Business & Economic Review 2005年05月号
【OPINION】
中国は市場メカニズムと個人を重視した金融改革へ転換せよ
2005年04月25日 調査部 環太平洋戦略研究センター 上席主任研究員 高安健一
- 転換点を迎えた金融改革
近年、中国の金融改革は、為替制度改革を実施するための要件として注目されることが多い。四大国有商業銀行(中国銀行、中国建設銀行、中国工商銀行、中国農業銀行)が抱える不良債権の処理が、為替制度改革に先立って行われるべきだとの議論である。本稿は、こうした視点から中国の金融改革を取り上げるのではなく、金融改革が本来的に目指すべき金融システムの安定性と効率性について、1992年に中国共産党が掲げた「社会主義市場経済」と市場メカニズムの活用、および個人(預金者)の動向に焦点を合わせて論じることを目的としている。
金融再建は、銀行のバランスシートの健全化、および市場メカニズムによる資金の効率的配分の達成、という二つの過程に分けることができる。中国の金融改革の問題点は、公的資金を活用した四大国有商業銀行のバランスシートの健全化と、金融資本市場を通じた資金の効率的な配分の間に、大きな段差が存在しているところにある。経済規模の拡大、対外経済取引の急増、個人金融資産の蓄積など、効率的な資金の運用・調達へのニーズが着実に高まっているにもかかわらず、政府は、市場メカニズムを大胆に活用した金融改革の実行を躊躇してきた。このことが、昨今問題視されている中央政府と地方政府による非効率な資金配分と投資活動の背景にある。
政府は、国有商業銀行に蓄えられた預金を開発資金として活用することで、政治的安定を確保してきた。金融資本市場で市場メカニズムが大いに発揮され、資金が効率的に配分されるようになると、国有商業銀行を通じて資金を調達するという仕組みが侵食されてしまうというジレンマがある。これが、政府が商業銀行の所有権と経営権を一貫して確保してきた理由の一つである。
しかしながら、他方で、国内外の経済環境の変化に伴い、非効率かつ規模の大きい国有商業銀行を存置することが難しくなり、市場メカニズムを活用した再建を推進せざるをえないことも動かし難い事実である。効率性を犠牲にして現状を維持するのか、それともリスクを冒して市場メカニズムを活用した効率的な資金配分へと大きく舵を切るのか、政府は決断を迫られている。2003年末から本格化した四大国有商業銀行の株式会社化と2005年に予定されている株式上場は、金融改革に向けた政府の決意の程を知る試金石である。 - 四大国有商業銀行の経営改革
中国の金融改革の進捗は、急進的ではなく極めて漸進的である。改革開放政策が決議された78年をその起点とすれば、27年の歳月が費やされてきたことになる。しかしながら、中央銀行である中国人民銀行が政府の出納係と決済機能を担う単一銀行(モノ・バンク)であった状態から、多様な商業銀行が市場メカニズムに基づいて資金仲介機能を発揮する体制への転換はいまだに実現していない。
開発資金の確保と配分に大きな役割を果たしてきた四大国有商業銀行の経営再建の成否が、金融改革の鍵を握っている。中国の貯蓄率は40%弱と極めて高い水準を維持してきた(家計貯蓄率は23%前後)。都市部の世帯当たりの金融資産保有状況(2002年6月時点)を見ると、現預金が約75%を占めている。国有商業銀行の支払い能力に問題があっても、政府がそれを暗黙裡に保証(implicit guarantee)しているため、国民は預金を積み増してきた。政府が商業銀行を所有し、資金配分の裁量権を保持している状況では、市場メカニズムが発揮される余地は限られる。しかも、主要な貸出先は国有企業である。中国では、国有商業銀行の資産・負債の双方に政府が深く関与している。
金融監督当局が預貸比率規制や流動性規制を課しても、四大国有商業銀行は預金が潤沢に流入する限り、貸し出し原資を確保できる。金融監督当局からの不良債権比率の引き下げ指導には、分母となる資産を積み増すことで対応することが可能である。政府が特定業種への貸し出しを制限したならば、新たな運用先を見つけなければならない。
中国では、92年に社会主義市場経済が導入されてからも、金融改革は十分な成果を残すことができなかった。95年に中国人民銀行法と商業銀行法が制定され、近代的な銀行体系の構築が始まった。96年には、資産負債比率管理や健全性規制の強化が国有商業銀行に課された。当時、金融改革に自信を深めていた政府は、97年のアジア金融危機を境に認識を改め、金融システムと人民元相場の安定を一段と重視するようになった(人民元は98年以降1ドル=8.27元に事実上固定されている)。
