アジア・マンスリー 2009年1月号
【トピックス】
具体化が進む中国の景気刺激策
2009年01月01日 佐野淳也
胡錦濤政権は、あらゆる措置を講じて成長維持を目指す方針に転換した。内需拡大の促進や雇用確保に向けた具体策も動き出しており、迅速な政策執行による景気悪化の回避が期待される。
■景気の悪化を踏まえ、成長維持を前面に押し出す
中国経済が減速傾向を強めている。胡錦濤政権は当初、「双防」(経済の過熱防止とインフレ抑制)を2008年の経済運営方針として掲げていたため、「景気の減速は、過熱防止に向けた一連の取り組みの成果」という肯定的な認識を2008年半ば頃まで示していた。
しかし、一部の沿海地域や労働集約型産業(例:繊維)での景況感の悪化を受け、7月25日の共産党中央政治局会議において、経済運営の基本方針を「過熱防止」から「安定的で比較的速い経済発展の維持」への変更を決定した。変更後の新方針(「一保一控」)は、成長維持とインフレ抑制の両方を重視したものであったが、国際金融市場の動揺及び実体経済への影響が拡大しはじめると、成長の維持に重点が移されるようになった。11月28日の中央政治局会議では、「安定的で比較的速い経済発展の維持」を2009年の経済運営の最重要方針とすることが決定された。景気の急激な悪化を踏まえ、胡錦濤政権は従来進めていたバランス重視の経済政策を棚上げし、成長の維持を前面に押し出したといえよう。 <減速傾向を強める中国経済>891011122002030405060708(年)(%)121314151617181920(%)GDP成長率工業生産付加価値(右目盛)(注)08年は、1~9月の前年同期比(資料)国家統計局
■大規模な施策が相次いで具体化
最近になって、成長維持の方針を踏まえて、具体的かつ大規模な施策が相次いで打ち出された。一連の取り組みをa.4兆元規模の景気刺激策、b.消費の促進など投資面以外の成長維持策に分けて、それぞれの進捗状況をみてみる。
4兆元規模の景気刺激策は、11月5日の国務院常務会議で決定され、9日に内容が公表された。発表された当初、インフラ整備を柱とする全10項目の措置を講じること(~2010年末)、2008年末までに、中央政府が公共投資支出を1,000億元上積みすること以外の事項は、未定であった。同月14、15日開催の「金融サミット」において中国の存在感を高める狙いから、細部を詰める前に公表したためとみられる。その後明らかになった4兆元(名目GDPの16%相当、07年)の調達方法や重点プロジェクトへの配分方法をみると、まず、4兆元の調達については、中央政府が1.18兆元を拠出し、残りを地方政府と民間の資金で賄うことが決まった。地方政府が割り当てられた資金を調達できない場合、中央の負担割合を増やす、あるいは地方の資金調達を支援する等の次善策も検討されている模様である。加えて、具体的な数字は示されなかったが、国債発行額の拡大を通じて資金調達に万全を期す方針が明らかとなっている(11月14日の政府高官記者会見)。
また、08年末までに、中央政府が追加投入する1,000億元は、340億元を農村インフラ整備に回すなど、用途や配分が決まるとともに、「40%以上」の資金が具体的なプロジェクトのためにすでに投下された(11月27日、張平・国家発展改革委員会主任〔大臣〕の発言)。4兆元全体については、交通インフラ・電力網の整備(1兆8,000億元)や被災地区の復興事業(1兆元)への投入割合を大きくする一方、環境対策にも3,500億元を振り分け、汚染物質の排出削減などに引き続き取り組む姿勢を強調している。
いわゆる「真水」(政府による新規追加支出)の規模や国債発行額等で曖昧さは残るものの、景気刺激策が動き出し、2009年以降の本格実施を期待できる状態になったといえよう。
一方、投資以外の面では、農村部における家電普及促進プロジェクト(「家電下郷」)の対象地域を09年2月から全国に拡大することが急遽決定された。同プロジェクトは、4品目(当初、冷蔵庫など3品目+洗濯機)の家電を購入した際、価格の13%を補助(上限あり)するものであり、その対象地域に黒龍江など、9つの省が追加され、対象外となった19の省も申請すれば可能との通達が出された(2008年10月)。それを今回、08年12月時点で未実施の全地域でも、一律実施(~13年1月末)することになった。さらに、消費の拡大に向けて、追加の促進策を準備しており、中国国内では、課税最低限の引き上げ等への期待が高まっている。
引き締めが続いていた金融面でも、9月の貸出基準金利および中小金融機関の預金準備率の緊急引き下げ以降、貸出・預金金利の3回にわたる引き下げ(10~11月)や預金準備率の引き下げなどの緩和策が相次いで実施されるようになった。貸出総量規制の撤廃や中小企業向け融資の拡大といった企業の設備投資促進につながる施策も公表されている。
貿易面では、増値税の輸出還付率引き上げが08年8月以降3度実施された。雇用維持を狙いとしたため、引き下げ対象は主として労働集約型産業(繊維、玩具など)の製品である。ただし、回を経るごとに、対象品目が拡大されるとともに、12月の引き上げの際には、バイクや一部家電など、技術集約型産業の製品も加えられるようになっている。
■景気刺激策の今後の展開と懸念事項
一連の施策は、景気の減速に歯止めをかける効果が期待されている。とくに、4兆元規模の景気刺激策については「年1%ポイントの成長率の押し上げ」という試算を政府自身が示しているように、景気対策の切り札として大きな期待がかかっている。世界経済が想定以上に悪化した場合には、政府は内需拡大策のさらなる上積みにより、新規雇用の創出に必要とされる8%成長を是が非でも確保しようとするであろう。
こうしたなか、企業の間で行政当局が実施する施策への過度な期待により、健全な発展が損なわれるなど、いくつかの点が懸念される。最大の懸念事項と考えられるのは、投資の再過熱に伴う弊害である。かつて内需拡大策を執行する過程では、規模ばかりが強調され、重複建設や手抜き工事の多発等が問題となった。すでに、地方政府が競うように投資計画を積み上げた結果、合計規模は4兆元を大きく上回る水準(一部報道では、18~30兆元)に達している。景気悪化の回避が最優先課題とされる状況ではあるが、投資の大半を管轄する地方政府の冷静な対処がとくに望まれる。