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Business & Economic Review 2008年07月号

【STUDIES】
わが国成長企業向け投資の促進に向けた環境整備

2008年06月25日 調査部 金融ビジネス調査グループ


要約

  1. わが国経済が持続的に発展するためには、新たな技術やビジネスモデルを活用した事業展開を目指す企業の創出・成長を促進し、経済の新陳代謝を活発化させることが重要である。わが国企業の開廃業の動向をみると、新規開業率は低迷しており、企業数の減少傾向がみられるなど、経済活力の低下が懸念される。このため、わが国では起業の活発化ならびに成長企業の育成が喫緊の課題である。

    成長企業の育成においては、人材育成・獲得とならんで資金調達の円滑化が重要な問題点として指摘されている。わが国の成長企業の資金調達状況を海外と比較してみると、エンジェルからの出資がほとんどなく、担保や保証を伴う間接金融に依存する割合が高い、ベンチャーキャピタルからの資金供給量が経済規模対比少ない、といった特徴がある。わが国のベンチャー投資額はアメリカの30分の1程度の規模しかなく、経済規模を考慮しても、成長余地が十分にあると考えられる。しかしながら、わが国では成長企業に投資を行う投資家層ならびに市場の厚みが欧米先進国に比べて不十分であることがベンチャー投資拡大への隘路となっていると指摘されている。
    こうした状況を打開するために、わが国では1999年から2000年にかけて相次いで成長企業向け市場いわゆる新興市場)が開設された。新興市場開設によって、上場企業数は増加し、成長企業の設立から公開までの平均所要期間は短縮されたものの、課題も顕在化している。

  2. 新興成長企業にとって十分な資金調達が困難な理由として、情報の非対称性が大きいことが指摘される。本来であれば、ベンチャーキャピタルがこの情報の非対称性を克服する役割を果たす。しかし、わが国の場合には、a.外部資金を運用するベンチャーキャピタルが大半であるため、常に投資家への説明責任を要求されること、b.ベンチャー・キャピタリストへの報酬体系が成長企業への投資の成功を強く反映するものではないこと、c.多くのベンチャーキャピタルの投資期間が10年以内に限定されていること、d.ベンチャーキャピタルの投資金額単位が欧米に比べ小さいこと、e.税制により海外投資家がわが国のベンチャーキャピタルに出資することが魅力的ではないこと、などといった構造的な問題があり、欧米先進国に比べその機能を十分に発揮できていない状況にある。

    一方、機関投資家が未公開株投資に消極的な背景としては、a.トラックレコードが乏しくリスクが把握しにくいこと、b.時価評価が困難であること、c.流動性(換金性)が低い場合が多いこと、d.アナリストレポートなど情報の分析がほとんどないこと、e.運用開始後数年間はキャッシュフローがマイナスになること(いわゆるJカーブの問題)、f.機関投資家の運用対象としては規模が小さいうえに手間がかかること、などの理由が指摘されている。

    既存の新興市場についても、上場にかかる審査や監査の厳格化によって成長企業の上場準備も慎重になっているほか、四半期開示や内部統制などへの対応も求められ、上場するためのコストの負担感が小規模企業にとって大きい、などの問題点が指摘されている。さらに、新興市場は投資規模や流動性の面で機関投資家の投資対象となりにくく、個人投資家が保有株主の大半を占めている。その結果として、短期売買指向を持つ個人投資家の動向に左右されやすく、株価の振れ幅が大きくなる傾向にあるなど、価格形成に歪みが生じやすいといわれている。

  3. わが国において成長企業向け資金供給を活発化させるとともに、成長を志向する企業の資金調達の場として資本市場が一段と活用されるためには、その前提条件として成長企業の振興が必要である。
    そのためには、わが国で不十分と考えられる資源や機能の拡充・強化等の環境整備の取り組みが不可欠である。

    そもそも、わが国は機関投資家の投資対象となるようなベンチャー企業、とりわけ技術系のベンャー企業が創出されにくい環境であることが指摘されている。その理由として、わが国が大企業中心の経済社会構造であり、企業の成長にとって重要な要素であるa.人材、b.技術、c.マーケットのいずれもが、大企業に取り込まれやすいことが挙げられる。この点については、なによりもまず、起業家が失敗を恐れずに、果敢に新規事業・新規開業に取り組むことのできる環境整備が必要であろう。さらに、アメリカの事例に倣い、公的調達の一定割合をベンチャー企業から行う制度を一段と拡充するなど、ベンチャー企業の成長を後押しする仕組みを構築すべきである。

    また、ベンチャー企業の組織や体制が脆弱であることに起因する問題も多く指摘されていることから、起業家に不足しているといわれるファイナンス等に関する教育の拡充に加え、ベンチャーキャピタルや証券会社等においても、上場後を視野に入れた経営体制の構築や成長戦略の策定、企業価値の向上などの取り組みをサポートすることが望まれる。

  4. 次に、成長企業への投資を促進するためには、まず機関投資家の投資対象として成長企業が組み込まれるような仕組みづくりが必要である。具体的には、a.投資先の選定に必要となる情報提供を行うゲートキーパー導入の拡大、b.ファンド・オブ・ファンズの一層の活用、c.ベンチャー投資の実績や投資収益率などのデータベース整備など、機関投資家におけるポートフォリオの多様化に向けた投資行動を支援する環境整備が必要と考えられる。

    加えて投資にかかる優遇税制の拡充も望まれる。エンジェル税制については段階的に拡充されているものの、その効果が極めて限定された形でしか観察できない状況を鑑み、裾野の広い個人投資家を視野に入れた、投資行動を誘引するような制度に抜本的に改革することが求められる。また、海外の投資を呼び込むためのインセンティブ策を検討する必要があろう。

    投資家が回収を図る出口戦略についても、わが国ではIPOに偏るなど選択肢が限られている。この点、アメリカではIPO以外に、M&Aや仲介業者へ売却、セカンダリー・セール、トレード・セールなど多様な方法が利用されている。わが国でも、ようやく会社法の施行等により円滑なM&Aの実施環境が整備されつつあることから、非上場株式、あるいは上場廃止となった銘柄の取引の場としてのセカンダリーマーケットの整備、セカンダリー・ファンドやスモールキャップのバイアウトの活性化の方策などについて検討が必要である。

  5. 昨今、わが国金融・資本市場の活性化の観点から、情報開示に関する規制を緩和する一方で取引参加者を特定投資家に限定した、いわゆるプロ向け市場の創設が構想されている。自由度の高い取引の場であるプロ向け市場が、金融・資本市場の国際化の促進のみならず、成長企業の円滑な資金調達の場としての役割を果たすことが期待される。同市場には、a.投資家保護に対する要請と成長企業の資b.②成長企業の上場にかかるコスト負担の低減、c.市場における価格形成の安定化、などの面で利点があると考えられる。なお、プロ向け市場創設の前提として、既存市場の機能強化あるいは市場が有効に機能するための周辺環境の整備も必要である。具体的には、a.ベンチャー企業の業種や規模に特化した専門性の高いブティック型の投資銀行の育成、b.証券会社のアドバイザリー機能、マーケットメイク機能の強化・拡充、c.ベンチャービジネスに精通した会計士、弁護士等の専門家の養成、d.成長企業がこれらの専門家や機関に容易にアクセスできるようなプラットフォームの整備、等の検討が必要であろう。また、投資家と上場企業の双方にとって利用しやすい市場の実現に向け、成長企業の円滑な上場を支援するための環境整備、投資家の判断材料を提供する情報インフラの整備などへの取り組みが求められる。
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