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RIM 環太平洋ビジネス情報 2005年04月号Vol.5 No.17

中国の経済過熱は終わったのか

2005年04月01日 調査部環太平洋戦略研究センター 顧問 渡辺利夫


中国の改革・開放政策を象徴する用語法が「放権譲利」である。当初は国有企業改革のためのスローガンであった。中国の国有企業は国務院主管部門の支配下におかれ、その付属物のような存在であった。鄧小平は経営に関する権限と利益を国有企業に委譲することによって企業効率を向上させようとしたのであり、当時にあってはまことに大胆な政策転換であった。

しかし、国有企業と国務院の内部に蓄積された既得権益はきわだって大きく、「放権譲利」が功を奏することはなかった。国有企業の経営効率はほとんど向上しなかったのである。対照的に、郷鎮企業や外資系企業、私営企業の発展がめざましく、国有企業のシェアは急速な縮小を余儀なくされた。

「放権譲利」が大きく花開いたのは、国有企業においてではなく、中央・地方の関係においてであった。中央権限を縮小し地方権限を拡大することにより、計画経済時代に地方の中に欝屈していたエネルギーが一挙に解き放たれ、地方の活力が中国全体の経済成長を牽引するというメカニズムが生まれた。典型が珠江デルタを中心とする華南であり、その活力が北上して長江デルタを巻き込み、この二つが中国の成長核となった。

中国には「条」と「塊」という表現がある。「条」とは、国家を頂点とし地方(省・市・自治区)を底辺とする「線」の行政系統であり、「塊」とは、地方の内部で横に広がる「面」の行政系統のことである。伝統中国は「塊」の強い社会であり、集権ではなく分権を特徴としてきた。広大な国土と膨大な人口を擁する中国を「条」によって一元的に統治することは容易ではなかったのである。科挙に合格した中央官僚を地方に派遣しその統治に当たらせたものの、中央官僚は地方の内部に入り込むことはできなかった。少なくとも県級以下の、税徴収を中心とした行政のすべては「農民領袖」に委せ、農民領袖を核とした自治的田園、その無数の細胞を紡いで構成されたものが伝統中国であった。

この伝統中国を決定的に変革したのが毛沢東であった。県はもとより、郷、鎮のすみずみ、農家の一戸一戸にまで中央の権力が入り込んだ。そのための制度的措置が人民公社であった。毛沢東の時代に中国は典型的な「条」の社会となった。これを再び「塊」の社会に引き戻したのが鄧小平である。鄧小平の改革はきわめて大胆なものだといわれるが、本質は伝統回帰である。中国の伝統に即さない制度を伝統に即した制度へと変革し、そうして地方の活力を大いに発揚したのである。改革を伝統回帰によって実現したのであるから、皮肉ではある。

「放権譲利」は確かに優れた政策であり、これがあって初めて中国の高成長が可能になったことは紛れない。問題はその行き過ぎである。近年にいたり「放権譲利」に歯止めがかからなくなり、地方を制御する中央の力が弱まって新たに深刻な問題が発生しつつある。

端的な話、現在の中国の経済過熱は、地方が中央の意向を無視して「盲目的」な投資拡大に走り、中央が地方に警告を発しても地方はこれに聞く耳をもたなくなってしまったことの帰結である。過熱が容易に収まらない根本的な要因がここにある。

昨年4月に明るみに出た一つの事例が以下である。江蘇省の常州市と揚中市で起こった民営企業「江蘇鉄本鋼鉄有限公司事件」、いわゆる「鉄本事件」として知られる事件である。改めて記してみよう。同公司の幹部が、もともとは一つの巨大鉄鋼プロジェクトを7つのダミー会社に分けて設立、計22のプロジェクトとして分割申請し、これが認可されたという事件である。省政府の土地使用認可権限は600ムーであるが、実際には6,500ムーを超える不法収用であった。4,000戸の農民の立ち退きによってこの土地取得が可能となったという。「鉄本」は民間企業であるが、地方政府がプロジェクトの違法性を知りつつ設立計画・申請に力を注ぎ、加えて地方政府の隠然たる圧力の下に中国銀行、中国農業銀行、中国建設銀行それぞれの常州支店、広東発展銀行などが巨額の融資を「鉄本」に供与したのである(この事件については孟芳「中国の投資過熱の原因は何か」『RIM』第4巻、第4号に詳しい)。

