Business & Economic Review 2006年02月号
【STUDIES】
証券市場サイドから見たアーニングス・マネジメント-規制と市場インフラストラクチャーは利益の質を確保できるか
2006年01月25日 新美一正
要約
- 経営者の機会主義的な会計数値調整行動であるアーニングス・マネジメントに対する分析アプロー チは、契約論的なものと、証券市場サイドからのものに大別される。本稿では、後者の立場から、経営者の株価を意識したアーニングス・マネジメントを分析の俎上に乗せる。その際の基本的な問題意 識は、アーニングス・マネジメントが現実に存在する下で、その副作用を緩和し、会計情報の質的な向上を図っていくために必要となる規制ないし市場制度の設計、という点に集約される。
- まず、経営者が実際に証券市場を意識した形での利益調整を行っているか、という問題意識に立ち、 内外の先行実証研究結果を整理した。その結果、ほとんどの先行研究がアーニングス・マネジメントの存在に対して肯定的な結果を得ていることがわかった。すなわち、株価を意識したアーニングス・ マネジメントは、現実の資本市場において広く行われている行動である。
- 証券市場を意識したアーニングス・マネジメントが広く行われているとすれば、次に生じる問題意 識は、果たして経営者は、アーニングス・マネジメントを通じた会計操作により、投資家を自らに好ましい方向に誤導することが可能であるのか、という点である。本稿で取り上げた実証研究成果は、 経営者がアーニングス・マネジメントを通じた会計操作によって株価に影響を及ぼすことは、少なくとも短期的な時間視野では、可能であることを示した。言い換えれば、経営者サイドにはアーニング ス・マネジメントに傾斜する誘因が常に存在する。
- 第4章で取り上げた国際比較研究は、各国のアーニングス・マネジメン ト水準にはかなりの格差があり、また、それは各国の法制度や市場属性とシステマティックな関連性を持っていると報告している。具体的には、投資家保護ルールが整備され、少数株主利益の尊重や高 水準の情報公開が確保されている国ほど、アーニングス・マネジメントが抑制されている。
- アーニングス・マネジメントは「不正会計」ではないが、企業会計の役割が「事実の描写」にある 以上、過度のアーニングス・マネジメントは抑制されるべきである。経営者サイドにアーニングス・マネジメントへ傾斜する誘因が常に存在する以上、網羅的・画一的な会計基準の設定、会計監査・市 場取引監視機関の拡充、違反行為に対する罰則、の3点セットにより、経営者の裁量的行動を抑制することには積極的な意義がある。同時に、アーニングス・マネジメントへの誘因が、本質的にはイン サイダー(経営者)とアウトサイダー(外部利害関係者)との間の情報格差に起因するものであるため、証券アナリストによる情報生産に代浮ウれる投資家サイドの主体的努力、および、証券市場にお けるインフラストラクチャー整備もまた、アーニングス・マネジメントの抑制手段として有効である。投資家保護ルールと情報公開の水準が共に高い国では、アーニングス・マネジメントの水準も抑制さ れているという実証結果は、規制強化と投資家サイドの主体的努力が対立的なものではなく、むしろ相互補完的な存在であることを示している。同時に、これまで見逃されがちであった会計処理プロセ スにおける「経営者の倫理」に対しても、経済学的な見地から分析を行う必要性が高まっていると考えられる。