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Business & Economic Review 2006年07月号

【OPINION】
公的部門と金融市場の関係正常化を-公的部門の適正規模のリスク負担によって「市場の価格発見機能」を回復せよ

2006年06月25日 翁百合


わが国公的部門の債務残高の対GDP比は、戦時にも経験したことがない高い水準に 上っており、そのサステイナビリティーに疑問が投げかけられている。1990年代以降、 政府は財政支出で総需要を上積みするかたちで景気対策を行った。また、銀行の不良 債権問題が深刻となり、政府は銀行に公的資金を投入して金融システムを安定化させ、 不良債権処理を加速させた。これらの施策の結果、民間企業の過剰債務は解消したが、 公的部門の債務が膨らみ、今やこれをいかに管理していくかが、日本経済にとって重 要なテーマの一つとなった。一方で、不良債権問題が徐々に正常化する過程において、 小泉政権は「官から民へ資金の流れ(フロー)を変える」ことを課題として掲げ、郵 政公社や政府系金融機関の改革を進めてきた。

現在も公的部門は金融市場のなかで極めて大きな存在であり、しかも公的部門と金 融市場の関係は複雑に絡み合っている。複雑に絡み合った公的部門と金融市場の関係 を解きほぐし、政府の金融市場におけるプレゼンスを正常化していくことは、今後も 引き続き総合的な政策課題として掲げられる必要がある。郵政改革や政府系金融機関 改革を通じた資金フローの変革は、その一部でしかない。本稿では、公的部門と金融 市場とのかかわりについて整理することにより、今後の課題を考察したい。
  1. マーケットのプレイヤーとしての公的部門
    (1)資金調達者としての公的部門
    市場の信認を得る財政再建ルールの必要性
    第1に、公的部門は金融市場からの最大の資金調達者である。政府は債務である国 債(財投債を含む)を発行して、資金を市場から調達する。近年、財政赤字が拡大し、 また郵便貯金から預託されていた資金が徐々に財投債として発行されること となったこともあって、国債残高が500兆円を超え、極めて高い水準になっている。 政府部門以外の地方自治体等も含めた公的部門全体をみれば、750兆円を上回る。そ の意味において、公的部門のマーケットにおけるプレゼンスが高まっている。とくに、 債券市場における国債のシェアは圧倒的なものとなっているし、今後も資金調達者と しての政府の市場でのプレゼンスは中長期的に極めて高いものであり続けると思われ る。

    こうした大規模な公的部門の資金調達は、資金循環上、官から民の資金の水路とし て存在し続け、長期金利に多大な影響を与える可能性を潜在的に秘めており、金融市 場、日本経済にとって最大のリスク要因である。こうしたリスクを徐々に低下させる ためには、地道な財政再建と持続的な安定成長により、名目GDP比でみた債務残高を 徐々に低下させていくしかない。このとき、極めて重要なことは、わかりやすく、信 頼できる財政再建に向けてのルールが提示され、そうした政府の「財政規律に対する コミットメント」が市場から信認を得られることである。

    リスク管理を意識した国際管理政策の必要性
    膨大な債務が存在し続ける以上、政府にとっては、国債管理政策が今後も重要なテ ーマである。国債管理政策においては、「確実かつ円滑に国債を発行すること」、「中 長期的に最小のコストで資金を調達すること」の二つが最大の政策目標であるが、そ のためにも流動性の高い国債市場を形成して、わが国の金融市場の中核的マーケット として整備し、発展させることが課題になる。

    確実かつ円滑に国債を発行するためには、市場へのストレスを軽減させるために市 場状況に応じて短期債を発行したり、インフレや金利変動のリスクを政府が負担する ような商品性の国債(物価連動債、変動金利債)を発行するなど、ある程度のリスク 負担を政府が受容して、市場のニーズにあった商品を提供し、保有者を多様化させ厚 みのある国債市場を育成していくことが必要である。