こうした状況下、98年に四大国有商業銀行に対して、自己資本の増強を目的に総額2,700億元の公的資金が注入された。翌99年には、四大国有商業銀行が保有する不良資産のうち計1兆4,000億元が、各行傘下の資産管理公司(AMC)に、損失分担やその処理方法を明示することなく簿価で移管された。移管の対象は、国有商業銀行が国家専業銀行から国有商業銀行へ転換(国家専業銀行の政策金融機能を新設の政策銀行へ分離し、商業銀行機能を残した)された96年より前に、国有企業向けに行われていた貸出金である。
金融改革は、その後2003年に新しい局面を迎えた。政府は、四大国有商業銀行のうち財務内容が比較的良好な中国銀行と中国建設銀行をモデル行に選定し、多岐にわたる経営再建策を実施した。一連の改革が功を奏し、両行の健全性指標は顕著に改善した。中国銀行業監督管理委員会(CBRC)が2005年1月18日に公表した資料によると、不良債権比率は2003年末から2004年末までの間に、中国銀行が16.3%から5.1%へ、中国建設銀行が9.1%から3.7%へ大きく低下した。自己資本比率は、不良債権処理を積極的に進めたにもかかわらず、同期間に7.0%から8.6%へ、7.6%から9.4%へそれぞれ上昇した。2004年末の貸倒れ引当率は、中国銀行が71.7%、中国建設銀行が69.9%に達し、貸倒引当金の計上も進んだ。
さらに2005年に、中国最大の商業銀行である中国工商銀行に対して、両行と同様の経営再建策が適用される公算が高い。これら3行の経営再建策が軌道に乗ると、全金融機関が保有する資産の半分弱が健全化する勘定になる。これに不良債権比率が低い株式制商業銀行12行を加えると、その割合は5割を超える。2003年末からの金融改革は、東アジア諸国が97年に金融危機に陥ってから実施した手法と類似している。公的資金を活用した不良債権のオフバランス化は、政治決断が伴えば一定の成果が期待でき、金融システミック・リスクを低下させる効果をもちえる。
このように、政府は商業銀行改革と不良債権処理を加速させてきたが、これまでのところほぼすべてを政府主導型アプローチ(government-led approach)で対応してきた。健全性を回復した商業銀行が企業再建に積極的に関与する銀行主導型アプローチ(bank-led-approach)の段階には到達していない。これは、97年に金融危機に陥った他の東アジア諸国の経験と異なる。市場依存型アプローチ(market-based approach)による本格的な金融・企業改革への展望は開けていない。 - 制度改革の遅れと市場メカニズム
中国の金融再建の問題点は、市場メカニズムを活用した効率的な資金配分の実現に向けた道筋が描けていないところにある。他の東アジア諸国では、金融再建を進める過程で株価の回復や債券市場の拡大が観察された。それは、銀行部門の健全化と経済制度改革が進展した成果でもあった。他方、中国の場合は、社会主義市場経済を推進してきたにもかかわらず、金融資本市場において市場メカニズムが十分に機能しない状態が続くとともに、政府が直接管理できない資金の流れが拡大している。
(1)金融資本市場における価格形成
金融資本市場において市場メカニズムを反映した価格形成がなされていないことが、効率的な資金の運用・調達を困難にしている。いずれの市場も黎明期にあるとは言え、政府による直接的・間接的な規制がその発達を阻害してきた。第1は、インターバンク市場である。中国では、96年に全国規模のコール市場(無担保取引)が開設されたものの、金融機関の信用リスクにかかわる問題などが顕在化したため、売買は極めて低調なものとなった。その一方、債券レポ取引は、担保が付されるため信用リスクが軽減され、取引が拡大してきた。しかしながら、純粋に需給で金利が決定されるのではなく、四大国有商業銀行が圧倒的な資金の出し手となっている。中国人民銀行が市場で資金を吸い上げても影響は小さい。インターバンク取引のうち期間7日までが全取引の95.2%(2004年)を占めており、短期取引中心の市場である。
