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Business & Economic Review 2006年10月号

【OPINION】
ポスト小泉政権の外交戦略

2006年09月25日 調査部 環太平洋戦略研究センター 上席主任研究員 高安健一


  1. 「事後的」に成立した強固な日米関係を軸とした国際協調
    2001年4月に発足した小泉政権は、対内的には構造改革、対外的には国際環境変化への対応に追われた。同政権は、「事前的」に外交の理念なり戦略を明示的に掲げ、その達成に向けてエネルギーを注力するアプローチをとらなかった。激変する国際環境への対応を重ねる過程で、強固な日米同盟を軸とした国際協調路線が「事後的」に形成された。そして、外交政策の重心は、経済的繁栄に必要な国際環境作りから、安全保障へシフトした。

    わが国は戦後、その時々の国際環境を睨みながら、日米同盟、国際協調、アジア重視というトライアングルのなかで最良のポジションを探りだすことに腐心してきた。小泉政権は、日米同盟の強化へ大きく舵を切り、かつアメリカの政策と整合的な範囲において国際協調を展開した。その契機になったのが、2001年9年のアメリカ同時多発テロの発生、アフガニスタンでの軍事行動、イラクのフセイン政権打倒という一連の流れであった。さらに、米軍の世界的な再編の過程で、日本はアメリカの世界戦略に深く組み込まれることになった。

    小泉首相が政権を担当してきた5年余りの間に、日米関係は強化された。しかしながら、中国および韓国との政策対話は途絶え、ロシアとの領土問題は解決の糸口が見えず、北朝鮮のミサイル発射を阻止することはできなかった。また、国連の常任安保理事国入りを実現できなかった。2006年9月にも発足する次期政権にとって、外交戦略の建て直しは急務である。以下では、日米関係、アジア外交、北朝鮮によるミサイル発射問題への対応に焦点をあてながら、次期政権の外交戦略の在り方について論じる。

  2. 日米同盟は将来に向かっても盤石なのか
    小泉政権下の日米同盟は、両国首脳の個人的な信頼関係を基盤として、安全保障分野を中心に強化された。しかしながら、主権国家の利害が常に一致するとは限らない。今後、両国の緊密な関係に修正が加えられる可能性がある。

    第1に、両国首脳の個人的な信頼関係に覆われていた国益の不一致が表面化する恐れがある。アメリカは、世界貿易機関(WTO)の多角的貿易交渉(ドーハ・ラウンド)における農業補助金の取り扱い、生物兵器禁止条約(BWC)、包括的核兵器実験条約(CTBC)、京都議定書(気候変動枠組みに関する条約)など、日本が重視している国際的な取り決めに消極的な態度をとってきた。ブッシュ大統領は2006年3月に核不拡散条約(NPT)を批准していないインドを訪問した際にその核保有を容認し、核不拡散を主張する日本との立場の違いが鮮明になった。イランへの対応についても、強硬論を唱えるアメリカと、原油採掘に意欲をみせる日本の間に温度差がある。また、去る8月に再開されたアメリカ産牛肉の輸入問題についても、アメリカ側の牛海綿状脳症(BSE)への対応に不手際が目立った。

    第2に、ブッシュ政権の中国観が微妙に変化してきた。政権発足当時は、中国をアメリカに対抗する「潜在的競争者」と認識していた。近年では、「利害共有者」と呼ぶようになっている。中国の台頭を警戒しながらも、利害が一致する分野では協力しあうパートナーとして認知したということであろう。2009年1月に就任する次期アメリカ大統領が、中国と日本に対する政策を見直す可能性もある。民主党のクリントン前政権(1993-2001年)は、政権末期に中国重視、日本軽視の姿勢を鮮明にした。

    小泉政権下で日米関係が強化されたものの、その一方で外交面においてアメリカ依存が過度に高まり、自らの力量で事態を打開しようとする意欲が薄れたことが懸念される。その例として、北朝鮮のミサイル発射に対する国連安全保障理事会での決議採択をあげることができる。日米の強固な連携により中ロの拒否権を封じて全会一致の採択を勝ち取ったことを、日本外交の勝利と捉える見方もある。しかし、採択を巡る一連の動きで明らかになったのは、日本単独では中ロに影響力を行使できないということである。日中と日韓の政策対話が停滞しているおり、小泉首相がミサイル発射問題について中韓の首脳と直接電話会談を行った形跡はみられない。一方、ブッシュ大統領は、中国、韓国、ロシアの首脳と直接電話で会談するとともに、ケリー国務次官補などの政府高官を関係各国に派遣した。わが国は、6カ国協議の議長国である中国による北朝鮮説得についての情報を、アメリカ経由で入手するしかなかった模様である。