鉄鋼は中国の急成長の過程で最も需要の高い産業の一つであり、事実、鋼材は経済過熱下で完全な買い手市場となっている。地方相互の激烈な競争を繰り返す現在の中国において、このような巨大プロジェクトは地方政府自身が何としてでも成功させたい事業に他ならない。鉄本事件は、地方の企業、政府、銀行三者間の癒着を絵に描いたように示したものであり、政府もさすがにこれを見逃すことはできず、投資プロジェクトの即時全面停止ならびに企業幹部、地方政府関係者、銀行責任者の処分となった。

これほどあからさまなものでなければ、現在の中国の地方には不法なプロジェクトは数多く存在する。中央がいかにこれらを抑制しようにも、地方の政治力がかつてに比べて格段に強化されている現状ではいかんともしがたい。

もう一つだけ指摘しておけば、しばしば「開発区」と称せられる地方の工場団地の群生がある。現在の中国の全土に存在する工場団地数は推計7,000を超えるという。珠江デルタや長江デルタが外国企業の進出によって潤ったことを知りみずからもそうなりたいと熱望する地方は、外資系企業の導入を求めてわれさきに団地造成に乗り出し、異様な開発区フィーバーとなった。省・市・自治区ばかりではない。市や鎮までが工場団地造成に当たり、中央政府や地方政府の知らない間に山林や田畑が潰廃されてしまっている事例が少なくない。

現在の中国経済の過熱の原因は、これら鉄鋼や不動産、さらにはセメントやアルミなどを含めた4業種を中心に進められている地方の盲目的投資、つまりは「地方の暴走」にある。しかし、昨年の年初以来、猛烈な勢いで進んできた経済過熱も、預金準備率や公定歩合の引き上げなどを通じて漸減傾向にあるといわれる。とはいえ金融市場の未発達な中国においてその効果は限定的である。実際に効力を発揮したのは、銀行融資枠の引き締め、建設プロジェクトの延期・中止、土地管理の強化などの行政介入であった。

1~2月、1~3月、1~4月の投資額(固定資産投資額)の増加率は、53.0%、47.8%、42.8%ときわだって高かったが、これが次第に低下し、1~12月、つまり年間を通じての投資増加率は26.7%となった。とはいえ、3割近い投資率の対前年増加率の現状をソフトランディングといってはばからない中国政府の現状認識は危うい。

投資増加率が、中央政府の懸命の努力にもかかわらずなお相当に高水準にあるのは、地方の立ち居振る舞いに原因がある。昨年の中国の固定資産投資総額は492億7,400万元であるが、そのうち中央は74億9,600万元、地方は417億7,800万元、後者は前者の5.5倍以上である。前者の増加率は3.1%となったが、後者は31.5%である。過熱の制御は確かに中央の目の届くところでは成功したものの、投資総額において数倍の規模をもつ地方ではさしたる効果をみせていないのである。

仮に今回の経済過熱がどうにか克服されたとしても、中央・地方の権力の綱引きにおいて地方の力がますます強まっていくことが避けられない以上、いずれ一段と大きな過熱が発生し、中央がこれを制御することが不可能となって中国経済に壊滅的な打撃を与える危険性がある。2008年の北京オリンピック、2010年の上海万博を控えて、中国の諸地方には過熱のただならぬ空気が漂っている。中央政府主導の金融市場の整備ならびに全国一律のマクロコントロール手段の錬磨が、他の何にも優先して取り組まれねばなるまい。
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