Business & Economic Review 2006年03月号
【STUDIES】
政府の医療給付費抑制策に対する評価と取り組むべき課題-抑制策が有効に機能する環境整備の必要性
2006年02月25日 飛田英子
要約
- 2005年12月1日に政府の「医療改革大綱」が公表され、2008年度から実施される新しい医療制度の概要が明らかになった。これによると、a.給付費抑制策の策定、b.新たな高齢者医療制度の創設、c.保険者の再編・統合、を通じて、持続的な医療制度の構築を目指すと明記されている。なかでもa.給付費抑制策の策定は、財政再建の観点からも早急な対応が求められているテーマの一つである。そこで本稿では、a.給付費抑制策の策定を取り上げ、政策効果の実現可能性を評価するとともに、目的達成に向けて取り組むべき課題を検討する。
- 政府の給付費抑制策は、a.医療費そのものの伸びを抑制する中長期的な方策、b.公的保険でカバーする範囲を縮小するという短期的な方策、で構成される。
まず、中長期的な方策とは、a.生活習慣病患者・予備軍の減少、b.平均入院日数の短縮、の二つである。都道府県を中心に健診・保健指導の徹底や在宅医療への患者シフト等を進めることにより、2025年には糖尿病等の患者・予備軍を2008年対比25%減少、平均入院日数を現在の36.4日から31.5日に縮小することを目指している。
一方、短期的な方策は、a.高齢者の自己負担の引き上げ、b.長期入院患者からのホテル・コスト等の徴収、c.高額療養費の基準額の引き上げ、という患者自己負担の引き上げに加えて、d.現金給付の見直し、で構成される。 - 厚生労働省の試算によると、これらの給付抑制策の実施により、医療給付費は2006年度の28.3兆円から2025年度には49兆円と、対策を行わない場合の56兆円に比べて7兆円抑制される見通しである。このうち6兆円が中長期的な方策によるものであり、給付費抑制策の中心が中長期的な方策であることが分かる。
もっとも、この中長期的な方策は大きな不確実性を伴っているため、給付費を着実に抑制するためには、不確実性の解消に向けた環境整備が併せて推し進められる必要がある。生活習慣病対策と平均入院日数の短縮について具体的にみると、以下の通りである。
(1)生活習慣病対策
生活習慣病対策の本質は、個人の自主的な取り組みを促すことである。そこで、諸外国における施策をみると、診療報酬の割引やたばこ税の引き上げをはじめ様々なインセンティブやペナルティを通じて個々人の行動をコントロ-ルする政策が模索される一方で、家庭医モデルの構築により、このような個人の動きを支援する環境が整備されている。このようにみると、生活習慣病対策の実効性を高めるためには、ハード・ソフトの両面から個人の自発的な健康づくりを促す仕組みが必要といえよう。
(2)平均入院日数の短縮
平均入院日数の短縮に伴って入院部門の医療費が減少しても、入院外での診療が増えると、入院と入院外を合わせたトータルの医療費は減少しない可能性がある。入院外診療が増加するルートを遮断するためには、具体的には医療機関の機能分化を進めることに加えて、診療情報の透明化を通じて過剰診療や診療報酬の過大請求を防止することが求められる。まず、医療機関の機能分化についてみると、日本では病院、診療所の双方が入院と外来を担っており、患者は初診から病院に向かう傾向が大きいため、病院経営の外来依存が強くなっているとの指摘がある。一方、診療情報の透明化については、政府は2010年度までに診療報酬のオンライン請求を原則化する方針を打ち出している。短期間でオンライン化が実現した韓国の経験を踏まえると、現在検討されている診療報酬の加算以外にも、医療機関の自主的な取り組みを促すインセンティブを付与することが求められよう。 - 厚生労働省の試算によると、無駄な医療費を削減する中長期的な方策だけでも医療給付費の2006~25年度の年平均増加率は3.0%と、何ら方策を行わない場合の3.7%に比べて大幅に抑制されることになる。もっとも、この効果が実現するためには、個々人の自発的な健康づくりや診療情報の透明化に向けた環境整備を別途進める必要がある。さらに、将来的に一段の給付費抑制が求められる可能性も否定できない。このようにみると、今回の給付費抑制策は必ずしも十分ではなく、医療供給体制の効率化やコストを反映した診療報酬体系の構築等、幅広い観点から再検討していくことが必要である。