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Business & Economic Review 2005年11月号

【STUDIES】
産業再生機構の中間レビュー事業再生の経験と今後の課題

2005年10月25日 調査部 主席研究員 翁百合


要約

  1. 2003年5月に業務を開始した産業再生機構は、2005年3月末に支援企業の債権買取期限を迎えた。産業再生機構は日本の金融危機の最終局面において、容易に進捗しなかった不良債権処理を官民一体となって進める緊急避難的かつ時限的な組織として設立された。当初は銀行との意思疎通が必ずしも円滑でなかった面もあり、持込件数は大きく増えなかったが、機構サイドが対応の改善を図るなどの活動を通じて徐々に持ち込み件数が増加していった。

  2. 支援件数は41件であり、支援対象企業の借入金総額は2003年当時の不良債権額全体の約1割強に相当する。件数でみると非製造業が多く、借入金総額ベースでみると大手企業支援を背景として、小売り、マンション・住宅建設、製造業のシェアが高い。件数ベースでみると申し込み銀行の半数は地銀であるが、借入金総額ベースでみると圧倒的にメガバンクが活用した。

  3. 産業再生機構の再生支援活動を経済的機能から捉えると次の通りである。a.企業のリスク分析(デューデリジェンス)、b.企業に対する事業および財務コンサルティング(再生計画の策定)、c.企業のステークホルダー間の利害調整、d.リスク負担とこれに応じたモニタリング、e.情報の非対称性に伴う問題への対処=企業の経営資源(経営者等)とスポンサー(営業譲渡先も含む)の企業間市場としての役割と最終的な選定、f.経営コンサルティング機能(マネジメントノウハウの提供)である。

  4. これらの機能は、従来はメインバンクが一手に担ってきたが、経済構造が大きく変化するなかでメインバンクが十分に担いきれなくなったといえる。また、これらの機能はいずれも相互に深く関連しており、機構がトータルにコーディネートできたために効率性が発揮された面もあった。また、「公的」部門であることの中立性ゆえに最大の効果を上げたのは、利害調整機能であった。一方で公的組織であるが故の弊害も当然予想された。とくにリスク負担機能に関連して、機構が存続することにより、民間プレイヤーの参入を妨げたり、民間プレイヤーのモラルハザードをももたらすという弊害が出ないように配慮する必要があった。その点でサンセット方式で機構を設立したことは極めて妥当であった。

  5. 産業再生機構の事業再生の特徴は、対象事業者のビジネスモデルを転換し、事業の将来性を見極めて、それと整合的な財務リストラを行う点にある。また、キャッシュフローベースの市場価格での評価を徹底させたことも特徴である。したがって、産業再生機構が手がけた事業再生は、清算型処理でもなく、従来の銀行主導の救済型処理とも異なる。法的整理に近い、事業の根本的な再構築を伴う再生であるが、法的整理に比べて早期迅速に実施することによって、事業価値の最大化を図ろうとするものである。

  6. 産業再生機構の活動のなかで、最優先の政策課題は、a.個々の企業価値最大化を市場原理を貫徹して実現させることにより、資源配分の効率化を達成することである、と考えられる。さらに、b.民間にできることは民間で行う、c.再生のビジネスモデルを示し、事業再生市場整備の一翼を担う、d.地域社会における事業再生を通じて地域の活性化を図る、といったことも副次的な政策目標として考えてきているといえるだろう。

  7. 支援活動を通じて不良債権問題の背景や、早期事業再生が進まなかった背景も顕在化してきた。まず不良債権問題の背景としては、多くの日本企業がバブルの発生と崩壊という大きな経済の振幅のなかで構造的な経済の変化を見極められず、従来の売り上げ至上主義的なビジネスモデルを変革してこなかったことが上げられる。また、バブル期の過剰投資、マネジメントの不在(経営者の資質の問題)、コーポレートガバナンスの欠如、経営管理ノウハウの欠如も、企業経営を長期にわたって悪化させる背景となっていた。

  8. 一方、こうした企業群に対して民間だけで早期事業再生(私的整理)を進められなかった背景としては、a.政府系金融機関や信用補完制度など、公的金融制度がネックとなっていたケース、b.キャッシュフロー分析に基づかない不動産担保偏重の企業融資、メインバンク以外の銀行によるメインバンク依存型融資、といった民間の融資慣行、c.メインバンク自体の機能不全、d.再生しようとする事業者がエクイティーを調達する場合に様々なネックがあること、e.事業再生に通じた民間プレイヤーや人材の不足(特に地方において)、などが指摘できる。これらの問題点については、徐々に制度改正や慣行の見直しによって是正しようという動きが見られるが、今後のこうした課題への取り組みを続けていくことが必要である。

  9. 産業再生機構が設立された頃から、民間のプレイヤーの活動も徐々に活発になってきており、事業再生ファンドの数も増え、不良債権問題も解決に向けて大きく進展した。マクロ的にみても企業全体のキャッシュが潤沢となり、M&Aが盛んになっている。ミクロの事業再生は、有効に活用されなくなってしまった人材やカネなどの企業の経営資源を流動化させ、マクロ経済の資源配分の最適化を達成する有力な手段である。今回の景気回復が事業再生を成功させた面もあれば、事業再生の積み重ねが足腰のしっかりした景気回復にも結び付いているものと考えられる。産業再生機構は、産業そのものを直接再生することを企図するのではなく、一つひとつのミクロ的な事業の再生可能性の追求と競争環境の創出によって、結果として企画の集合体である産業全体が活性化していくことを企図して仕事をしている、といえるだろう。

  10. 産業再生機構の取り組みは、今後の公的金融改革に対しても示唆的な点が多くある。サンセット方式を採用したことは、不良債権問題に直面していた民間プレイヤーが問題先送りをしないという方向にも多いに貢献したと思われる。また、組織の面では、株式会社形態を採用し、取締役会や監査役によるガバナンスを確保していること、支援決定等に政治的な圧力を回避するために意思決定機関としては産業再生委員会という中立的な組織を作るなど、様々な工夫を重ねたこと、市場で活躍していた市場価値の高い民間人を幹部に登用し、スタッフのインセンティブに配意した成果主義の給与体系を採用するなどの工夫によって、民間人を中心に中立的で使命に忠実な仕事をこなすことができている。

  11. 産業再生機構の活動は、最終的には、支援決定したすべての企業がEXITし、どのように今後成長していくかを見極めない限り評価は定まらない。また、様々な原則を掲げつつも、現実的な判断を求められる局面も少なくなかった。しかし、日本の90年代以降の金融危機最終局面で活動してきている産業再生機構の経験は、日本経済や金融システムを再構築していくうえで、関係者に数多くの教訓を示唆していると考えられる。
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