Business & Economic Review 2005年03月号
【OPINION】
日本版LLC導入の課題
2005年02月25日 調査部 経済・社会政策研究センター 副主任研究員 藤田哲雄
- はじめに
2005年(平成17年)通常国会において会社法の改正が予定されている。すなわち、2004年12月8日の法制審議会・会社法(現代化関係)部会によって決定された「会社法制の現代化に関する要綱案」を受けた会社制度の大幅な見直しである。そこでは、会社に関して規定している法律を纏めて「会社法(仮称)」とすることや、ひらがな口語体に表記を改める現代語化という形式的な変更にとどまらず、有限会社の廃止、最低資本金の廃止、剰余金の随時分配可能化など、実質的な内容についても大幅な改正が盛り込まれている。なかでも目玉として注目されるのが「合同会社(日本版LLC)」の新設であり、これには、a.法人格を有し、b.出資者に有限責任が認められ、c.内部自治が原則、という特徴がある。本稿ではこの合同会社制度の導入に至った背景とともに同制度の今後の課題について考えてみたい。なお、新法の施行は平成18年度(2006年)の見込みである。 - 新会社形態導入の背景
わが国には約255万の法人が存在するが、資本金1,000万円以上の会社のうち、株式会社は会社数でその89%を占めており、わが国の経済を支えているのは、株式会社であるといえる。沿革的にみれば、株式会社は多数の出資者から資金を集めて事業を行うことを可能にするために生まれた制度である。この目的を反映して、株式会社は幾つかの特質を備えている。第1は出資者(所有)と業務執行者(経営)の分離である。出資者が会社所有者となり、別途選任された取締役が経営を行うため、法律は会社の内部組織について厳格な定めを置いている。第2は出資者の有限責任である。大規模な企業ではリスクも大きくなるため、出資した株式以上の責任を問われないようにすることで、出資者が安心して出資を行うことが可能になる。第3は、出資持分の譲渡性である。出資者は出資した会社の業績が芳しくなければ、持ち分を第三者に譲渡することが可能である。このような出口戦略が描けるために、多数の出資者から資金を集めることができる。
以上のように、株式会社は多数の出資者・投資家から資金を調達する目的には適合的な制度であり、実際20 世紀の先進諸国の工業化の達成にこの資金調達力が大きく貢献した。ところが、近年、工業化社会から知識社会へと推移するなかで、企業は競争力の根源を物的な生産設備の規模ではなく、知識を生み出す人的資産へと重心を移しつつある。資産規模の大きな企業が必ずしも高収益とはいえなくなってきたのである。たとえば、アメリカにおいて、マイクロソフト社の株式時価総額は610億ドルであるのに対して、その資産規模はわずか796億ドルである。一方、資産規模が3,046億ドルのフォード社の時価総額はわずか117億ドルにすぎない。すなわち、資産規模よりも、企業のバランスシートには表れない人的資産をはじめとする無体財産権や暖簾代などの非資産価値が会社の命運を左右する時代となっている。
人的資産を核として事業を運営する場合、個人のパーソナリティが生かされるような組織が望ましい。このため、社員(投資家)の個性を問題とせず、所有と経営の分離を前提とした株式会社は必ずしも適切な組織形態であるとはいえない。たとえば、ある大学においてノーベル賞級の研究を行っている研究者と研究資金を提供するスポンサーがその研究成果を生かした事業を行う場合、わが国の株式会社においては、その研究者はあくまで経営者か従業員であり、事業が成功しても利益配当に与れない場合が多い。もちろん、このような場合にも、柔軟な組織内部設計が可能で、規制が株式会社のように厳格でない合名会社や合資会社という人的会社形態の利用は可能であるし、民法上の組合ならば当事者間の契約で組織内部はいかようにも自由に設計することが可能である。しかしながら、これらの人的会社(合名会社、合資会社)や民法上の組合は社員が無限責任を負うため、上述の例のようなリスクが大きいベンチャーなどには利用しにくい。さ らに、民法上の組合は法人格がないため、登記ができないなど、実務上様々な障害がある。
このように、人的資産を核とした事業運営には、株式会社では制度が硬直的で利用しづらく、人的会社や組合では無限責任制度のためにリスクの高い事業に不向きである。有限責任の人的会社の形態が理想的であるが、従来の会社類型にはそのようなものが存在しない。そこで、内部組織の柔軟な設計が可能である人的会社においても、社員の有限責任が認められる新しい組織形態が必要であるとの認識が近年高まってきたわけである。