第2は、人民元相場の決定メカニズムである。94年に中国人民銀行傘下の中国外貨取引センターが上海に設立され、全国の取引を一元管理することになった。人民元の対ドル相場は98年以降、事実上固定されてきた。中国の外貨管理は極めて厳しく、実需原則、外貨集中制度、資本取引規制が適用されている。四大国有商業銀行が外貨の売り手、中国人民銀行が買い手となっており、市場シェアは極めて高い。顧客の取引をマッチングしたり、取引相手の信用リスクを判断・負担する外為ブローカーの存在は見当たらない。
第3は、株式市場であり、公正な価格形成に疑問がある。90年に上海、91年に深に証券取引所が開設されて以降、上場企業数の急増もあり株式時価総額は順調に拡大した。しかしながら、株価は2001年から現在にいたるまで低迷している。過熱が懸念されるほど景気が拡大し、実質預金金利がマイナスになり、不動産市場に大量の投資資金が流れ込む状況にあるが、株価は一向に上向く気配をみせていない。その背景には、a.上場企業の選定に政府が深く関与していること、b.上場企業の多くが国有企業であること、c.新興企業の株式市場へのアクセスが制限されていること(新興企業を対象とした中国版ナスダックが2004年6月に開設された)、d.中央政府および地方政府が上場国有企業の株式を3分の2程度保有しており、市場に放出された場合に需給の悪化が懸念されること、e.違法行為の多発やコーポレート・ガバナンスの欠如が深刻なことなど、枚挙に暇がない。
株式の上場は、国有企業が抱える負の遺産を処理するための打ち出の小槌ではなく、将来への投資資金を調達する場である。本来は、計画経済時代に蓄積された負の遺産の処理を完全に終えた国有企業が、上場すべきである。さらに、株式の上場により企業の所有権が移転することがあるとの前提がなければ、企業改革へのインセンティブは失われる。
第4は、債券市場の未発達である。国債の発行残高は財政赤字の拡大と歩調をあわせて急拡大し、2002年末にそのGDP比率はおよそ19%となった。しかし、かつてのわが国と異なり、国債発行残高の急増が、流通市場の整備や金利自由化の契機になっていない。主要な買い手である金融機関は、償還期限まで保有する傾向が強い。企業債市場は極めて小さい。政府の強い規制の下、複数の政府機関による事前発行許可制度などにより需給調整が行われている。この他にも、格付け機関の公正さ、流通市場の整備、国有商業銀行による起債企業への保証、社債発行のベンチマークの欠如など、多くの課題がある。
債券市場の未整備は、不胎化政策を難しくしている。中国人民銀行は、人民元の切り上げ期待などを背景に外貨が流入しているため、外国為替市場でドル買い・人民元売り介入を実施して、切り上げ圧力を緩和している。しかし、人民元の流通量の拡大は、マネーサプライの増加とインフレ圧力の高まりをもたらす。それを防ぐために実施されるのが不胎化政策であり、一般的には公開市場操作で売りオペ(国債等の売却)を実施するか、中央銀行が自ら債券を発行するなどして、過剰流動性を吸収する。債券市場が未整備な場合、円滑な不胎化政策は難しい。
以上のように、金融資本市場の発達を妨げている規制・制度は多い。それが市場規模の拡大を妨げ、効率的市場の発達を阻害するという悪循環にある。開発途上国ではあるが、中国は世界第7 位(2003年)の経済規模と、同3位(2004年)の貿易規模を誇る。しかしながら、インターバンク金融市場の取引高は2004年に「年間」で1兆3,920億元(1,683億ドル)にすぎない。また、外国為替取引が集中的に行われている中国外貨取引センターの取扱高は、2004年に「年間」で2,090億ドルである。これは東京の「1日」の取引高である1,990億ドル、香港の同1,020億ドルと比較するといかにも見劣りする。株式時価総額(上海証券取引所と深証券取引所の合計)は、2003年末に名目GDP比で36.6%に相当する6,812億ドルに達した。株式時価総額は、わが国の32%に相当する。しかしながら、出来高は低迷しており、株式時価総額に対する売買高の比率は低い。
預金金利と貸出金利の自由化は段階的に進んでいる。中国人民銀行は、99年に金利自由化のスケジュールを発表し、翌2000年9月にはまず外貨貸出と大口外貨預金の金利をすべての金融機関について自由化した。2004年1月には、貸出金利の変動幅の上限を中国人民銀行が定める基準金利の1.1倍から1.7倍に拡大し、商業銀行が貸出先の信用力を金利に反映できる余地を広めた(下限は0.9倍)。同年10月29日には上限が撤廃された。預金金利についても同日より中国人民銀行が設定する上限を下回る水準であれば、商業銀行の裁量で設定できるようになった。