    むろん、これが行き過ぎると、借り換えに伴う利払い変動のリスクや、インフレ・ 金利上昇のリスクを政府が過度に抱えることになり、実際にインフレや金利上昇とい った事態が顕在化した場合の利払い増大によって、中長期的にみても最小の利払い費 用で資金調達することにはならない可能性が高い。他方、政府がインフレや金利変動 のリスクを負わず、また借り換えに伴うリスクも負わない、というスタンスで長期債 ばかり発行をしても、市場参加者は限定され、マーケットの厚み・深さは期待できず、 円滑な資金調達は困難であると予想される。リスクを避けようとするほど、また市場 実勢より低い金利で長期債によって資金を調達しようとするほど、資金調達は難しく なるだろう。

    すなわち、「確実かつ円滑に国債を発行すること」、「低いコストで資金を調達する こと」という二つの政策目標は、短期的にみるとトレード・オフの関係にある。しか し、中長期的にみれば、円滑な消化が可能な環境作りと、利払い費用の圧縮は必ずし も矛盾するわけではなく、二つの要請を両立する努力が求められる。こうした取り組 みの一部は、「コストアットリスク分析」として発行当局にも取り入れられ、リスク とコストの関係を無差別曲線に描くことによって、最小のコストとリスク(分布の幅) で発行ができているかについて、検証するようになっている。こうしたトレード・オ フの最適点の選択、という発想は、換言すれば、円滑な国債消化と金融市場の機能発 揮のためには、金利変動リスク、物価変動リスク、借り換えリスクを政府がある程度 負担することが必要で、そのリスクを適切に管理することが必要とされている、とい うことに他ならない。

    (2)投資家・融資主体としての政府系機関
    公的部門として本格的に重要なのは、リスク負担・管理機能
    公的部門はマーケットにおける投融資主体でもある。公的部門が投融資を行う第1 の目的は、民間では担いきれないリスクの高い投融資対象先に対して金融的手法で支 援を行う(その主な担い手は、政府系金融機関および独立行政法人等)ものである。 従来の財政投融資の仕組みでは、郵便貯金資金等が政府系金融機関の投融資資金とな っていたが、2000年代初頭以降の財政投融資改革により、政府系金融機関等が自ら発 行する財投機関債か、国債(財投債)で集めた資金を投融資するようになった。90年 代以降の日本経済の低迷を背景に、これらの政府系金融機関は、極めて大きな信用リ スクを負担してきた。政府系金融機関は今回の小泉政権下の改革で、民営化(日本政 策投資銀行、商工中金)、廃止(公営企業金融公庫)が決定したもの以外は、一つに 集約され、融資残高は半減されることとなった。しかし、融資残高が半減しても、こ れを保証などのかたちに変えるのであれば、オフバランスで公的部門がリスクを負担 していることには留意が必要である。政府系金融機関の機能としては、財投債調達と 融資のデュレーション(償還期間)の違いによる金利リスクに加え、信用リスクを、 これらを負いきれない民間に代わって負担することが政策的には本質的な意味を持っ ている。なお、出融資を行う極めて数多くの独立行政法人についても、今後改革が行 われることが決定している。

    第2の目的は、将来活用する目的のために集めた資金の安定的な運用を行う(公的 年金資金運用主体、および現状の郵政公社)ものである。しかし、郵便貯金事業は、 財政投融資改革により、こうした意義を失い、自主運用を手がけることになり、郵政 公社は国債中心の運用を続けてきた。国債運用に関しては、信用リスクはないが、公 社は巨額の金利リスクを負担して、郵便貯金という安全資産を提供している。今後完 全民営化が実施されると、郵便貯金会社は自由にポートフォリオが組めることになる が、銀行法上、自己資本と見合う範囲内のリスク負担という制約が加わることになる。 一方、公的年金は自主運用を行っているが、これは将来の年金給付のための運用資金 である。年金積立金管理運用独立行政法人が運用利回りを確保し、その変動リスクを 一定範囲内に抑えるとの観点から運用ポートフォリオを決定している。ポートフォリ オには株式等も含まれ、収益の変動要因には信用リスク管理の巧拙も影響し、その管理が課題となっている。

  2. オフバランスでのリスク負担主体としての政府
    様々なかたちで存在する公的部門の金融機能
    リスク負担を公的部門の金融活動の重要な本質の一つと捉えれば、公的部門がオフ バランスでリスクを負担する、といった行為は、金融機能として明確に位置付ける必 要がある。例えば、金融危機時において、政府は民間金融機関の預金に対して全額保 証を与えていた。平時においても、たとえば政府系機関の発行する債券の一部に対し て政府が政府保証を付している。また、保険の提供といったリスク負担手法もある。 たとえば政府が地震保険の再保険の一部を引き受ける、といった形態である。