先進諸外国についてみると、主要な国ですでに人的資産を活用する新たな組織形態が導入され、ベンチャー企業の受け皿として活用されている。すなわち、アメリカでは1990年代からLimited Liability Company(LLC)が導入され、会社数(Corporation)の12%を占めるにっている。また、フランスでも94年にSASという有限責任の人的会社形態が導入されたほか、イギリスでは2000年からLimited Liability Partnership(LLP)が導入されている。このように先進諸外国において、有限責任の人的会社制度がすでに整備されているなかで、わが国だけがそのような組織形態を用意していないことは、海外会社の日本への進出時に法的に極めて不安定な状態をもたらす。逆に、わが国で制度が存在しないため、海外でLLCを設立して日本で業務を行う例も出ている。良好な投資環境の整備や国際的な協調という観点からも、有限責任の人的会社制度の導入が必要となっている。
わが国においても、有限責任の人的会社制度、すなわち日本版LLCの導入の必要性が指摘されていたものの、近年の会社法の見直し作業においては、喫緊の改正要望事項に対応しなければならなかったこともあり、最近まで具体的な動きはなかった。ところが、2003年10月に法制審議会が発表した「会社法制の現代化に関する要綱試案」において、有限責任の人的会社の導入の方向性が明示され、最終的に2005年通常国会での法改正によって導入される見通しとなった。そこでは、新しい会社形態は「合同会社」と呼ばれている。 - 導入のアプローチと日本版LLC の内容
このような有限責任の人的会社を導入するアプローチは幾つか考えられる。第1は、株式会社を変形させるアプローチである。すなわち、有限責任や法人格は株式会社と同様であるが、所有と経営が一致していることに着目して、内部組織に関する厳格な規制を緩和して柔軟な内部自治を認めるという発想である。この考え方に対しては、多数の投資家から資金を呼び込むために例外的に導入された有限責任制度が、人的会社においても維持されるのは不当であるという批判も可能である。しかし、株式会社を中心とした現代の資本主義社会では、法人の有限責任性が一般的なルールになったと割り切れば、大規模な物的会社でなくても有限責任制度を維持することは可能であると思われるし、責任財産の充実や情報開示等によって債権者保護を図れば足りると思われる。第2は、組合もしくは投資事業組合からのアプローチである。すなわち、経済的な実態は組合と同様であるが、一定の要件を満たした場合、政策的に有限責任を認めるという考え方である。これは、後に述べる構成員課税を認めやすいというメリットがあるが、新しい組織はあくまで会社でなく組合の一形態と位置付けられるため、法人格の付与が困難であるという難点がある。
これらのうち、今般導入が予定されている合同会社は第1 のアプローチを採用している。すなわち、日本版LLCである合同会社においては、a.法人格を持つ会社形態の一類型とし、b.出資者の業務執行参加が原則(所有と経営の一致)とされる反面、c.柔軟な組織内部ルールの設計と迅速な意思決定が可能なほか、組織運営コストがかからず、d.有限責任制度によって、事業リスクも遮断できるというメリットがある。したがって、その利用ニーズとしては、先述した産学連携などの大学発ベンチャーのほか、人的資産を元手にした現代的創業や、法人の専門的能力を使ったジョイント・ベンチャーなどが見込まれている。 - 日本版LLCと課税問題
このように合同会社の創設については会社法改正で手当てされたものの、その課税をどのように行うかについては、税務当局にゆだねられる形になっており、現時点での結論は明確ではない。この問題に対しては、大きく分けて二つの考え方がある。第1は、法人格という形式に着目して、株式会社と同様に法人税の課税対象と考えるものである。第2は、経済活動の実質に着目して、民法上の任意組合と同様に、所得を構成員に配分して個人段階で所得税を課す(構成員課税)というものである。構成員課税が認められた場合、投資リスクの高い事業において、合同会社で発生した損失を各出資者の所得と通算することが可能であるため、実際の税負担は軽減されることが多い。このため、合同会社の構成員課税は経済界からの要望が強い。
現在の法人税法では、合同会社は法人格が認められる以上、法人税が課されるという結論となる。しかし、法人格がなくとも社団性が認められる、いわゆる「権利能力なき社団」には法人税が課されている。また、最近の個別分野における組織形態の多様化によっても、例外的な動きがみられる。たとえば、特定目的会社(SPC)や投資法人では一定の要件を満たした場合、支払った配当を損金算入できる導管課税が認められ、他方では、法人格を有しない特定信託が法人とみなされて法人税が課されている。このような例から考えれば、法人格の有無は法人課税となるかどうかの決定的な根拠であるとはいえない。実際、法人の実態をみると、株主と経営者が同一で個人的色彩が強い会社もあれば、所有と経営が完全に分離し、株主に会社所有者であることの意識が希薄な会社もある。理論的な整理をすれば、前者の場合には、法人は与えられた事業を遂行するための個人の集合に過ぎないという見方が合理性を有し、構成員課税の考え方が馴染みやすい。後者の場合には、法人は株主と独立した主体であって、法人の活動は個人株主の意思とは一応無関係に行われているという見方が合理的であり、法人課税が導かれる。
