定を行ったうえで、有形の資産投入では説明できない部分の価値を組織資産の価値と定義することとした。具体的な分析対象はわが国上場企業(3月決算)429社であり、2000年3月期から2007年3月期までの単独決算財務データを用いた生産関数のパネル推定を行い、その結果から各企業別の固定効果項を算出して、組織資産の蓄積状況を調べている。

  4. 実証分析結果のなかで、とくに注目されるのは、研究開発投資に注力している企業群や、非製造業で広告宣伝活動を重視している企業群において、その他の企業群との対比で、組織資産のばらつきの拡大や分布の偏りなどが観察された点である。これら企業群において、相対的に組織資産の蓄積に乏しい企業の割合が高いというファクト・ファインディングは、「目に見え難い」価値である組織資産形成に対する投資決定が経営者にとって─研究開発投資や広告宣伝活動への費用支出に関わる意思決定問題と比較しても─相対的に難易度の高い問題になっていることを浮き彫りにするものと言える。

  5. 組織資産形成のための投資支出は、それ自体を直接の目的として明示的に行われない部分が大きいという、他の資産には見られない特徴を持つ。とりわけ、人的資本と関わりの深い組織資産形成に対する投資の成果を企業組織内にとどめるためには、ある程度固定的な雇用関係を維持する必要があり、それは、不況期における人材保蔵費用という追加的な機会費用を企業にもたらすことになる。こうした機会費用発生の検討をも含め、経営者の適切な投資判断が行われなければ、組織資産の形成・蓄積はおぼつかない。また、適切に蓄積された組織資産のもたらす生産誘発効果は、わが国企業独特の長期・安定的な雇用関係が生み出してきた目に見え難いメリットの一つとも考えられ、このことは、今後の労働市場における規制緩和や雇用システム設計の方向性を考えるうえで、一つの重要な切り口となるように思われる。

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