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RIM 環太平洋ビジネス情報 2005年01月号Vol.5 No.16

台湾の政治ベクトルはどこに向かっているのか

2005年01月01日 調査部 環太平洋研究センター 顧問 渡辺利夫


主主義社会における政治選択は実にデリケートなものだと改めて考えさせられる。

昨年3月20日の台湾総統選では、「一辺一国」(中台はそれぞれ別の国だという意)のスローガンで選挙戦を闘った民進党の陳水扁氏が再選を果たした。李登輝時代に開始された台湾の政治的民主化は台湾住民の台湾アイデンティティー確立の過程そのものであり、「台湾の子」陳水扁氏は台湾アイデンティティーの象徴的存在である。「台湾の台湾化」路線を決定的なものとするための最後の民意確認の場が、昨年12月11日の立法委員(国会議員)選挙のはずであった。与党連合(民進党プラス台湾団結同盟)が野党連合(国民党プラス親民党)を上回る議席数を確保し、安定的政治基盤を築いた上で残りの総統任期3年余の間に台湾独自の新憲法を制定するというのが陳水扁氏の政治的プログラムであり、事はそのプログラム通りに進展するものと思われた。

実際のところ、10年前と昨年を比較した台湾政治大学の住民意識調査によれば、中台関係の現状維持を希望するものがマジョリティーであることに変化はないものの、中国との統一期待派が20%から12%へと減少する一方、台湾独立期待派が11%から19%へと上昇したのである。事実上の独立国である台湾の現状を肯定的に受け止め、さらに政治的独立へ向かいたいという意識上のベクトルが台湾住民の中で次第に強まってきたことは紛れもない。

しかし、昨年12月の立法委員選挙においては最大野党国民党が議席数を大幅に増やし、野党連合が過半数を制するという事態に立ちいたった。民進党の受けた打撃は当然ながら極めて大きく、陳水扁氏は与党連合敗北の責めを負い民進党主席を辞任、同時に秘書長(幹事長)と2人の副秘書長も辞任を余儀なくされた。「台湾の台湾化」路線は一体どこへいってしまったのか。

要するに「一辺一国」といっても、これほどの大事であってみれば、一直線に事は運ばないということなのであろう。時々刻々と変わる中台のパワーバランス、パワーバランスの陰に潜むアメリカの対応などが、投票所に向かう台湾住民の心にデリケートな影響を与えたのであろう。「台湾の台湾化」を求めながらも、今がそれを決する時機なのか、ひょっとして中国の台湾侵攻の危険性も排除できないかも知れない、思い千々に乱れて「陳水扁氏は少々事を性急に運び過ぎてはいまいか」との思いに駆られ、国民党に票を投じた住民が増えたということなのであろう。

民進党に「一辺一国」の如何を白紙委任するのではなく、「一辺一国」の方位へのチェックアンドバランス機能を野党連合に求めるという、まことに絶妙な平衡感覚が台湾住民の今回の選択であったとみるべきだと私は思う。

それにしても、アメリカという国の「国際政治デザイン」は確たるものだ、という実感を抱かされたのは私ばかりではあるまい。陳水扁氏に加えたアメリカの政治的プレッシャーは相当なものであった。同時多発テロ事件以降の対テロ戦略ならびに北朝鮮の核とミサイルの暴走抑止には、中国の協力が欠かせないとみるアメリカは、台湾海峡の現状変更につながる陳水扁氏の言動に強い不快感を露にした。中台関係の現状維持のためには台湾の与野党均衡の政治状況が望ましいというのが、アメリカ政府指導部の判断であった。選挙が近づくとともに頻度を増したアメリカの「政治介入」が台湾住民の心理を少なからず不安定なものとしたことは想像に難くない。台湾海峡安定の最終的な担保がアメリカにある以上、台湾住民の心理が野党連合に傾いたのも無理からぬものであったというべきであろう。

しろ不可解なのは中国の対応である。中国は立法委員選挙の結果に安堵の胸をなで下ろしたにちがいない。この選挙結果に対する中国政府の対応は淡々たるものであった。このことが中国の安堵感を隠然と物語っている。

と思いきや、昨12月29日、全国人民代表大会(全人代)常務委員会は台湾独立の阻止を求めて「反国家分裂法」なる国内法を可決し、この3月の第11期全人代第3回大会で正式採択の予定だという。中国が台湾に対して武力攻撃を行うための法的根拠をこれによって完成しようというのである。

野党連合の勝利を台湾不安定化の好機到来のシグナルと捉えて攻勢に転じたのであれば、愚策というより他ない。「台湾の台湾化」が台湾の政治的民主化にともなう非可逆的なベクトルであることを見据えて然るべく対応するのでなければ、台湾との統合の道は一層の迷路に踏み込んでいかざるをえないのである。
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