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Business & Economic Review 2005年11月号

【CHIEF ECONOMISTの眼】
財政健全化への道筋

2005年10月25日 調査部長 湯元健治


9月の衆議院総選挙における小泉自民党の圧勝を受けて、郵政民営化を始めとする構造改革路線が一段と強力に推進されるとの期待が高まっている。実際、日経平均株価は総選挙後上昇に転じ、9月20日には1万3,000円の大台を回復した。解散後、わずか1月余りで外国人の対日株式投資が2兆5,000億円を上回った事実は、日本の構造改革に対する海外の期待がいかに大きいかを物語っている。

しかしその半面、自民大勝で財政健全化のために大幅な増税路線への転換の可能性も現実味を帯びてきた。自民党マニフェストには、「歳出・歳入の一体改革」と「2007年度以降、消費税を含めた税制の抜本改革」が謳われたが、これらは明らかに増税の方向を示唆している。実際、2005年6月、政府税制調査会は「個人所得課税の論点整理」と題する報告書を公表し、このなかでサラリーマンの給与所得控除や配偶者・扶養控除など各種控除の見直しや税率構造・税率ブラケット(同一税率が適用される所得階層)の見直しなど、様々な改革の論点が示された。このような改革の目的は、経済構造や世帯構成、就業意識の構造的な変化に税体系を合わせていくもので、一定の評価はできる。例えば、給与所得控除はサラリーマンの必要経費の概算控除としては大き過ぎるため、実際にかかった経費を自己申告する制度に改めることは、方向として間違っていない。

しかし、今後4~5年以内とはいえ、これらの改革をすべて行うとすれば、所得税・住民税合わせた増税規模は極めて大きなものにならざるを得ない。例えば、a.給与所得控除を一律65万円の定額化、b.配偶者控除を廃止、c.扶養・特定扶養控除を廃止する場合、所得税・住民税を合わせた増税規模は、総額で11兆円にも上る。すでに半減が決まっている定率減税の完全廃止が今年12月の税制改正で決まれば、総額は15兆円近い規模となる。これは、年収700万円世帯(夫婦子二人)で、年間54.3万円の負担増加となる。

現実にこれほどの大規模増税が実行できるかどうかはともかく、増税路線への転換が示唆された背景には、2010年代初頭までに財政のプライマリー・バランス(歳入から公債発行額を歳出から公債の利払い・償還額を除いた基礎的収支)を現行の赤字(2004年度、名目GDP比▲4.4%)から黒字化するという政府目標の達成が危ぶまれる状況になってきたことがある。増税は所得税だけではない。政府の財政制度審議会は、去る5月に衝撃的な長期試算を公表した。向こう10年間でプライマリー均衡化を実現するためには、a.10年後の一般歳出(国債費を除く)規模を3割圧縮するか、b.消費税率を14%引き上げて19%にしなければならないという。小泉政権誕生後4年間の一般歳出削減幅はわずか▲2.8%に止まっており、この程度の削減ペースでは将来の消費税率2桁台への引き上げは到底避けられそうもない。歳出削減が小幅に止まった理由は、公共事業の大幅な削減が進展した半面で、国から地方への補助金・交付金等の移転支出の拡大や高齢化の進行によって年間1兆円規模で増加する年金・医療・介護など社会保障給付費の拡大が大きな歳出増加圧力となっているためである。換言すれば、公共事業の削減のみに頼った歳出削減が限界に直面し、構造的歳出拡大圧力を抑える三位一体改革や社会保障制度改革の進展が遅いことが、増税路線への転換を余儀なくさせているといえよう。

確かに、今後10~20年先まで展望した場合、財政健全化や高齢化に伴う社会保障の公費負担増加を考えると、所得税や消費税を含めた相当規模の国民負担増は不可避である。しかし、政府として国民に将来の負担増への理解を求めるのならば、以下の三つの前提条件をクリアーしなければならない。