中国の金利自由化は、a.外貨の次に人民元、b.貸出金利の次に預金金利という段取りで進められてきた。しかし、それは一般的な金利自由化プロセスとは異なる。中国では、貸出金利と預金金利の双方に基準金利が設定されている。しかも、中国人民銀行が貸出金利については期間6カ月から3年まで、預金金利については普通預金から5年物定期預金にいたるまで細かく設定している。商業銀行が市場実勢や自身の資産負債管理を念頭に、預金金利と貸出金利を自由に設定できる仕組みにはなっていない。
さらに、中国特有の要因として、金融機能が地理的に分断されていることが、金融資本市場の発達を阻害している可能性が指摘できる。北京は、金融政策を担う中国人民銀行、銀行監督に責任をもつCBRCの本拠地であり、四大国有商業銀行をはじめとする主要銀行が本店を構え、上海市を含む地方を監督する立場にある。北京は自らが国際金融センターとして発展する構想をもっている。他方、国内外の金融機関が集積しているのは上海であり、インターバンク市場、証券取引所、中国外貨取引センター、商品取引所などを抱え、人民元取引の国内拠点となっている。ただし、外貨が活発に取り引きされているのは、上海でも北京でもなく、四大国有商業銀行のうち3行の外貨取引拠点が置かれている香港である。
(2)政府の管理が困難な資金の流れ
政府による商業銀行の所有と経営の保持、および金融資本市場で市場メカニズムが発揮されない状態が長期化するにしたがい、政府が管理できない資金の流れが拡大してきた。
第1は、非公式(informal)金融の拡大である。近年の中国のように、好調な経済成長を背景に国民の金融資産が増大しているものの、a.預金金利が低く抑えられ、b.金融資本市場が効率的ではなく、c.新興の非国有企業の銀行借り入れが難しい状況では、非公式金融が拡大する。一般的に、金融改革の進展に伴い、非公式金融は近代的な銀行システムに吸収されるが、中国ではそのような展開になっていない。
第2は、国際収支統計の誤差脱漏項目である。国境を越えたインフォーマルな資金を政府は適切に管理できていない。2001年まで誤差脱漏は赤字(流出超)を計上し、国外への資金流出が問題視されていた。2002年からは人民元の切り上げ観測や不動産価格の上昇期待などから、一転して黒字(流入超)となっている。
第3は、人民元建て預金とドル建て預金の間の資金シフトである。四大国有商業銀行の場合、外貨建て預金の割合は預金総額の6.5%(2004年9月末)を占めるに過ぎないが上昇傾向にある。ドル建て預金の金利水準はアメリカの金融政策が反映されることから、中国人民銀行は管理できない。中国とアメリカで金融政策や為替政策の方向性が異なる場合に、預金者が短期預金を預け替えることは十分にありえよう。 - 社会主義市場経済と個人の資産選択
(1)政府が直面している矛盾
中国の金融改革を評価するためには、社会主義市場経済と金融改革の関係、および金融改革と個人の関係を整理しておかなければならない。
周知のように、小平氏は92年1月から2月にかけて、広東省や上海市などの南方地域を視察した際に「南巡講話」を発することにより、改革開放政策の加速を指示した。同年に開かれた中国共産党第14期3中全会で、「社会主義市場経済体制構築の若干の問題に関する決定」が正式に採択された。しかし、社会主義と市場経済は相容れない概念であり、到達すべき経済システムの具体像や、そこへの移行経路も不明確である。
社会主義市場経済の本質は、「Socialist Market Economy 」という英語表現から的確に把握できる。つまり、それは社会主義政権による社会主義政権のための市場経済に他ならない。社会主義体制は守るべきものであり、市場経済はそのための手段と捉える。社会主義市場経済は、社会主義から市場経済への移行を目指すものではなく、社会主義政権による市場経済の管理を志向している。公有制と社会主義体制の維持が前提とされており、いずれの国でも多かれ少なかれ見られる管理された市場経済ではない。
政府にとって重要なのは、「成長」と「安定」を両立させることである。これには経済のみならず政治の安定も多分に含まれる。旧ソ連・東欧諸国で、社会主義体制の否定と資本主義的要素の導入が同時に進み、後年に多くの国々が欧州連合(EU)へ加盟したのとは様相を異にする。