  3. 中韓と政策対話ができる環境の構築
    小泉政権下において停滞した近隣諸国との政策対話の再開も差し迫った課題である。竹島の領有権、東シナ海の海底油田開発、ロシアとの国境画定などの懸案事項は、5年余りにわたり政権の座にあり、かつ2005年9月の総選挙で圧勝した小泉政権でさえも前進させることができなかった。それどころか、靖国参拝問題が外交問題化してしまい、中韓首脳との政策対話が途絶えている。

    中韓との関係悪化は、東アジアにおける安全保障問題の協議、経済連携に向けた協調、将来の東アジア共同体構築に向けたビジョンの共有に冷水を浴びせた。北朝鮮がミサイルを発射したその日に、韓国は竹島周辺の海洋調査を強行した。安倍官房長官は、ミサイル問題で忙殺されていたにもかかわらず、遺憾の意を表明する事態となった。日中両国の東シナ海のガス田開発をめぐる6回目の協議は同月9日、合意に至らないまま2日間の日程を終了した。日本が近隣諸国との間で抱えている諸々の問題は、アメリカにとっては優先順位が低いが故に、日本が自ら解決しなければならない。わが国は、日中関係が他の国々からどのように認識されているかという点に、より注意を払わなければならない。アメリカや東南アジア諸国連合(ASEAN)は、東アジアに中国と日本という新興の経済大国と成熟した経済大国が同時に存在することが、国際システムの不安定要因になることを懸念している。Kent E. Calderが『フォーリン・アフェアーズ』誌に掲載した論文「China and Japan’s Simmering Rivalry」はまさにそうした懸念について論じている。去る7月20日に開催されたアメリカの下院公聴会でも日中関係が取り上げられた。

  4. 北朝鮮のミサイル発射事件の教訓
    去る7月5日に起きた北朝鮮のミサイル発射事件は、わが国の外交にいかなる教訓を残したのか。政府は、ミサイルが発射されたその日のうちに経済制裁を発表した。同月15日、国連安保理は北朝鮮を非難する決議案を全会一致で採択した。翌々日の17日に、ロシアのサンクトペテルブルクで開催されたG8(サミット)の議長総括に、ミサイル発射への深い懸念、核開発放棄、6者協議への無条件復帰の要請が盛り込まれた。

    (1)大きく変化した危機認識
    ミサイル発射事件に直面したわが国ならびに国際社会は、98年のテポドン1号発射当時とは明らかに異なる反応を示した。北朝鮮のミサイルを「潜在的」脅威(threat)ではなく「現実」の脅威と認識したのである。大島賢三・国連大使は国連安保理の協議の場で「ミサイル発射は日本の安全保障にとり、直接の脅威だ」と述べたと伝えられている。国連安保理決議1695(2006)には、「核兵器、化学兵器、生物兵器、ならびにそれらの運搬手段の拡散は、国際的な平和と安全に対する脅威である」と明記された。

    脅威を感じたのは日本だけではない。アメリカは、本土を射程に捉える長距離弾道ミサイルに強い懸念をもつ国である。ケネディ元大統領が62年に、旧ソ連がキューバに本土(首都)を射程におさめる中距離弾道ミサイル(IRBM)を配備するのを阻止するために、海上封鎖に踏み切ったキューバ・ミサイル危機はその有名な例である。2001年のアメリカ同時多発テロ事件も本土への攻撃とみなされた。加えて、北朝鮮の核開発やミサイル製造に係る技術がイランやその他の国々に流出することは、日米を含む多くの国々にとって脅威と認識されている。

    なお、今回のミサイル発射により脅威認識が強まった背景には、情報収集力の向上とメディアへの情報提供があったことも忘れてはならない点である。98年にテポドン1号の一部が本州を越えて三陸沖に落下した際は、日本政府はその確認に手間取るとともに、メディアへ提供された情報も限られていた。今回は、発射前はもとより発射後も様々な情報が流された。