そうすると、わが国の法人税法がこれまで、法人格があれば、実態は民法上の組合と変わらない場合にも一律に法人課税としていることは、原理的な帰結ではなく、各種の組織形態を制度としてどのように取り扱うべきかという政策的な判断であるといえる。したがって、新たに導入される合同会社の課税について考える際には、法人格の有無によって一律に決するのではなく、当該組織形態の経済的な実態と課税の公平性、徴税コストおよび課税回避の可能性、政策目的の優先順位などを総合的に判断して決定すべきであろう。
今般導入される合同会社についてみると、経済的な実態としては、民法上の組合を組織して事業を行う場合と変わるところがない。また合同会社では、株式会社のように頻繁な構成員の変更が予定されているわけではないため、構成員(社員)の所得の捕捉の困難性ゆえに法人段階で課税すべきだという状況にはない。したがって、a.構成員に配分した所得の捕捉(持分の譲渡制限)、b.完全な所得配賦、などの一定の条件を満たした場合には、構成員課税を認めてもよいと思われる。さらに、政策的に考えてみても、合同会社が人的資産を活用したベンチャービジネスの受け皿として想定されているのであれば、スタートアップ当初は構成員課税によって相対的に軽い課税として起業を促進することが新規産業の育成という政策目的にも適う。ベンチャー企業も成功すれば、いずれは株式会社へ組織変更するであろうから、その時点で法人課税を行えばよい。
諸外国の例をみると、アメリカでは一定の小規模会社(S-corporation)やLLCでは構成員課税が認められているし、フランスやドイツでは人的会社に構成員課税が導入されている。また、イギリスでは法人格の有無が法人課税か構成員課税かの基準とされていたが、2000年に導入されたLLPは法人格を有しても構成員課税とされた。これらの国際的な制度間の協調の観点からも、わが国でも合同会社に構成員課税を認めるべきである。
なお、経済産業省は、法人格を有する合同会社では、税務当局の理解が得られず構成員課税の早期実現は困難と判断して、別途、先に述べた第2のアプローチから、有限責任事業組合(日本版LLP :Limited Liability Partnership)制度の導入を進めているようである。有限責任事業組合はあくまで組合であるため、構成員課税が認められやすい。反面、法人格がないことによる不便が生じるが、登記実務等の運用上の改善によって対応するとされる。この制度は、合同会社の利用が想定されていた一定の部分で利用が可能であると思われ、合同会社が当初想定していたニーズにある程度は対応可能であろう。
日本版LLPの導入は、様々な組織制度の選択肢を用意するという点では評価できるが、合同会社の構成員課税問題の決着がつかないうちに同制度を導入することは、「構成員課税を利用したいのであれば有限責任事業組合を選択すればよく、合同会社は法人課税とすべきである」という主張を招く恐れがある。合同会社に構成員課税を認めない場合、欧米諸国に対比して不完全な組織形態が新たに二つ用意されることになり、当初の制度導入目的の達成は中途半端なものにならざるを得ない。利用のインセンティブが小さければ結局、双方とも十分利用されない恐れがある。 - 資金調達の容易化が必要
一方、合同会社制度が導入され、最終的に一定の要件のもとに構成員課税が認められたとしても、合同会社への出資が十分確保されていることが必要である。大企業のジョイント・ベンチャーの場合は問題ないとしても、新規ベンチャーの場合にはリスクマネーの供給が必要である。現在の投資優遇税制、いわゆるエンジェル税制においては、一定の創業期(設立10年未満)の中小企業者に該当する未登録・未上場の株式会社に対して投資した場合、その株式の譲渡等によって利益・損失が発生した場合のいずれでも、課税の特例が受けられる。もっとも、この制度は恒久的なものではなく、時限法である。平成17年度(2005年度)の税制改正大綱では2年間延長されることとなった。しかし、合同会社が導入された場合、現行法では制度の適用外となるため、合同会社への投資を促進させるようなエンジェル税制の拡充も併せて必要になろう。
もし、ベンチャー企業が十分なリスクマネーを調達できなければ、銀行借入に頼らざるを得なくなるが、銀行はリスク許容度に限界があるため、オーナー経営者の個人根保証を求める場合が多い。このような状況では、有限責任といっても空文化し、実質的には無限責任を負うのに等しく、有限責任の合同会社制度を導入したにもかかわらず、実態は合資会社と変わらなくなってしまう。新しく生み出された合同会社の機能をフルに発揮させるためにも、資金調達を容易にする政策的な手当てが併せて必要と思われる。