しかし、中国政府の場合も、金融改革を推し進めると、公有制と所有権の問題に突き当たるという現実から逃れられない。株式売買に伴う企業の所有権の移転、破産の認定、残余財産配分権の確保、少数株主の権利保護などは、金融資本市場を発達させるうえで絶対に欠かせない。金融資本市場において市場メカニズムが機能していないことが、企業の淘汰による産業構造の高度化や、企業の資金調達、個人の資金運用などを阻害している。 政府は、金融分野においても市場経済を強調してきた。しかし、市場メカニズムが機能するための制度整備を進める一方で、自らそれを阻害してきた面が多分にある。近年、ようやく制度整備を前向きに進めようとの動きが出てきた。2003年の中国共産党第16期中全会において、「社会主義市場経済の完備」に関する決議案が採択され、市場機能を発揮させるための制度改革を加速すると同時に、地域間、個人間の所得格差の是正にいっそう力を入れることになった。2004年には資本市場育成計画が打ち出された。2005年には、四大国有商業銀行の株式上場が実施される予定になっている。
(2)金融改革と個人(預金者)
金融危機は、銀行が多額の不良債権を抱えていれば、必ず起きるというものではない。中国の銀行システムは、幾多の問題を抱えながらも、金融システミック・リスク(金融機関の連鎖倒産、大規模な銀行取り付け、決済機能の麻痺など)が発生してこなかったという点において、他の東アジア諸国よりも安定している。さらに、商業銀行にとって預金の確保は容易であり、流動性不足に陥る可能性は低い。インターバンク市場からの資金調達は低調であり、金融機関の外貨借り入れは制限されている。
中国の場合、金融危機は、外国の投機的な資金の動きよりも、国内の預金動向により注目して論じるべきである。第1に、預金残高の名目GDP比率は極めて高く、2003年末に173%に達した。金融危機に陥る直前(96年)の東アジア諸国のケースでは、韓国が36%、インドネシアが48%、タイが74%、マレーシアが77%であった。第2に、商業銀行が実質的に債務超過に陥っている危険性がある。ただし、現状は、政府が預金に暗黙の保証を与え、預金者が政府を信認しているため、預金流出は回避されている。第3に、人民元建て預金が外貨預金を含め他の金融商品にシフトする可能性がある。
社会主義国である中国においても、国民が金融改革を評価する立場に転じつつある。国民の金融改革に対する不満は、先述した非公式金融の拡大、誤差脱漏にみられる資金の対外流出入、通貨間の預金シフトなど、政府が管理できない資金の流れとして現れている。さらに、個人投資家は株式市場に背を向けており、株式上場を活用した国有企業改革に反旗を翻している。四大国有商業銀行の改革が奏功し、預金が流入し続けるのか、それとも他の金融機関にシフトするのかがこれからの注目点である。四大国有商業銀行は、預金獲得という点においても、株式制銀行や外国銀行と競争しなければならない。
人民元改革も、個人の利益という観点を含めて論じるべき課題である。人民元が過小評価されているのであれば、消費者による輸入製品の購入や、海外旅行の機会が抑制されていることになる。現状、為替政策は、個人の生活よりも、安定的な直接投資の流入や輸出競争力の確保などの生産面に重点を置いていると言えよう。
マクロ経済政策の観点からは、固定資本形成や財政に頼るのではなく、個人消費を拡大させることが課題になっている。そのためにも国民が自らの意思で所得を貯蓄と消費に振り分けることができる金融システムを構築しなければならない。社会保障制度、民間の生命保険などの制度整備も、金融改革と並行して実施されるべき分野である。
社会主義市場経済は、本来は政権維持のみならず、国民の生活向上を目的に含むべきものである。しかし、中国においては、社会主義体制下における政府の腐敗と、市場経済がもたらした経済格差の拡大が、同時に進行している。国民の不満は、経済的成功を収めた人々よりも、むしろ政治権力を悪用した不法蓄財に向かっているように見受けられる。腐敗は効率的な資金配分を阻害する要因に他ならない。
