RIM 環太平洋ビジネス情報 2005年04月号Vol.5 No.17
多国間繊維協定(MFA)撤廃による後発工業国への影響-後発国の機会は縮小しているか
2005年04月01日 竹内順子
要約
- 開発途上国にとって工業化は経済発展の原動力であり、雇用の創出や非一次産品の輸出拡大という望ましい変化をもたらすものとして期待されてきた。過去40年あまりの東アジア諸国の経験は、輸出と結びついた工業化がいかに経済成長と貧困の削減に寄与したかを物語っている。東アジア諸国において工業化の糸口となったのはほぼ例外なく繊維産業であった。繊維産業は資本力や技術力には欠けるものの、労働力が豊富という途上国にとって比較的参入しやすく、優位性を生かしやすい産業である。それだけに、経済発展にともなう比較優位構造の変化のなかで位置付けが低下するという側面を持つが、途上国にとって繊維産業の発展は、資本の蓄積や生産・経営・物流など、様々な面で工業化の経験を積むための重要なステップであった。
- 東アジアでは1950年代の日本を皮切りに、1960年代に香港、韓国、台湾、1980年代以降はタイ、中国などが次々と有力な繊維輸出国に成長した。工業化では東アジアに遅れをとった南西アジア諸国においても繊維製品の輸出の増加が確認出来る。こうした動きを促した一因は先発国から後発国への生産の移転であったが、それは繊維貿易を取り巻く通商体制、特に、1974年に導入された多国間繊維協定(MFA)下の輸入量割当枠(クォータ)制度から大きな影響を受けた。後発国において、クォータの獲得を目的とする外国直接投資や生産委託の増加に支えられて、繊維産業が成長した例は多い。
- 1990年代のカンボジアやバングラデシュにおける繊維輸出の急増は、依然として後発国にも繊維産業を導入部とした工業化の機会があったことを物語っている。しかし、それはクォータという規制によって既存の有力輸出国から流出した「機会」を受けたという側面が強かったことを見過ごすことはできない。
- MFAの撤廃や情報化の進展にともなうグローバル調達の拡大と納期の短縮化など、繊維貿易を取り巻く環境は変化している。貿易の自由化により企業が自由な立地や調達先を選択出来るようになるなかで、グローバルなサプライ・チェーンへの参加に適した条件を持つ国が発展する一方、そうでない国は発展の機会を失いつつある。低賃金国でありながら、物流面での利便性や原材料調達面での優位性を備えた中国による繊維輸出の増加が著しいが、クォータの廃止によってさらなる増加が見込まれている。これに対して、多くの予測がバングラデシュやカンボジアなどの後発国による輸出の停滞を見込んでいる。通商政策や援助を通じて、後発国における「機会」の縮小を補完していくことが求められている。