    (2)機能しなかった「事前的」な危機管理
    今回のミサイル発射事件に関して最も重要なことは、「事前的」な危機管理(crisismanagement)が機能しなかったことである。日本を含む関係諸国が発射準備の動きを察知して警鐘を鳴らしていたにもかかわらず、北朝鮮の行動を阻止できなかったことを問題視しなければならない。ミサイル発射後の中国による北朝鮮の説得や、国連安保理での決議案採択、サミットでの議長総括は、いずれも同様の事態が繰り返されるのを回避するための「事後的」な対応である。

    そして、発射を阻止できないのであればミサイル防衛システムを整備すべきだとの議論が勢いを増した。日米政府はミサイル発射後に、間髪をおかずにその配備計画を前倒しする方針を明らかにした。さらに、わが国の閣僚より敵地攻撃論についての発言がなされた。政府として、北朝鮮が長距離弾道ミサイルを発射台に装着したとの情報を確認した場合に、いかなる選択肢があるかを整理しておくことは当然のことである。ただし、そのなかには軍事面のみならず、事前的な危機管理のための外交オプションも含まれていなければならない。

    (3)北朝鮮の体制維持と非核化についての認識

    今後、仮に北朝鮮が国連安保理決議に抵触する行動をとり続けた場合、国際社会は同国の体制維持と非核化という本質的な問題に関する議論を回避できなくなる。すなわち、北朝鮮の現体制を前提として朝鮮半島の非核化が達成できると考えるのか、それとも現体制が存続する限り達成できないと考えるのかという点についての判断である。ミサイル発射後に発表された北朝鮮外務省スポークスマン談話には、「朝鮮半島の非核化を対話と協議を通じて実現しようとする我々の意思に変わりない」との文言が盛り込まれており、体制維持を確約するならば非核化に応じるとのメッセージが読み取れる。

    わが国の場合、小泉首相が2002年9月に平壌を電撃訪問し自らのイニシアチブにより日朝の国交正常化交渉を開始しようとした経緯がある。同首相が日朝平壌宣言に込めた狙いは、平和条約の締結により、北朝鮮の軍事的脅威を低下させること、ならびに朝鮮半島の非核化を目指すことと推測される。北朝鮮の体制維持を前提とし、経済再建のための支援を実施する意向も日朝平壌宣言に盛り込まれた。

    しかしながら、ミサイル発射事件を契機として、対北朝鮮政策は、わが国独自の制裁の発動や国連などを通じた圧力により、非核化を目指す方向へ大きく転換したように思われる。今後の両国関係は、北朝鮮側がわが国の対応を体制維持の観点からどのように認識するかにより、大きく変わる可能性がある。

    北朝鮮にとって体制維持の言質を確保すべき相手は、日本ではなく圧倒的な軍事力をもつアメリカに他ならない。そのアメリカが2国間交渉に応じる気配をみせずに、6カ国協議を重視する姿勢を貫いているところに北朝鮮側の誤算なり焦りがあると思われる。他方、アメリカの立場も複雑である。ブッシュ大統領は、核兵器とその運搬手段の開発を進め、かつそれらを中東の問題国へ輸出する可能性のある国の存在を容認できないであろう。一方、アメリカは、北朝鮮に対してイラクにおける石油のような直接的な利権を見出しておらず、中ロの反発を招いてまでも体制転換を求める理由はない。当面は、中東と極東で同時に紛争を抱えることは回避したいところであろう。中韓にとっても、北朝鮮の体制が崩壊した場合、難民、支援、軍の制御等々でリスクを背負う事態は望まないであろう。結局のところ、北朝鮮を除く6カ国協議の参加国は、確固たる展望がないままに、北朝鮮の「体制維持」を追認してきたというのが実情であろう。このような構図が温存される限り、北朝鮮は、体制維持の確約を得るための手段として、危機を作り出す行動を繰り返すであろう。

  5. 次期政権が取り組むべき外交課題
    (1)国際環境構築型の外交政策への転換
    これまで取り上げてきた日米関係、アジア外交、北朝鮮のミサイル発射問題以外にも次期政権が取り組むべき課題は多い。以下では、それらのなかから五つを取り上げる。

    第1に、外交政策を国際環境「適応型」から「構築型」へ転換すべきである。とりわけ東アジアにおける国際秩序の構築に最大限のエネルギーをさかなければならない。わが国がなすべきことは、朝鮮半島の非核化を確保するための多国間メカニズムを構築することである。強固な枠組みを構築することにより、北朝鮮の軍事オプションを狭めていく必要がある。もちろん、この多国間メカニズムは、北朝鮮の核兵器・ミサイル問題のみならず、中国の台頭、ロシアの軍備増強、軍事分野での日米同盟の強化などを踏まえた包括的なものでなければならない。

