Business & Economic Review 2006年06月号
【STUDIES】
電子債権制度の実現に向けた動向
2006年05月25日 調査部 金融ビジネス調査グループ
要約
- 現在、わが国では、電子債権制度の創設に向け、検討が進められている。電子債権とは、権利の発 生から移転、資金化、消滅にいたるまでのプロセスが電子化された新しい類型の金銭債権をいう。企 業間における商品の売買等の商取引に伴い発生した金銭債権について、インターネットを通じて電子 債権管理機関が管理する電子債権原簿に登録することにより、権利が発生することとし、権利の第三 者への譲渡や弁済による権利の消滅等もすべてインターネットを通じて手続きを行うことが想定され ている。
- 電子債権制度創設の目的は、a.中小企業の資金調達環境の改善、b.指名債権の有する課題の解決、 c.手形債権の有する課題の解決とメリットの維持、にある。すなわち、中小企業にとって不動産担保 や人的な保証に依存しない安定的な資金調達手法として、売掛債権の活用促進が望まれるものの、売 掛債権等の指名債権は譲渡の際に二重譲渡リスクや譲渡禁止特約の存在等の問題がある。また、大企 業を中心に手形の発行を抑制する傾向にあるが、中小企業にとって手形は、決済手段としてばかりで なく資金調達手段として重要な役割を果たしており、これを代替する手段が求められる。そこで、指 名債権や手形債権の有する課題を解決する新たな類型の金銭債権として電子債権制度を創設すること により、法的安定性のもと金銭債権の流動化を促進し、企業の資金調達環境の改善や新しいビジネス モデルの創出につなげようとするものである。
経済産業省、法務省、金融庁では、2007年の通常国会への法案提出・成立を目指している。 - 電子債権制度では、債務者および債権者が、インターネット上に設置されたサーバー(「電子債権 管理機関」のデータベース「電子債権原簿」)に、債権の支払金額や支払期日、債権者等のデータを 登録する仕組みが検討されている。そして、電子債権の発生、移転(譲渡)、消滅は、電子債権原簿 に登録されることにより効力が発生し、対抗要件が付与されることになる。これにより、対抗要件を 具備するための確定日付取得や債権譲渡特例法の手続きの煩雑さが解消され、コスト負担も低減する など、債権の流動化の促進に寄与することが期待されている。
- 金融庁では、電子債権法制の構築に当たって、a.柔軟、b.簡素、c.成長、d.信頼、の4点を基本的 視点として掲げている。また、電子債権管理機関については、民間が運営する複数の機関が並存し、 単層構造を採ることが適当とされている。
このように、電子債権制度は、新しい技術の導入や多様なシステムの採用を可能とするなど、柔軟 で簡素な仕組みを原則としている。これにより、多様な主体の電子債権市場への参加が促進され、電 子債権を活用した新たなビジネスモデルや金融サービスの創出が期待されている。 - 電子債権制度の導入により、企業の商取引において、a.売掛債権の流動化、b.一括決済方式、c. CMS(Cash Management Service)、e.ERP(Enterprise Resource Planning)、f.SCM(Supply Chain Management)、g.電子商取引など、ビジネスの様々な局面において電子債権が活用されるこ とになると考えられる。とりわけ、電子債権は従来の手形の有する機能を代替し、信金中央金庫の提 供する電子手形サービスなどの法的安定性が確保され、中小企業の決済手段や資金調達手段の多様化、 資金の管理・運用の効率化等に資することが期待される。
- 次に、金融機関やファイナンス事業者の提供する金融サービスにおいて、電子債権の導入により、 a.手形に代わる決済・資金調達手段の提供、b.融資における電子債権の活用、c.債権流動化の促進、 d.顧客情報の把握と活用の高度化、などが進展すると考えられる。
これらの変化は、金融機関やファイナンス事業者にとって、指名債権の二重譲渡リスクの回避、対 抗要件具備にかかる事務手続きやコスト負担の削減に加え、決済型電子債権の活用に伴う決済業務の 効率化や債権管理のシステム化の向上といったメリットがもたらされることになろう。また、融資の 電子化や電子債権の担保取得が進むことにより、遠隔地の新規顧客開拓、貸出債権管理の効率化、売 掛債権担保融資の活性化などが見込まれる。債権譲渡の手続きが簡便な電子債権の特徴を活かし、シ ンジケートローンをはじめとする貸付債権の流動化市場も拡大すると予測される。加えて、債権流動 化業務において重要な役割を果たすサービサー業務に対するニーズも増加するであろう。さらには、 金融機関が企業活動に伴う様々な債権の情報を電子データとして管理するようになれば、顧客情報の 把握と活用の高度化が進み、与信管理の高度化や取引状況に応じた商品・サービスの提供なども可能 になると見込まれる。