第1は、非効率・無駄な歳出の削減を限界まで徹底するとともに、税金の使い道に対する国民の不信感を払拭することである。公共投資の対名目GDP比率は2000年度の6.7%から2004年度には4.6%まで低下したが、主要先進国の平均レベル(同1~2%)と比べるとなお高く、削減余地は残されている。この10月から道路公団の民営化がスタートしたが、国直轄で高速道路を建設する仕組みは温存されたままである。郵貯・簡保資金が非効率な財政投融資や特殊法人に流れている構図を是正するためには、郵政民営化と歩調を合わせる形で、政府系金融機関の統廃合など「出口」の改革を大胆に推し進めなければならない。また、諸外国あるいは民間水準対比割高と指摘される公務員の人件費の抑制も喫緊の課題である。財務省によれば、地方財政計画で公共事業の単独事業が5兆円以上も過大計上され、結果として、地方交付税を通じて地方の一般行政経費や地方公務員給与に充当されたという。何よりも、大阪市など一部自治体の不正支出や社会保険庁の無駄使い、「わたり」と呼ばれる退職前の等級引き上げ慣行、高級官僚の天下りや官製談合などの実態を見せつけられては、国民が増税に素直に納得できないのは当然である。こうした不正・無駄使いを是正するための徹底的な改革を断行することが国民に増税を求める大前提である。

第2は、所得税のクロヨン問題や消費税の益税問題など税の不公平を是正する必要である。元々、サラリーマンの給与所得控除が実際よりも高めの経費控除となっている理由は、裁量的な経費算定が認められやすい自営業主とのバランスを考慮した結果である。給与所得控除を実額の経費控除に改めるならば、納税者番号制度の導入や資料情報制度の充実などによって自営業主等の所得把握を強化する必要がある。この点、先の政府税調報告では、a.必要経費の範囲を明確化する、b.適切な記帳と申告を促すために「概算控除制度」を導入することが検討課題に上げられた。これは、零細・小規模な自営業主の場合、事業に関連する必要経費と家事関連費用を明確に区別するとともに、現在免除されている事業所得300万円以下の事業者にも記帳義務を課すなど売上・経費の適正な記帳・申告を通じて、サラリーマンとの公平性を確保しようというもので、妥当な方向と言える。さらに、消費税の益税解消のためには、a.欧州諸国比なお高い免税点の引き下げ、b.簡易課税制度の廃止、c.インボイス(送り状)の導入等の改革が不可欠の課題である。

第3は、国民に「小さな政府」「効率的で安心できる社会保障」の具体的な姿と将来負担の上限を明確に提示することである。将来における受益と負担の全体像を提示しないまま、なし崩し的な増税路線を継続すれば、国民は際限なき増税不安を抱き、消費抑制・貯蓄積み増しに走らざるを得なくなる。政府・自民党が掲げる国民負担率50%以内という目標だけでは、将来の姿が明確でない。将来の国民負担・増税幅を最小限に抑えるためには、社会保障のナショナル・ミニマムを明確に定め、国と地方を合わせた一般歳出対名目GDP比率を現在の水準よりも大幅に引き下げる数値目標を設定する必要がある。仮に、社会保障のスリム化・効率化ができない場合には、一般歳出対名目GDPの規模を現在の水準程度に止めることが精一杯で、10年後の消費税率を17%まで引き上げる必要が出てくる。他方、a.公共投資の対名目GDP比率を2%まで引き下げる、b.公務員人件費の大胆な削減によって、政府消費の同比率を95年水準まで抑制、c.社会保障給付費の伸び率を名目成長率の範囲内に抑制することによって、一般歳出規模を名目GDP対比4%ポイント引き下げることができれば、消費税率は10年後で9%、20年後でも11%程度に止めることが可能と試算される。

以上の三つをクリアーできて初めて国民負担の引き上げを求める条件が整う。将来どの程度の負担増加を求めるのかは、「小さな政府と自己責任・自助努力の要素を取り入れた社会保障」「小さな政府と安心できる比較的大きな社会保障」、このどちらを選択するかによるが、それは国民の価値観に依存する問題であり、選択肢を具体的に国民に提示することが政治の重要な責任である。小泉自民党が大勝した以上、日本の選択は経済活力の維持・強化と両立する前者の方向になる。緩やかな回復に止まっている家計の雇用者所得が本格回復するまでは、増税を極力最小限に止め、社会保障も含めた徹底的な歳出改革によって、財政健全化を図っていくことが日本再生への道である。
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