    国際環境構築型の外交という点では、中国がわが国に先行している。2001年に設立された上海協力機構(SCO)の首脳会議が2006年6月に上海で開催された。中国、ロシア、中央アジア諸国など計6カ国の首脳が会談するとともに、オブザーバーとして、インド、パキスタン、モンゴル、イランの4カ国が参加した。中国とロシアは江沢民時代に国境の確定作業を終え、兵器やエネルギーの供給でも緊密な関係にある。両国はアメリカの単独主義に異議を唱え、多極化を指向している。中ロにオブザーバー参加のインドをえると、世界の政治、経済へのインパクトはさらに大きくなる。イランのオブザーバー参加は中東のエネルギー問題と連動するものである。

    小泉政権は、将来の国際環境を左右する可能性のある新興の大国群、あるいはBRICs(ブラジル、ロシア、インド、中国)に対する外交戦略を練ってこなかったようにみえる。自国を大国と認識している国に対して、何を目的に何を主張するのかとの課題である。そのためには、中国なら中国の国力を冷静に分析したうえで、その強みと弱みを把握し、中国像を形成・共有することから始めなければならない。安全保障上の問題はもちろんのこと、政治、経済、文化、人的交流、政府開発援助(ODA)などを含めた包括的な政策パッケージを構築すべきである。

    (2)国際協調政策の推進
    第2に、日米関係を引き続き重視しつつも、国際協調をこれまで以上に重視すべきである。わが国が国際社会において国益を追求する場合、アメリカの支持を獲得するだけでは不十分な場合があり、国際的により広範な理解を得られるようにしておかなければならない。最近の例では、国連安保理の常任理事国への就任を目指して活発に国連外交を展開したものの、結局アメリカ以外の常任理事国やその他の国々の支持をまとめられなかったことが指摘できる。今回の北朝鮮のミサイル発射事件への対応では、サミット、ASEAN外相会議などの機会をとらえて、わが国の主張に対する支持を獲得することが大きな意味をもった。

    (3)核拡散の防止
    第3に、核拡散の防止により積極的に取り組むことである。世界的に核拡散とその運搬手段である弾道ミサイルの開発が進むなかにあって、唯一の被爆国であるわが国の発言力が低下していることが懸念される。核兵器を搭載可能なミサイルの開発に取り組んでいるのは北朝鮮に限らない。核兵器保有国であるインドは、北朝鮮がミサイルを発射した直後の7月9日、核弾頭搭載が可能な長距離弾道ミサイルの発射実験を行った。核兵器保有国である国連の安保理常任理事国がこうした動きに消極的な態度をとっている。核不拡散について説得的な主張を展開できる大国は日本以外にない。朝鮮半島に限らず、非核化はわが国の国益に合致するものであり、より積極的にアピールすべきである。一定の所得水準、あるいは技術水準に達した開発途上国が、次々と核兵器やその運搬手段を開発する事態を回避しなければならない。

    (4)経済外交の重視
    a.資源外交の展開
    第4に、経済外交をこれまでにも増して重視すべきである。資源確保をキーワードとした経済外交が大国間で展開されている。例えば、中国の外交戦略のかなりの部分は、自国の経済成長に必要な資源と市場の確保を目的としている。中国にとって対ロ関係は、原油・天然ガス、武器の確保の観点から重要度を増している。東シナ海における海洋資源や排他的経済水域(EEZ)の問題もエネルギー確保と連動している。インドネシアへの中国政府系石油会社の攻勢も同様である。モンゴルをはじめとする中央アジアでも、資源獲得競争が繰り広げられている。中国にとって、中東から東アジアまでのシーレーンはエネルギー資源の確保という点から重要度を増してこよう。それは、アメリカが軍事力の世界的な再配置を実施するにあたり、重点地域とした極東から中東に広がる紛争多発地域である「不安定の弧」と重複する。

