Business & Economic Review 2007年10月号
【STUDIES】
税効果会計とアーニングス・マネジメント- 繰延税金資産への評価性引当額計上をめぐって
2007年09月25日 新美一正
要約
- 1997年から98年にかけて、わが国では税効果会計に関する包括的な会計基準が整備された。しかし、導入時点が金融機関の不良債権処理の時期と重なったこともあり、その後の税効果会計に関する実証研究はもっぱら、金融機関を対象に繰延税金資産の自己資本充実効果を検証するものに集中する傾向があった。本稿では、一般事業会社を対象とし、税効果会計を用いたアーニングス・マネジメントに関して実態に即した考察を行った。その際、繰延税金資産の回収可能性を反映し、かつ、経営者による恣意的なコントロールが容易な評価性引当額に注目し、定量・定性の両面からその計上プロセスを検討した。
- 代表的な製造業種である電機産業143社を分析対象とした定量分析では、検証した三つの仮説(繰延税金資産の過大計上、評価性引当額の抑制、増益確保型の利益操作)のいずれに対しても、おおむね仮説の成立を示唆する結果が得られた。幾つかの留意点はあるが、税効果会計を利用したアーニングス・マネジメントが存在することは現実のデータによって確認されたように思われる。
- 続いて、143社のなかから評価性引当額を減少させて増益確保型アーニングス・マネジメントを行った可能性がある9社を抽出し、税効果会計の計上プロセスを考察した。その結果、9社中2社については、繰延税金資産の回収可能性に対する見積りの緩和が当期純利益の主要な要因となっており、とりわけ1社については、経常利益ベースで大幅な減益だったものが、評価性引当額の操作によって当期純利益ベースでは増益に転じていることがわかった。繰延税金資産の計上プロセスに対する詳細な開示情報が存在しないために、断定的な結論を下すことは困難であるが、これら2社に関しては税効果会計を用いたアーニングス・マネジメントを行っている疑いが否定できない。
- 4.分析の副産物として得られた重要なファクト・ファインディングは、国内会計基準によって作成された財務諸表上からでは、税効果会計に関する有用な情報をほとんど入手できないという事実である。
対照的に、アメリカSEC基準で連結財務諸表を作成している企業の場合、繰延税金資産ないし評価性引当額の計上プロセスに関して、かなり詳細な注記事項が有価証券報告書に記載されている。税効果会計が、収益・費用の期間マッチングや期間利益の平準化という本来の趣旨を逸脱し、アーニングス・マネジメントの温床視されてしまう事態を避けるためには、国内会計基準においても、SEC基準並みの情報開示を行う方向に向けた、制度上の手当てが必要である。