Business & Economic Review 2008年07月号
【STUDIES】
市町村合併で問われる住民自治の在り方
2008年06月25日 総合研究部門 地域経営戦略グループ 主席研究員 持永哲志
要約
- 平成の大合併により、19年度末の市町村数は1793と10年前の約2分1となった。政府は、a.地方分権の推進、b.少子高齢化の進展への対応、c.財政効率化、d.新しい次世代を担う自治体の創設という観点から、市町村合併を進めてきた。これまでの明治の大合併、昭和の大合併においては、基礎的自治体の役割を明確にしたうえで合併が進められたが、今般の合併においては、基礎的自治体の役割の変更ではなく、むしろ、財政上の理由から合併が進められており、住民サービスの向上は二の次となっているという印象を禁じえない。さらに、具体的な適正規模、目標数を政府が自ら示すことなく、自主的合併にゆだねており、最近各方面で議論されている道州制との関係も明確ではない。わが国のあるべき地方自治制度についての明確なグランドデザインがないなかで、進められたものといえる。
- 欧米先進諸国の地方政府の構造と比較してみると、わが国の基礎的自治体の規模は、イギリスと並んで、人口、面積ともに圧倒的に大きい。諸外国においては、そもそも基礎的自治体が、例えば教区を単位とするように、住民生活に根付いたコミュニティの根幹的組織であったために、合併は大きく進展せず、小規模自治体が残存している。さらに、基礎的自治体が担う主要な行政分野について、諸外国は教育や福祉が中心であるのに対して、わが国ではこれに加えて、産業振興、インフラ整備も行っており、地方自治体が住民のみならず、産業サイドもカバーしているといえる。このようにa.規模が大きいこと、b.行政が産業サイドにも関与していることが、住民と基礎的自治体の距離をもたらし、3度にわたる市町村合併という他国にないような大胆な再編を可能にするとともに、真の意味での住民自治意識が定着せず、自治体はサービスを提供してくれるものという自治体依存意識が醸成されたとも考えられる。
- 合併して大規模自治体になることは、広域的行政課題への対応等のメリットがあるものの、地域コミュニティの崩壊、住民の声が反映されにくくなる等のデメリットがある。これを克服するためには、大きくなった市町村と住民との間の中間的領域に住民ニーズの把握等住民と行政のパイプ役になる何らかの組織を構築することが適当である。こうした問題意識から、今般の合併に伴い、地域自治区、合併特例区の制度が創設されたが、実際にこれを活用する団体は合併した団体の1割にも満たず、活用している団体においても、首長が行う施策の追認機関として形式的な機能にとどまっているところが圧倒的多数であり、想定した機能を果たしているとは言いがたい。むしろ、合併に伴う住民の不安を解消するためには、新たな組織を構築するのではなく、既存の地域住民組織を活用することが現実的かつ効果的な解決策と考えられる。
- 既存の地域住民組織としては、NPO、ボランティア団体、町内会・自治会等が存在するが、このうち、町内会・自治会は、a.原則として全世帯加入の考え方にたつ、b.地域の諸課題に包括的に関与するという性格を有しており、行政と住民の間の組織となるものとしては、適性を備えている。現在、町内会等は約29万存在し、加入率はここ30年で90%程度の水準を維持するものの、人口移動の増加、地域経済の停滞、住民意識の変化等により活動は停滞している。今後、行政と住民の間を担う組織として町内会等の活性化を図っていくためには、a.行政と対等な関係の構築、b.NPO等多様な住民組織のプラットフォームとしての機能の確立、c.役員公選制の導入、事務局設置等の組織活性化、d.若者など現在加入していない住民の加入促進のためのITの積極的活用、e.活動単位の広域化、が必要である。町内会等の活動が活発化すれば、コミュニティが維持されるとともに、行政の効率化、地域社会の活性化、住民自治の実現、団塊の世代への活躍の場の提供にも寄与しよう。さらには、このように、住民に身近な存在である町内会を通じ、住民自らが行政の主人公であるという認識が根付けば、わが国の真の意味での民主主義の確立につながるものと考えられる。