    ロシアは、エネルギー輸出収入をもとに軍事支出を大幅に増やしている。2006年7月にプーチン大統領の出身地であるサンクトペテルブルクで開催されたG8において、同大統領はエネルギー安全保障を強く打ち出した。中国と日本は、ロシアの石油・天然ガスの施設パイプラインのルート選定を自国に有利なものにしようと競合している。ラテンアメリカでは、石油輸出国機構(OPEC)加盟国であるベネズエラのチャべス大統領の資源国有化、反米主義が関心を集めている。去る7月に予定されていた同大統領の北朝鮮訪問はキャンセルされたが、アメリカはミサイル技術の流出などを懸念している。

    b.WTO多角的貿易交渉の推進
    WTOの多角的貿易交渉を積極的に推進すべきである。2006年7月にジュネーブで開催された主要6カ国・地域の閣僚会議でも妥協点を見いだせず、ドーハ・ラウンドは事実上凍結された。アメリカ大統領が議会に一括で通商法案の審議を委ねる包括通商交渉権限(議会は法案を修正せず、可否のみを採決する)が2007年7月に失効するため、ドーハ・ラウンドの決着はアメリカの次期政権誕生後にずれ込む公算が高まっている。わが国の関税率は世界的にも低く、WTO加盟国の関税率が一律に削減された場合、非農産品の関税率が比較的高いBRICs市場を中心にメリットを享受できよう。

    c.国際金融分野における競争力確保
    国際金融分野における競争力強化も忘れてはならない事項である。円に対する非居住者の信認や東京金融市場の活性化も国力を構成する重要な要素である。97年のアジア金融危機以降、わが国はチェンマイ・イニシアチブや債券市場の育成など、アジア通貨安定のためのメカニズム作りに貢献してきた。しかしながら、その一方で、主要国通貨の勢力図を見渡すと、多額の経常収支赤字を抱えているアメリカのドルはいまなお唯一のワールド・カレンシーであり、その資本市場は世界最大である。ユーロへの信認は厚く、近年主要国通貨に対して価値を切り上げている。ロシアは、ルーブルの国際化に着手している。中国の人民元が国際通貨として信認されるまでにはなお時間を要しようが、切り上げ期待を背景とした人民元への需要は旺盛である。

    (5)「日本ブランド」の再構築
    第5に、海外における「日本ブランド」の再構築も重要な課題である。戦後驚異的な復興を遂げ、世界第2位の経済大国となったわが国に対する評価が相対的に低下しているように思われる。90年代以降のわが国経済の低迷、北米や欧州における経済統合の進展、そしてBRICsの台頭といった国際環境変化を受けて、日本経済の相対的なプレゼンスは低下した。加えて、わが国の重要な外交手段であるODAの予算削減が続いている。これに対して、中国は、開発途上国の盟主、台頭する経済大国、将来の先進国としての顔を使い分けながら国際社会に自国を売り込んでいるように見受けられる。海外における日本ブランドを高めるためには、国内の構造改革や制度設計の成果を、同様の政策課題をもつアジアをはじめとする諸外国に伝播することが有益であろう。金融改革、財政改革、行政改革、少子高齢化対策、年金改革など、多くの国々が日本と同じ課題に直面している。

  6. 極東におけるポスト冷戦体制の構築に向けてイニシアチブを発揮せよ極東に位置する国々の首脳が認識すべきは、この地域において積年にわたり温存されてきた冷戦構造に代わる国際秩序を構築することの重要性である。冷戦構造を多国間メカニズムのもとで解きほぐすことなしに、緊張緩和や非核化は実現しないであろう。現状、首脳間の政策対話が途絶えた状態で、国境を越えた情報の流れが飛躍的に拡大していることが、域内で疑心暗鬼を増幅しているように思える。

    各国首脳は、国内におけるナショナリズムの台頭に強い関心を抱くべきである。日本の場合、小泉政権が発足して以来、いわゆる靖国問題が引き金となり、中韓に対する国内世論が悪化している。現状は、「古い」ナショナリズムの台頭にとどまっているが、「新しい」ナショナリズムが広まることが懸念される。すなわち、戦後核開発に必要な技術力や資金力をもちながらも専守防衛に徹し、国際貢献に尽力してきた思いと実績を諸外国から否定された場合に、国民が感じるであろう嫌悪感である。この新しいナショナリズムが、近隣諸国の対日批判と軍拡、北朝鮮のミサイル発射などとあいまって、軍事力を強化すべきだ、敵地攻撃能力を備えるべきだ、さらには核武装すべきだとの主張に短絡的に繋がることが懸念される。

    近隣諸国との間で多くの未解決の問題を抱え、北朝鮮の核兵器・ミサイル開発により直接的な脅威を受けるわが国こそが、ポスト冷戦構造の国際秩序作りの責務を負っているのである。
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