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Business & Economic Review 2008年12月号

【STUDIES】
高齢者医療制度を支える側の財政的持続可能性の検証

2008年11月25日 調査部 ビジネス戦略研究センター 主任研究員 西沢和彦


要約

  1. 2008年4月に発足した新しい高齢者医療制度への強い反発を受けた政府の対応は、保険料軽減など高齢者の経済的負担感をいかに和らげるかという点に比重が置かれている。しかし、ここで考慮されるべきは、高齢者医療の給付財源は、税のみならず現役層を主な加入者とする各健康保険組合からの財政支援に支えられる構造となっていることである。少子高齢化が進むなか、むしろ各健保が、こうした財政支援を続けていくことができるのかどうかが十分に検証されなければ、議論はバランスのとれたものとはならない。本稿は、こうした観点から、組合管掌健康保険(組合健保)、全国健康保険協会(協会けんぽ、旧政府管掌健康保険組合)の二つについて財政面を中心に持続可能性を検証した。

  2. 2007年度までの5年間ほぼ横ばいで推移してきた組合健保の高齢者医療制度に対する財政支援は、2008年度(予算)に前年度比+5,000億円超の大幅増に転じるが、これは2008年度からの前期高齢者納付金の新設が原因である。これまで国保被保険者のうち財政支援の対象は、国保加入の雇用者OB約700万人にとどまっていたが、すべての前期高齢者へと対象を拡大した前期高齢者納付金の新設により、2008年度以降約600万人が追加されたためである。

  3. 財政支援が増大し、個別の組合健保の保険料率が協会けんぽよりも高くなると、組合健保に解散の誘因が働くことになる。実際、2008年度に入っての西濃運輸健保の解散はそうしたケースである。そこで、各都道府県内の各組合健保の保険料率と各都道府県の協会けんぽ保険料率(厚生労働省推計)とを比較したところ1,569組合中(2005年度)31.2%の489組合が協会けんぽの保険料率を超えていることが分かった。協会けんぽと同じ保険料率の組合まで入れると同35.1%の551組合となる。これらのなかに解散予備軍が多く含まれているとみることができる。景気悪化による企業倒産・合併の増加で組合健保数の減少傾向が再加速することが予想されるうえ、こうした事情が組合健保解散を誘発することが懸念される。

  4. 今後の組合健保の財政を推計してみると、高齢者医療制度への財政支援は、2008年度予算ベースで組合健保加入者への医療給付費対比既に8割超の規模に達しているが、15年度には医療給付費とほぼ肩を並べ、以降は医療給付費の規模を上回っていくとみられる。これは、本来負担と給付に対応関係があるのが社会保険料であるにもかかわらず、財政支援の規模拡大によってこうした対応関係が著しく弱まることを意味する。この結果、社会保険料としての費用徴収に加入者の合意も得にくくなると考えられ、組合健保制度は、企業の財政的負担能力のみならず、加入者からの信頼度の面からも持続可能性が脅かされることになる。

  5. 組合健保の一層の解散が見込まれるなか、雇用者の健康保険の受け皿として協会けんぽへの期待が高まるものの、協会けんぽが受け皿足りえるかは疑問である。例えば、現在、雇用者が5,393万人いるのに対し、組合健保、共済組合、協会けんぽの3雇用者健保加入者はその68.1%の3,674万人に過ぎない(2005年度)。1970年度は80%を超えていた。背景として、まず(1)近年の短時間雇用者の急速な増加に対し法制はじめ制度が対応出来ていなこと、(2)厚生年金で既に多くの未適用事業所・未加入者の存在が指摘されている通り社会保険庁の執行能力が低いことがあげられる。総務省によれば、厚生年金では本来適用を受けるべき事業所の約3割が未適用という。これは、協会けんぽにもほぼそのままあてはまる。

  6. 受け皿足りえていない三つめの背景としては、租税論でいうところの企業の租税回避の可能性を指摘できる。協会けんぽ保険料率は、現在8.2%であり、厚生年金と合わせれば23.55%に達する。協会けんぽ保険料率は、今後段階的に上昇し、例えば2025年度には10.4%となると推計される。厚生年金保険料率と合わせれば2025年度28.7%と、現在から5.15ポイントアップとなる。協会けんぽが雇用者の健康保険の受け皿足りえていない状況のまま、今後保険料率を引き上げていけば、協会けんぽの受け皿としての機能がさらに弱体化しかねない。

  7. 見直しの方向性を幾つか指摘しておけば次の通りである。
    (1)各健保から高齢者医療制度へ財政支援を行うという構造そのものの見直し。健康保険料のうち高齢者医療制度への財政支援に充当されている部分は、負担と給付の対応関係が崩れているという観点から、もはや社会保険料というより税というべきである。とすれば、租税原則に則って費用負担方法を再設計すべきである。
    (2)(1)と関連して、健康保険制度のキャッシュフローの簡素化。わが国の健康保険制度とりわけキャッシュフローは極めて複雑であり、その原因の一つが財政支援である。こうした複雑さを財政支援廃止などで解消し、国民にとって理解が容易な制度としなければ、今後健康保険に対する国民の負担増を求めるとしても理解が得にくいといえよう。
    (3)執行能力の強化と協会けんぽの被保険者範囲の拡大および明確化。協会けんぽが真に雇用者の健康保険の受け皿となるべく、適用・保険料徴収など執行の強化、および、協会けんぽの被保険者範囲の拡大および明確化が必要である。執行能力の強化策は、適用・保険料徴収の社会保険庁から国税庁への移管も含め議論されるべきである。
    (4)協会けんぽの運用実態の解明と企業の負担増への耐性の検証。協会けんぽ適用事業所の過半は雇用者一人から四人のいわば零細事業所である。足元の適用や加入が覚束ない状況では、租税回避の誘発要因となる保険料率引き上げのシナリオを描きようがない。実態解明を急ぐとともに、企業が今後の保険料率引き上げに耐え得るか検証が必要である。
    (5)その他、a.健康保険制度には税も投入されていることから、老若問わず担税力に応じて負担する税体系の追及、および、b.再分配の源泉となる経済成長政策との一体的議論も重要である。
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