政府は、所得格差(フロー)に加えて、金融資産(ストック)の格差が拡大していることを深刻に受け止めなければならない。都市部の所得上位10%層の家計貯蓄率は2003年に33.5%であったのに対し、下位10%層は同1.1%にすぎなかった。この圧倒的な格差が、将来にわたって不平等を増幅する要因となりかねない。 - 中国政府が実施すべき施策
(1)金融制度改革
政府が金融改革を成功させるために実施すべき施策は多い。まず、政府が金融改革の円滑な推進に必要な制度を整えなければならない。第1は、明示的な預金保険制度を整備することである。現状、政府が預金を暗黙裡に保証している。可能性は低いと思われるが、「四大国有商業銀行に閉じ込められた預金」が他の銀行、あるいは国外へ急激にシフトする事態を想定しておく必要がある。中国人民銀行では、預金保険機構の設立に関する内部での議論がほぼ決着しており、2005年3月に国会に当たる全人代で創設が決まる運びになっている。
第2は、銀行監督体制の強化である。2003年にCBRCが設立され、健全性規制、コーポレート・ガバナンス、リスク管理などが重視されるようになった。地場商業銀行も、自己資本比率規制や不良債権比率など、健全性規制の達成を意識するようになっている。
第3は、企業再建のための制度整備である。政府は、健全性を回復した商業銀行に対して、企業の整理・再建を進めることを強く要請すべきである。これを怠ると、金融改革と表裏一体の関係にある企業改革は停滞する。
第4は、不良債権処理に伴う損失分担の原則と手法を明確にすることである。中国では、不良債権の多くが国有企業に対するものであるため、最終的に政府が損失を負担するとの暗黙の了解があり、具体的なスキームと資金は用意されていない。中央政府、地方政府、商業銀行、債務者企業、その他債権者などの利害関係者の間で、損失分担の原則とスキームを早急に確立しなければならない。それらは、商業銀行の過剰融資や新規の不良債権の発生を抑制する効果をもつと考えられる。
(2)不良債権処理の促進
不良債権処理の促進は、金融システムの安定に不可欠である。主要商業銀行(四大国有商業銀行、政策銀行、株式制商業銀行12行)が抱える不良債権残高は2004年末に、前年末より3,946億元減少し1兆7,176億元になった。不良債権比率は同4.6%ポイント低い13.2%である。しかしながら、中国銀行と中国建設銀行の不良債権がAMCへ売却された2004年中頃からは、景気抑制策の影響もあり不良債権残高が6月末から12月末までの間に545億元増加した。一方、不良債権比率は同期間中に、分母となる貸出残高が大きく伸びたため、13.3%から13.2%に低下した。
不良債権処理を円滑に進めるためにも、市場メカニズムの導入が欠かせない。社会主義国においても、適切な売却価格(時価)を算出できる環境が整わないと不良債権処理は加速しない。99年に各行ごとに設立されたAMCへ不良資産を移管した際は簿価であったのが、2003年の中国銀行と中国建設銀行のケースでは時価での売却となった。不良債権処理に市場メカニズムを導入する手っ取り早い方法は、外国金融機関を活用することである。中国でもAMCが実施する不良資産の入札に外国金融機関が参加しているが、資産が叩き売りされている、あるいは外国資本を優遇しているとの批判がある。外国金融機関に一時的に依存することは仕方がないにせよ、ノウハウを蓄積する努力を怠ってはならない。
(3)四大国有商業銀行の民営化戦略
金融改革が成功を収め、資金の効率的な配分が達成されるには、国有商業銀行が民営化され、独立した経営を実施できるようになることが絶対に必要である。所有と経営の分離は、ガバナンスやリスク管理の観点から必須である。政府は、自らが資金を配分する権限を確保し続けるのか、それとも市場メカニズムを導入することにより効率的な資金配分を進めるのかを選択しなければならない。97年に金融危機に陥ったタイ、韓国、インドネシアでは、一時的に政府が銀行を所有したものの、危機克服後は民営化に積極的に取り組んだ。 中国の場合、銀行の民営化はそうした国々よりも困難な作業になる。2004年に四大国有商業銀行のうち中国銀行と中国建設銀行が株式会社化されたものの、現時点では実質的に国有のままである。四大国有商業銀行の経営改革は、株式上場が成功を収める水準、すなわち国内外の投資家の厳しい監視に耐えうるレベルを目標に推進しなければならない。そのためには、名実ともに所有と経営を分離し、政府による経営への介入を段階的に排除すべきである。