    また、政府系機関をみると、例えば中小企業の信用補完については、民間融資に対 する信用保証協会の保証に対して、中小企業金融公庫が保険機能を提供し、大数の法 則を活用したうえで残存する残余リスクを負担している。独立行政法人についても、 様々な機関が特定の民間企業に債務保証や利子補給を与えている。今回の政 府系金融機関の改革では、融資形態から、部分保証などの形態で民間融資に関与する ことが今後望ましい民間補完のあり方として展望されている。確かに、こうした形態 によって、資金の流れは、民間から民間に流れ、政府は補完的に信用を補強するとい うかたちで機能することが可能となる。しかし、政府の負担するリスク量は変化しな い可能性があり、オフバランスで信用リスクを負担することに対しては、より精緻な リスク管理を考える必要がある。

    なお、政府系金融機関、独立行政法人等の場合は、いわば「事業」主体として、融 資や保証、保険などのリスクを負担する行為を行っている。一方、政府は、地震保険 などを特別会計で実施しており、政府系機関の債務に対する政府保証に関しては、そ れぞれの保証に関して、予算上適切かを財務省が吟味しているが、必ずしもこれらの 保証、保険機能について統合的なリスク管理という観点でのチェックは行われている 訳ではない。

  3. 市場のルールメーカーとしての政府
    ルールメーカーとして必要な視点
    政府は、また、市場のルールメーカーとしても機能している。政府は、様々な金融 商品を提供することによってリスクをテイクし、資金を仲介する民間プレーヤーに対 して、情報開示義務などについてのミニマム・スタンダードを求め、参入規制や行為 規制などをかけ、監督を行い、公正で健全な市場を育成することを任務の一つとして いる。こうした規制は、市場を機能させ、育成するうえで市場の公正性が必要であり、 そのうえでプレイヤーの競争を促進し、市場規律を働かせ、市場の価格発見機能を育 成する、という政策目的のためである。

    銀行の場合には、追加的要素として信用秩序が崩壊し、このコストを金融システム 内で賄えない場合、国民のコストとなるため、このコストを最小化するために、プレ イヤーの規制監督が必要となる、という側面もある。実際、わが国の90年代以降の金 融危機に際しては、景気の低迷と重なり、民間金融システムの抱える信用リスクが管 理不能なまで拡大し、このコストを賄うための預金保険基金が枯渇したことから、監 督を強化し、巨額の公的資金の投入が必要となった。

    ただし、規制監督のためには監督当局の人員の人件費やシステムコストなどの多大 なコストが必要である。また、監督規制に伴う負担が金融機関にとって大きくなりす ぎると、これが民間プレイヤーの収益を圧迫し、新規参入が途絶えたり、市場におけ る金融商品のプライシングにも影響を与えるはずである。金融機関、プレイヤーの集 合体としてのシステムに内在するリスクを管理可能な規模とし、市場を機能させられ る適度で適切な規制監督のレベルがあるはずである。また、手法としても、金融機関 のリスク管理を自らチェックするという内部管理を、外部からもチェックするような 監督体制をとることによって、規制監督のコストを小さくすることが可能となるはずである。

  4. これまでの改革の評価と今後の課題
    小泉政権における公的金融改革の評価と課題
    郵政改革や政府系金融改革にみられる、今回の小泉政権における公的金融改革は、民間部門の不良債権問題の正常化にあわせて、前述の1(2)の資金の流れを小さく する方向で検討し、実現を手がけてきた、とみてよいだろう。具体的な施策として は、郵政公社を民営化し、政府系金融機関を民営化、廃止、集約したり、融資を半 減させるといった施策によって、従来の財政投融資として位置付けられていた資金 の流れを絞ろうとしてきた。これは、今まで政治的に手をつけられなかった改革に 踏み込んだという点では、評価をすることができる。ただし、郵政公社と政府系金 融機関の民営化は、長い期間をかけて実現していくことが予定されており、当初は 政府出資が100%残るという競争条件の違いを抱えたまま、自立の道をつけて株式を 高い価格で売却することにより国民に果実をもたらす必要があるという点で、極め て難しいナローパスを歩むことになり、金融システムに様々な影響を与える可能性 が残っている。

