Business & Economic Review 2008年08月号
【FORECAST】
米欧経済改定見通し-資産バブル崩壊・資源価格高騰を受け、アメリカでは2009年初に向け景気後退へ
2008年07月25日 調査部 マクロ経済研究センター
要約
- サブプライム問題に端を発する世界の金融資本市場の混乱は、本年3月半ば以降、一方的な悪化に歯止めがかかったものの、不安再燃の火種は残存している。一方、実体経済面をみると、アメリカでは、住宅市場調整が続くなか、雇用悪化・ガソリン価格高騰がさらなる消費下押し圧力となり、停滞が続いている。ユーロ圏・イギリスでも、インフレや住宅価格の騰勢鈍化を受け、消費の減速傾向が明確化している。
- こうした現状を踏まえ、2008.2009年の米欧経済を展望するうえでポイントとなる以下の3点について検討した。
(イ)原油価格高騰の影響
a.原油価格高騰の基本的な背景には、新興国需要の急速な増大・それに伴う長期的な需給逼迫があるものの、主因はドルに対する信認低下と判断される。「ドル安=原油高」の構図のもとで、ドル安基調に歯止めがかからない限り、原油価格の上昇基調も持続する見通しである。
b.原油高は、交易条件悪化を通じて企業収益の悪化を招き、設備投資の下押しに作用する。家計部門でも、実質購買力低下が消費抑制に作用する。原油消費比率の高いアメリカでは原油100ドル超の水準では景気後退に陥るリスクが増大する。一方、ユーロ圏ではドイツを中心に中東・ロシア向け輸出の大幅増加が見込まれ、悪影響はある程度緩和される見通しである。
c.一方、原油・食料品価格の高騰を受け、インフレ率は軒並み上昇しているものの、グローバル化で賃金上昇圧力が限られるもと、コアインフレは低位安定が続いている。2000年以降、新興国の成長加速を背景とした「資源価格高」・「製品供給面での競争激化」の構図が一段と強まるなか、先進国では「賃金低迷・資源価格高」が当面続く見通しである。
(ロ)資産バブル崩壊後のアメリカ経済の行方
a.過去、資産バブルが崩壊、大幅な景気調整に陥った北欧・日本では、深刻な設備ストック調整により、3年超にわたり潜在成長を下回る成長が続いた。一方、北欧では通貨安が景気下支えに作用したが、日本では円高によりデフレの罠に陥った。
b.アメリカでは、設備ストックの調整圧力は限られており、また、ドル安と新興国の高成長から、輸出が景気下支えに寄与しており、景気の大幅な悪化は回避される見通しである。一方で、家計部門は未曾有のバランスシート調整圧力に直面している。住宅価格下落に伴い過剰債務が顕在化するなか、当面家計消費の停滞は避けられない見通しである。
c.アメリカの景気回復は、いずれも、「住宅投資回復→個人消費回復→雇用・設備改善」というパターンを辿っている。住宅投資の底打ちは早くとも本年末以降、住宅価格の底打ちは2009年後半以降とみられることから、今後2年程度は個人消費が低迷し、景気の本格回復には至らない見通しである。
(ハ)欧州での住宅バブル崩壊のリスク
a.フランス・スペイン、イギリスでは、アメリカ以上に実質住宅価格が上昇している。いずれも住宅価格上昇を梃子に消費が拡大してきただけに、今後住宅価格が下落に転じれば、逆資産効果を通じて個人消費は一段と冷え込むリスクがある。イギリスでは、借入を通じた住宅含み益の現金化により、家計の過剰債務が顕在化しており、消費低迷が長期化する可能性がある。
b.ユーロ圏では、経済実態対比過剰な貸付が行われているほか、ユーロ圏周辺国・イギリスでは不動産担保貸出が大幅に増加している。今後住宅価格の調整が深まれば、欧州を震源地とする金融システム動揺が発生するリスクも否定できない。 - 以上の分析を踏まえたうえで、今後の米欧経済を展望すると、アメリカでは、「金融不安」「景気悪化」「ドル安・原油高」の負の連鎖が作動し始めるもと、2009年初にかけ景気後退色が強まる見通しである。欧州でも、景気減速傾向が一段と強まる見通しである。
(イ) 原油価格…アメリカ経済の低迷を映じたドル安基調が続くなか、2009年末にかけ上昇傾向が続
く見通しである。
(ロ) アメリカ…「金融不安」「景気悪化」「ドル安・原油高」の負の連鎖が作動しつつある。政策当局の対策も力不足で、a.住宅市場調整、b.原油・食料品価格高騰を受けた実質購買力の低下、等を背景に、景気対策の効果が一巡するにつれ、2009年初にかけマイナス成長に転落するとみられる。2009年春以降は、新政権による景気テコ入れ策や住宅投資の下げ止まりを受け悪化に歯止めがかかるとみられる。もっとも、消費低迷が続くなか、持ち直しペースは緩慢にとどまる見通しである。
(ハ) 欧州…ユーロ圏では、住宅価格の騰勢鈍化・下落や資源価格高騰に伴う実質購買力の低下を背景に当面減速基調が続くものの、資源国向け輸出が下支えとなり、大幅な景気減速は回避される見通しである。イギリスでは、住宅価格の下落、それに伴う債務返済圧力の強まり等を背景に個人消費を中心に今後景気が失速していく見通しである。 - 上記シナリオに対するリスクは、ドル安定に向けた国際的な協調体制の綻び。アメリカ以外の国の大幅な利上げによりドル安・資源価格高が加速すれば、先進国を中心に深刻な景気後退に陥る恐れがある。