現実問題として、四大国有商業銀行は規模が極めて大きいことから、民営化には工夫が必要である。株式を数回に分けて市場へ放出することや、香港株式市場などでの上場も検討されている。上場後も収益力が継続的に向上しないと、2 回目以降の売却が計画通りに進まない恐れがある。スキャンダルが発覚した場合も、それ以降の売却が困難になるため、実効ある精査が求められる。また、現状、外国金融機関が単独で取得できる商業銀行の株式は20%未満(すべての外国出資機関の合計で25%未満)であるため、外資への売却にも制約がある。
(4)外国金融機関との共存共栄
地場の商業銀行は、世界貿易機関(WTO)加盟に伴い2006年12月に内外銀行に対する規制が同一になる前に、競争力を強化しなければならない状況に置かれている。中国の金融関係者は、外国金融機関を脅威として認識するのではなく、共存共栄を目指すべきである。 中国における外国銀行への市場開放は、他の東アジア諸国とは異なる手法で行われてきた。他の東アジア諸国では、限られた数の外国銀行に国内銀行と同等の業務ができるフルブランチの開設免許を供与する代わりに、それ以外の外国銀行に対しては国内市場へのアクセスを制限するケースがほとんどであった。市場参入が認められた外国銀行は、政府や地場企業との間で長期的なリレーションシップを築く一方で、金融資本市場育成への貢献を求められた。そして、ある程度国内市場が発展した段階で、WTOの金融市場開放交渉の本格化、経済協力開発機構(OECD)加盟に伴う対外開放(韓国)、アジア金融危機後の国内市場開放などを経験してきた。これに対して、中国の場合は、多くの国の多数の銀行に漸進的に支店開設を認めてきた。政府は国内市場を積極的に開放していると認識しているが、個別の外国銀行にとっては市場開放のペースは鈍く感じられる。現状、外国銀行は、支店開設許可、人民元業務の取り扱い、顧客、業務地域など、幾重にも規制されている。 一般に、国内市場を外国金融機関に開放するメリットとして、外貨へのアクセス、競争を通じた国内市場の活性化、新しい金融商品の導入、人材育成、直接投資の流入などがある。加えて、中国にとっては、市場メカニズムが機能している市場で事業を展開している外国銀行の経験は、市場経済化を進めるにあたって有益であろう。中国のように特殊な規制環境にある国の場合には、外国銀行は政策や規制にかかわる情報を顧客にいち早く伝える役割を担う。つまり、外国銀行が外国企業と金融当局の情報の非対称性を緩和する役割を果たす。近年、外国金融機関による国内商業銀行へのマイノリティ出資が株式制銀行や都市商業銀行を中心に増えている。これは、国内商業銀行が、外国金融機関による経営支配を回避しながら、自己資本の充実とノウハウの吸収を達成するための動きと理解できる。
(5)金融・財政政策の規律維持
政府は、金融改革と金融・財政政策の規律の確保を並行して進める必要がある。第1は、金融政策の枠組み作りである。公開市場操作が十分に機能していない段階にあるが、例えば、インフレ目標政策を導入して、裁量からルールに基づく政策運営の視点を取り入れることが有益であろう。実質実効為替レートの安定は、為替制度改革後の人民元の価値の維持に寄与するはずである。
第2は、金融再建費用の調達と公的債務管理を連動させることである。金融再建の過程で、国債発行や民営化株式の上場が行われるならば、それらは資本市場での不透明要因となりかねない。将来どの程度の金額が政府の偶発債務(contingent liabilities)として計上される可能性があるのかも、市場参加者の予見可能性を高めるために明示すべきである。加えて、金融再建費用は、政府予算のなかでその他の支出項目とは別に計上されるべきものである。金融再建のために発行される国債の利払い費を毎年の予算から支出することで、財政政策に規律を与えることも有効であろう。
金融再建にめどがたった時点で、最終的な損失金額の確定とその調達・分担方法を正式に決定しなければならない。金融再建費用の調達については、財務部と中国人民銀行の間での分担、長期の借り換え国債の発行による負担の平準化、民営化収入の確保、預金保険料の充当、外貨準備の運用益の活用、資産管理公司が保有する不良資産の現金化、資産担保証券(ABS)の発行、外国金融機関への売却をはじめとして、多くの手法がある。 - 展望
