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Business & Economic Review 2006年11月号

【STUDIES】
インターネット専業証券会社の経営分析

2006年10月25日 新美一正


要約

  1. 本稿では、インターネット取引を通じた個人投資家による投機的な株式売買の受け皿として急成長を遂げているネット専業証券大手5社(SBIイー・トレード、楽天、松井、マネックス、カブドットコム)の経営に関して、実態に即した分析を行った。これら5社は、今や、個人の委託売買代金の約6割を占めており、事実上、ネット証券取引は5社による寡占に近い状態にある。

  2. ネット取引開始直後、それまでの硬直的な証券業の産業組織においては窮屈なビジネス展開しか行い得なかった一部の中堅・中小証券会社、および規制緩和を契機とする新規参入業者が、一斉にネット取引に取り組んだ。これら業者は、当初は画一的なディスカウント・ブローカーであったが、低手数料に誘引された信用取引による超短期的売買が主力となった2002年前後における大規模なシステム投資への対応を契機として、急速な階層分化が進行した。その結果、遅くとも2004年前後には、ネット専業大手5社プラス数社程度による市場寡占体制が成立し、これら業者のみが、2004年後半以降の株式投資ブームの恩恵を独占的に享受することになった。

  3. 営業収益に占める委託手数料の比率が高いディスカウント・ブローカーにおいては、経営の安定を高めるためには徹底した販管費(固定費)の削減が必要になる。初期のネット証券は、店舗・外務員を排する「持たざる経営」によって、こうした収入・支出のミスマッチ構造に対応したが、その後は積み上がったシステム投資が固定費化する傾向が避けられず、シェアを高めることにより、売買単位当たり販管費を引き下げる「規模の経済性」志向の経営にシフトした。システム的な優位性を背景に極端な低手数料戦略とは一線を画したことと、ネット取引市場の急成長に支えられて、ネット証券の経常利益率は比較的安定した推移を遂げてきたが、5社寡占が確立され、シェア争いが手数料引き下げ競争の性格を強めるようになった近年の決算では、収益性に陰りがみられるようになっている。

  4. 生産またはコスト・フロンティアと観察される生産量またはコストとの乖離で定義される技術非効率性概念を用いて、ネット証券経営の効率性に関する定量的な分析を行ったところ、直近4決算年度における5社全体の技術非効率性スコアは13~15%程度であった。また、技術非効率性に関する5社間の企業間格差には、近年、拡大する傾向がみられた。一方、投入要素価格の変動を考慮したコスト非効率性スコアは、4年度平均で20%強の水準であった。コスト最小化を実現する最適投入量と比較して、各投入要素はいずれも過剰投入状況にあり、こうしたコスト非効率性の発生要因としては要素間代替に関する経営判断ミスというよりは、総体的な操業規模調整の遅れに起因するところが大きいという結果が得られた。これらは、低手数料により市場シェアの上昇を目指すというネット専業5社の経営戦略が、必ずしも収益性の向上に結び付いていないという上記の考察と整合的である。

  5. アメリカでは、21世紀に入ってITバブル崩壊により、ネット取引市場の急速なスケール・ダウンに見舞われた。アメリカのネット証券大手3社(Charles Schwab、E*Trade、TD Ameritrade)のうち、積極的なM&A戦略によるシェア拡大を背景に、あくまでもオンライン・ディスカウント・ブローカーとしての生き残りを目指したAmeritrade社を除く2社は、資産管理業や銀行業へ中核業務をシフトし、収入源の多角化を図ることによって経営の安定化を実現している。ただし、こうしたアメリカ・ネット証券業の経営戦略転換は、個人の対面営業回帰という潮流に支えられたもので、対面営業顧客のネット取引への流出傾向が続くわが国とは、ネット証券取引市場の置かれている状況が全く異なる点に注意しなければならない。

  6. 今後3年から5年程度の時間視野において、わが国ネット取引市場がアメリカと同様の急速な市場規模の縮小に見舞われる可能性は、かなり低いと考えられる。それは、ネット証券会社が、個人による小口の投機的売買という、従来、見落とされてきた潜在的需要を発掘し、収益化することに成功したためであるが、半面、そのことが、大規模なシステム投資による費用構造の硬直化や、中心顧客層の偏りを招いて収益源多様化のための柔軟な経営対応を難しくしている点は否定できない。株式市況の低迷が長期化した場合、手数料引き下げ競争は、ネット証券経営に深刻な影響を及ぼす可能性がある。委託手数料中心の経営から短期的に脱却することは困難なので、収益安定化のためには、業者間競争の対象を手数料以外の、非価格的なサービス提供にシフトさせることが不可欠であろう。最近、ネット専業証券が相次いで打ち出した夜間取引市場開設の動きも、この文脈に沿って理解される必要がある。
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