Business & Economic Review 2008年02月号
【FORECAST】
新年世界経済の展望-米景気停滞と新興国高成長のデカップリングへ
2008年01月25日 調査部 マクロ経済研究センター
要約
- 2007年の海外経済を振り返ると、アメリカをはじめとした先進国では、年明け以降順調な景気拡大が続いたが、米サブプライム住宅ローン問題に端を発する金融市場の混乱を受け、夏以降、一転して先行き不透明感が強まった。一方、同時期以降、a.原油・金などの実物資産、b.アジアを中心とした新興国株式、等の価格が急上昇し、ドル安が加速した。これは、それまで証券化商品をはじめとするアメリカの金融資産に向かっていた投資資金が実物資産や新興国に向かい始めたことを示唆している。
2007年に世界経済・市場を揺るがした「サブプライム・ショック」「商品市況高」の背景には、巨額の投資マネーの流出入があり、そうしたマネーの動きは、各国地域の実体経済の行方をも左右する大きなファクターになっている。 - オイルマネーやアジアの外貨準備といった肥大化したグローバルマネーが、アメリカの金融商品から、原油などの実物資産やアジアを中心とした新興国に向かうなか、リスクマネーが流出するアメリカでは景気停滞が続く一方、それが流入する資源国や新興国では高成長が続く可能性が高い。もっとも、こうした資金フローは、a.グロ-バルマネーの自己増殖、b.世界的なインフレ圧力の強まり、c.アジアでの資産バブル膨張、d.世界的なドル離れの加速、など様々な問題点を抱えており、今後様々な弊害が顕在化してくる可能性が高い。
- こうした構造を踏まえ、2008年の世界経済を展望するうえでポイントとなる以下の3点について、個別に検討した。
(イ)アメリカ住宅市場調整とアメリカ経済の行方
a.新築住宅在庫率(在庫/販売)が適正とみられる「4カ月強」の水準まで低下するためには、少なくとも2008年後半まで住宅投資の大幅減少が続く必要がある。同時期までは、住宅投資の減少がアメリカ景気の下押し要因として作用し続けるとみられる。
b.一方、中古在庫率の大幅上昇に伴い住宅価格も下落に転じている。中古在庫率は2008年央までは低下が見込めず、住宅価格も少なくともそれまでは下落し続ける可能性が高い。また、住宅投資/GDP比率や家計の住宅資産/可処分所得比率をみる限り、住宅価格は依然としてかなり割高な状況にあり、住宅価格の下落が長期化する可能性がある。
c.こうした住宅価格の下落は、逆資産効果等を通じて個人消費の下押しに作用する。また、サブプライムローンの金利見直しに伴う金利負担増加も個人消費を下押す要因となるとみられる。
(ロ)原油高の行方とその影響
a.原油高の背景には、新興国の高成長を受けた需要の拡大がある。中印での輸入堅調から、2008年平均の原油価格は少なくとも+10%程度の上昇圧力がかかるとみられ、投資資金の流入も加味すれば、年平均価格は90ドル程度まで上振れる可能性がある。
b.原油高は、産油国への所得移転を通じて、先進国にはマイナスの影響を及ぼす。一方で、産油国の高成長は、産油国向け輸出拡大という形で原油消費国にプラス影響も与える。両者を総合すると、原油価格10ドルの上昇につき、輸出依存の低いアメリカでは▲0.3%成長が下押しされるが、産油国向け輸出比率の高いユーロ圏では、▲0.1%の押し下げにとどまるとみられる。
c.このほか、原油高により増大するオイルマネーを呼び込めば、長期金利の低下、株高などのプラス効果も期待できる。
(ハ)「デカップリング」の持続可能性
a.近年、アメリカの世界の経済成長への寄与は急速に低下し、最大の牽引役はBRICsを中心とした新興国に変化している。2005年以降、アメリカでの成長鈍化にもかかわらず、アメリカ以外は高成長が続くなど、世界経済のアメリカ依存度は急速に低下している。
b.世界各地域の地域別輸出比率も、アメリカ向けは大きく低下し、代わって新興国、とりわけ中国向けが大幅に上昇している。これは、域外向け輸出拠点が中国に集約されていることを示唆しているが、中国の輸出は、新興国向けが急拡大し、先進国経済との連動性も弱まる傾向にある。新興国の輸出・成長が、アメリカ依存から脱却し始めるなか、アメリカで景気減速が生じても、新興国の高成長が維持される可能性は従来以上に高まっている。 - 以上の分析を踏まえたうえで、2008年の世界経済を展望すると、新興国では高成長が続くとみられるものの、先進国では年央にかけ景気減速傾向が強まる見通しである。
(イ)アメリカ… a.住宅市場の調整、b.それに伴う個人消費の停滞を受け、年央にかけて景気停滞色の強い状況が続く見通し。もっとも、新興国の高成長、ドル安持続を背景とした輸出の堅調が景気下支えとなり、景気後退は回避される見込み。年後半以降は、住宅市場の調整圧力が弱まるにつれ、徐々に持ち直しに向かうものの、個人消費の力強い拡大が期待薄ななか、潜在成長率を下回る成長が続く見通し。
(ロ)欧州…ユーロ圏では、アメリカの景気減速、ユーロ高を受けた輸出の増勢鈍化等から、景気拡大ペースの鈍化は避けられない見通し。もっとも、a.雇用の改善傾向、b.中東欧・ロシア向け輸出の好調持続、を背景に底堅さは維持され、アメリカ景気の減速に歯止めがかかる2008年後半以降は、徐々に成長ペースが上向く見通し。イギリスでは、a.信用不安の再燃、b.住宅価格下落を背景に、個人消費を中心に景気は減速基調を強める見通し。もっとも、良好な所得雇用環境が維持されるなか、景気の深刻な落ち込みは回避される見通し。
(ハ)アジア…アメリカの景気減速と原油価格の高騰が景気下押し要因となるものの、安定的な成長を確保できる見通し。中国では、輸出の増勢鈍化は避けられないものの、政府が最低賃金の引き上げ等への取り組みを表明するなか、個人消費を中心に10%超の成長が維持される見通し。インドでも、IT関連サービスの輸出の好調持続、外国からの直接投資の増加を背景に、高成長が続く見通し。 - 上記のシナリオに対するリスク要因としては、まず、アメリカの景気後退がある。とりわけ、足許底堅く推移している雇用の増勢が維持されるかが極めて重要な鍵を握っている。また、足許の信用不安が長期化すれば、設備投資が大幅に減少する恐れもある。そのほか、a.食料品やエネルギー価格の高騰が続くなか、インフレ高進のリスク、b.ドル安加速による商品市況高騰、世界的な長期金利上昇のリスクがあり、これらに対する注意が必要である。