中国の金融システムの構造は、長年にわたる金融改革、金融センターとしての上海市の勃興、全国規模の金融情報通信ネットワークの整備など、環境が大きく変化したにもかかわらず、温存されてきた。78年の改革開放政策の開始以来取り組んできた、財政システムを通じた中央集権的な資金分配システムから、価格メカニズムによる効率的な資金分配メカニズムへの転換は達成されていない。四大国有商業銀行は、依然、開発資金の調達手段として位置付けられている。政府は、2005年1月6日に13億人に達した人口を養い、体制を維持するための手段として国有商業銀行を認識していると推測される。
政府は、社会主義体制の「安定」をこのままでは維持できなくなるとの危機感から、構造改革を進めている。本来であれば、廃棄すべき制度、残すべき制度、新たに構築すべき制度を峻別するという視点から金融改革を進めなければならない。その上で、政府が実施すべきもの、商業銀行が担うもの、市場メカニズムに委ねるものを割り当てるのが構造改革の手順であろう。中国では、市場経済化というスローガンはあるが、そうした観点からの議論はほとんど展開されていないようである。そして、政府の介入や規制は、金融資本市場の発達を妨げ、管理できない資金の流れを拡大させる要因となっている。
今後、金融改革を推進するにあたり、三つのリスクを注視していく必要がある。第1は、金融リスクの顕在化である。金融面からみた中国のリスク・シナリオは、国民の四大国有商業銀行への信頼と依存度が低下し、経済格差の拡大や政府の腐敗の問題と連動しながら、預金が流出することである。ただし、それは、銀行取り付けのように一挙に顕在化するのではなく、むしろより有利な運用手段への資金シフトという形で、静かに進む可能性がある。国民の政府への依存度は、金融改革と市場メカニズムの導入により間違いなく低下する。社会保障制度が弱体化している状況下で、個人は自らの金融資産を、自らのために、自らの判断で運用せざるをえない。金融資本市場で市場メカニズムが適切に機能するようになることは、国民にとって、効率的な資金の運用と調達の観点から望ましい。商業銀行の預金は、政府の開発資金ではなく、商業銀行が国民に返済義務を負う負債であるという当たり前のことが次第に認識されることになろう。今後、預金が四大国有商業銀行に集中し続ける保証はない。個人は自らの意思を、資産選択(資金シフト)という形で示すことができる。それは、決して意識的なものではなく、収益性とリスクを勘案した合理的な行動であろう。四大国有商業銀行と政府は、預金が流出しないまでも、集めにくくなるだけで大きな影響を被る。そうした事態を回避するには、四大国有商業銀行の改革を加速させる以外に道はない。
第2は、金融監督のさじ加減である。「安定」の確保を目的に、政府が過剰な、あるいは過度に裁量的な介入を実施することにより、効率性が損なわれる恐れがある。政府は、金融再建にめどがついた時点で、裁量の余地を極力狭めるべきである。そのためにも、金融資本市場で市場メカニズムが発揮される環境を整備することにより、市場参加者が銀行の健全性を評価できる体制を整備しておかなければならない。
第3は、外国銀行にとってのリスクである。中国の地場商業銀行があまねく健全性を回復し、競争力を向上させる可能性は低い。しかしながら、近い将来に、他行に先駆けて経営改革を成し遂げた地場商業銀行が、外国銀行の手強い競争相手、あるいは頼もしいパートナーとして存在感を高める可能性は十分にある。たとえば、四大国有商業銀行のうち2行の上海支店が健全性を回復し、競争力を高めるだけでも、外国銀行へのインパクトは大きなものとなろう。2006年12月にWTO協定の上では内外の銀行に対する規制上の差別はなくなるが、それは外国銀行にとっても重要な意味をもつ。様々な規制が緩和されると、顧客と現地政府の間に横たわる情報の非対称性が低下することになろう。そうすると、顧客にとって、外国銀行の利用価値が低下し、競争力を高めた地場商業銀行が相対的に優位な立場に立つ。
中国の金融改革は、為替制度改革を巡る議論と同様に、社会主義体制の維持という視点を抜きに論じられない。現状、政府は金融システムを管理できる状態にあるが、その一方で、市場メカニズムと預金者(国民)を重視した金融システムへの転換を推進せざるを得ないことも確かである。政府による管理が機能している間に、金融セーフティネットを整え、国有商業銀行の所有や経営の問題を含めて金融改革を加速させることが、中国がなすべきことである。