Business & Economic Review 2006年03月号
【OPINION】
シティ・マネジャー制の導入を-三位一体改革の推進力強化に向けて
2006年02月25日 藤井英彦
- 三位一体改革が進展
(イ)政府と地方六団体は、2005年12月、3兆円の税源移譲と4兆円規模の国庫負担金削減に合意した。これによって、三位一体改革は、2002年6月の骨太の方針で打ち出されて以来、3年半に及ぶ様々な紆余曲折を経て、ようやく決着をみることになった。もっとも、三位一体改革の核心は、国から地方へ権限と財源を移譲することで地方の活性化を促し、地域経済の活性化を起爆剤として国と地方双方が直面する厳しい財政状況を打開する点にある。こうした観点からみると、3兆円の税源移譲と4兆円の国庫負担金削減に目処がついたものの、三位一体改革の所期の目的を達成するには未だ道遠しといわざるを得ない。
(ロ)とりわけ、近年、急速に悪化している地方財政の問題は深刻である。この点を、地方公共団体の財政状況を示す経常収支比率、すなわち、人件費や公債費などの経常コストを分子とし、それを地方税収や交付金などの経常財源で除した比率でみると、次の通りである(図表1)。なお、ここでは、一般的な経常収支比率では分母の経常財源に含まれる臨時財源対策債を控除した経常収支比率を別途算出し、一般的な経常収支比率よりも重視した。臨時財源対策債は、資金を経常経費に充当できる、いわゆる赤字地方債であるため、地方公共団体の財政状況をみるうえでは、地方税や交付税などの経常財源に含めるべきでないとの考え方からである。また、これは2001年度から導入された新たな制度であるため、一般的な経常収支比率と臨時財源対策債を控除した経常収支比率とは2000年度まで同率である。
それによると、都道府県と市町村のいずれをみても、経常収支比率が、まず1990年度以降、趨勢的に上昇してきた。さらに2001年度以降、上昇ペースが一段と加速し、2003年度には都道府県は101.4%、市町村は96.1%となり、既往最悪となった。これは、都道府県、市町村とも、経常財源のほぼ全額が人件費や公債費といった義務的コストに充当される結果、財政の自由度が喪失され、もはや新たな施策や投資といった戦略的分野に打って出る力が枯渇した状況と位置付けられよう。なお、かつて国は、経常収支比率のガイドラインとして道府県は80%、市町村は75%を上回らないことが望ましいとしていた。
加えて、一つひとつの地方公共団体ごとに財政状況の分布をみると、都道府県はすべて、市町村も大半が深刻な状況にある(図表2)。一般的な経常収支比率ベースで2003年度の各地方公共団体の財政状況をみると、まず都道府県では80~90%に29団体、90~100%に17団体、100%超に1団体となっている。一方、市町村では、80~90%に1,757団体、90~100%に806団体、100%超に84団体であり、70~80%は454団体、70%以下は31団体に過ぎない。わが国全体でみると、一般的な経常収支比率と臨時財政対策債を除いた経常収支比率は、2003年度で、都道府県が90.8%と101.4%で両比率の格差は10.6ポイント、市町村では87.4%と96.1%で格差が8.7ポイントある。この点を踏まえ、上記の一般的な経常収支比率でみた各地方公共団体の財政状況の分布は平均して8.7~10.6ポイント上乗せしてみるべきであるとすると、従来の国が望ましいとしてきた経常収支比率のガイドラインに収まる団体は数十の市町村にとどまることになる。
(ハ)こうした情勢下、わが国でも様々な取り組みが始まっている。まず99年度に市町村合併が始まり、地方公共団体数は99年3月末の3,232団体から2005年12月に2,143団体となった。2006年3月末には1,821団体へ減少する見込みである。さらに、同じく99年度にはPFI制度が創設され、爾来、地方公共団体が積極的に活用している。その結果、地方のPFIプロジェクトは2005年12月までの累計で都道府県が54件、市町村が112件、事務組合が6件となり、合計172件に及ぶ。加えて、地域振興に向けた特区や規制緩和が推進される一方、博物館やプールなど、自治体が保有する施設の管理・運営を民間に開放する指定管理者制度がこのところ推進されている。もっとも、地域経済の活性化や地方財政の建て直しという点に着目する限り、少なくともこれまでの推移をみる限り、大きな効果が上がるまでには至っていない。
