アジア・マンスリー 2009年1月号
【トピックス】
景気停滞色が強まるロシア経済
2009年01月01日 高安健一
ロシアを取り巻く金融・経済環境は、グローバル金融危機の深刻化と資源価格の急落を受けて厳しさを増している。景気は停滞色を強めており、2009年の実質GDP成長率は2%程度に落ち込もう。
■グローバル金融危機で悪化する民間部門の資金繰り
ロシアでは2008年央まで好況が持続し、1~6月期の実質GDP成長率は前年同期比で8.0%に達した(下表)。しかしながら、グローバル金融危機の深刻化と資源価格の急落を受けて、ロシア経済は苦境に立たされている。
ロシアが2008年8月8日にグルジアに軍事介入したのを契機に、外国人投資家のロシア株離れが進んだ。外国人投資家の売買が活発なRTS指数は、2,487ポイントの史上最高値を記録した2008年5月19日から12月初旬までの間に、およそ75%下落した。株価低迷が続くなか、金融機関と企業部門は、株式発行による資金調達や証券を担保とした借入が困難な状況に置かれている。政府は公的資金を活用した株式の買い取りに踏み切ったものの、株価を押し上げるにはいたっていない。
金融機関と企業にとって、流動性の確保がきわめて難しくなっている。大手国営商業銀行のような政府による手厚い支援が期待できない新興民間銀行や中小銀行は、預金の確保、銀行間市場での調達、対外借入などに苦慮している。企業部門では、借入依存度の高い建設、不動産、小売などの業種が流動性不足に陥っている。
民間部門の既往対外債務の借り換えも深刻な問題である。ロシアの民間部門(金融機関+非金融機関)は2008年6月末時点で計4,883億ドルの対外債務を抱えている。民間部門は、欧米金融機関の資金供給力の回復にメドが立たないなか、その借り換えのために2009年に約1,000億ドルを手当てしなければならない。国営の大手エネルギー企業4社は、対外債務の借り換えに必要な資金を確保するために、政府に資金支援を求めた。
■原油価格急落と2009年連邦政府予算
ロシアの経済パフォーマンスは、石油に代表される一次産品価格の動向に大きく左右される。エネルギー・鉱物資源は、輸出と株式時価総額の65%以上、税収の50%以上を占めている。しかしながら、予算編成に際して重視されるウラル原油の価格は、2008年7月3日に1バレル139.5ドルの史上最高値を記録した後ほぼ一本調子で下落し、同年12月初旬には40ドル前後に落ち込んだ。去る11月12日に上院を通過した2009年予算は、原油価格の急落にもかかわらず2008年8月の政府原案に示された1バレル95ドルを前提に作成されたものである。
クドリン副首相兼財務相は、予算成立後に2009年の原油価格見通しを1バレル95ドルから50ドルへ下方修正することを明らかにした。同氏は、2009年に原油価格が50ドルで推移した場合、財政収支が赤字に転落するのみならず、貿易収支も大幅な赤字を計上するとの見通しを示した。一方、メドベージェフ政権は2009年予算を計画通り執行することを表明している。仮に財政赤字に転落した場合、石油・天然ガスの採掘税と輸出税を積み立てた準備基金を取り崩して対応することになる。
■急速に冷え込む実体経済、2009年は2%成長に
去る9月のリーマンブラザーズ・ショック以降流動性不足が深刻化するなか、景気停滞色が強まっている。鉱工業生産指数(前年同月比)は2008年9月の6.3%から10月に0.6%へ急低下した。同月の粗鋼生産は前月比▲29%と急減し、2001年2月の水準に落ち込んだ。固定資本投資(前年同月比)は2008年10月に6.9%と前月の11.8%から低下した。前年比で30%程度の伸びを維持していた自動車販売台数は、11月に同▲10%程度に落ち込んだ模様である。
政府は2008年9月以降、数回にわたり金融危機対策を打ち出してきた。その総額は5.7兆ルーブル(2,067億ドル)、2007年の名目GDPの11.2%に相当する大規模なものである。しかしながら、流動性を必要とする金融機関や企業に必ずしも資金が届いていないなど、期待通りの効果を発揮するか予断を許さない状況にある。
2009年のロシア経済を取り巻く環境は、欧米の経済金融情勢を勘案すると引き続き厳しいものとなろう。実質GDP成長率は、原油価格が50ドル程度で推移し、欧米金融機関の資金供給力が低迷するとの前提に立つと、2002年から2007年までの年平均である6.6%を大幅に下回る2.0%程度に低下すると見込まれる。個人消費と固定資本形成の伸びが大幅に鈍化することに加え、外需の成長への寄与度がマイナスになると予測される。ルーブルの実質実効為替相場(2002年=100)は2008年10月時点でも191と過大評価された水準にあり、輸出主導による景気回復も期待し難い。
ルーブル相場の動向は、2009年の注目点の一つである。ロシア中銀はドルとユーロで構成される通貨バスケットにルーブルの価値を連動させる政策をとってきた。しかしながら、ルーブル売り圧力が続くなか、去る11月12日にルーブルの通貨バスケットに対する価値を1%と小幅ながらも切り下げる政策に転じた。外貨準備は11月28日時点で4,549億ドルと潤沢ではあるものの、民間部門の対外債務の借り換え支援や株価買い支え等のための支出を差し引くと、介入に使える外貨準備は1,000億ドル程度になる。今後、国内外の投資家による売り圧力が継続してルーブル相場が大幅に下落した場合、対外債務の借り換え負担の増加等の経路を通じて、実体経済に悪影響が及ぶことが懸念される。