    また、小泉政権が着手した公的金融改革には二つの根本的な課題が残っている。

    第1は、1(1)に指摘した通り、国債など公的部門の債務残高全体の増加抑制が図 られていないことである。これを抑制しない限り、公的部門の資金需要が圧倒的に大 きい状況や資金の流れは変わらず、公的部門が長期金利を通じて潜在的に民間金融市 場に大きな影響を与える可能性を秘めている。

    第2は、公的部門を介する資金の流れを小さくしても、公的部門が民間部門のリス クを保証し、リスク負担という形で関与し続ける限り、公的部門は金融市場に多大な 影響を与え続けていることである。この負担を適切なレベルとし、管理していくとい う発想は、個別の政府系金融機関などで考え始められているにすぎない。もちろん、 前述の通り、確かにこの手法の方が、融資という手法と比較すれば、民業補完の観点 からは望ましい面もある。民間が資金を提供し、公的部門が保証を与えれば、確かに 公的部門は民間の補完的な役割を負うことができるからだ。しかし、公的部門がリス クを負担するという点では、いざリスク管理を失敗した場合に多大な財政負担を強い られたり、市場の価格形成をゆがめる可能性は変わらず、また信用補完だけになると、 民間プレイヤーのモラルハザードを招いたり、オフバランス化してリスク管理が難し くなるという問題もある。したがって、公的部門が負担するリスクを民間とシェアす るための工夫や、リスクに応じたプライシングを公的部門も行うといった工夫、一層 精緻なリスク管理が必要となるのである。

    このように、小泉政権が実施してきた公的金融改革は、「従来の財政投融資の資金 の流れを細らせる」という改革であったといえるが、政府と金融市場の関係を正常化 するためにはこれだけでは不十分である。公的部門は、資金の流れだけでなく、リス ク負担という機能を通じて金融市場に様々な影響を与え、とくに、リスクに対するプ ライシングという市場の「価格発見機能」に目に見えないかたちで影響を与えている。 潜在的な財政コストの拡大を小さくし、効率的な資金配分を実現できる金融市場を目 指すために改革すべきことは、公的部門のオーバープレゼンスを正常化することであ り、それは資金の流れだけではなく、「公的部門の抱えるリスク負担そのものを適正 化し、マネージ可能なものとする」という課題が必要である。こういった課題につい て政府全体として認識を共有する必要がある。

    政府のリスク負担と金融市場-市場機能の発揮に向けて
    今後の課題として、必要な視点を最後にまとめると、次の通りである。

    第1に、公的部門の抱える膨大な債務の増加を極力抑制することが重要である。財 政再建に向けてのわかりやすいルールを市場に示し、そうした「中長期的な財政再建 に対するコミットメント」が、市場から信認を得られるよう工夫する必要がある。国 債管理対策についても、リスクの負担と管理を意識して行う必要がある。

    第2に、公的部門の抱えるリスクの大きさを個別機関毎、また全体として認識し、 この規模や範囲が適切で、管理可能なものであることを常時確認しておく必要がある。 これは、政府系金融機関など個別機関のリスク管理を徹底することに加え、公的部門 全体としても統合的なリスク管理を行う体制の構築が必要であることを意味している。 この点、保証などの予算措置も、より金融的な視点で見ていく必要があることを示唆 している。

    第3に、公的部門がリスクを負担することは政策上必要であるが、前述の通り、必 要以上にリスクを負担することは、民間プレイヤーのモラルハザードを招いたり、金 融市場における価格機能の発揮を妨げるため、リスク負担を適正化していくという視 点が常に必要である。これについては、現在公的部門で進められている「政策評価」 において、政策目的の必要性の評価や、民間との比較において撤退が必要とされる分 野ではないか、などの個別の評価を定着させ、見直しにつなげていく体制を構築する ことが重要であろう。

    第4に、政府部門の民間市場の公正性を担保するルールメーカーとしての役割も、 競争を促進し、市場規律を発揮させることにより、「市場の価格発見機能を極力発揮 させる」という観点をより一層意識する必要がある。
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