そうした観点から、改めて諸外国の取り組みをみると、アメリカでは、公的サービスのアウト・ソーシングや民営化など、ダウン・サイジングに向けた様々な取り組みにとどまらず、地方自治体の在り方を根本的に見直す動きが90年代に入って本格化している。いわゆるシティ・マネジャー制度である。そこで、本稿では、本制度の概要を整理し、わが国導入の可能性を検討してみた。 - シティ・マネジャー制度の概要
わが国にシティ・マネジャー制度はない。今日ではイギリスやカナダ、ドイツなど多くの先進各国で採用されているものの、もともとアメリカで生まれ、発展してきた制度である。そのため、以下では、まず、わが国では市支配人制度とも呼称される本制度の特徴を整理したうえで、アメリカの地方自治風土を踏まえながら、自治体改革のうねりのなかで本制度の位置付けが高まってきた経緯をたどってみた。
(1)シティ・マネジャー制度の特徴
わが国では、地方自治体の在り方として、住民が選挙を通じて議員と首長を選ぶというスタイルに統一されている。加えて、地方自治法によって議員数の上限が住民数にもとづいて定められている。それに対して、アメリカでは地方自治体に統一したスタイルはない。地方自治体の態様は様々であるものの、大別すると、a.市長・議会型、b.理事会型、c.議会・支配人型、d.タウン・ミーティング型、の4タイプに整理される。やや詳しくみると、次の通りである。
a.市長・議会型
わが国の地方自治体と良く似たスキームである。もっとも、権力集中による弊害を回避すべきという建国以来の考え方、さらに踏み込んでみれば中世イギリスに淵源を持つ権力分立の政治思想のもと、19世紀半ばまで市長に賦与される権限を極力制限する傾向が支配的で、名誉職として権限のない市長もあった。しかし、19世紀に入って都市化が進行し、教育や警察、さらに上下水道や交通サービスなど、様々な分野において自治体サービスの整備・拡充に向けたニーズが次第に強まるなか、19世紀後半に入ると、市長の権限を強化し、執行権の拡大によって行政サービスの充実を目指す動きが拡がった。この点に着目して、従来のスタイルを弱市長・議会型とする一方、19世紀後半になって新たに登場したスタイルを強市長・議会型として区分する見方がある。こうした区分に即してみると、わが国地方自治体のスタイルは強市長・議会型に近いといえよう。
b.理事会型
理事会型は、強市長・議会型と同様に、自治体サービスの拡充に向けて増大するニーズに対応するためのスキームとして、20世紀初頭、導入の動きが盛り上がった。もっとも、方向性は強市長・議会型と正反対である。すなわち、強市長・議会型が市長の権限を強化することで行政サービスの拡充を目指すのに対して、理事会型は、理事会が立法機能を果たすと同時に、市長への権限付与を否定し、その代わり、理事がそれぞれ市役所の各部局の長に就任してリーダーシップを発揮することで、直接、行政サービスの拡充を図るスキームである。加えて、理事会は、総じて選挙によって選ばれた住民代表たる理事によって告ャされている。そのため、理事会型は、住民自治を強く志向したスタイルと位置付けられ、19世紀後半、市長への権力集中によって行政サービスの充実を目指した強市長・議会型が、政治的対立などによって機能低下に見舞われるなか、そのアンチ・テーゼとして一時注目を集めた。しかし、都市化や産業化の進行に伴って自治体が直面する問題が輻輳化して専門的な知識やスキルの必要性が高まるなか、住民を代表する理事会型の限界が次第に露呈し、導入の動きは下火になった。
c.議会・支配人型
議会・支配人型は、理事会型に次いで、20世紀初頭、行政サービスの拡充を目指して採用され始めたスキームである。もっとも、理事会型と異なり、その後、導入の動きがアメリカ国内のみならず国境を越えて拡がった。理事会型との最大の違いは、議会から業務を委任された支配人、すなわち、シティ・マネジャーが専門家として様々な行政サービスの提供業務や日常的な自治体組織の運営に当たる点にある。なお、住民自治を重視する点で両者に違いはない。むしろ、議会・支配人型のほうが、住民代表によって構成される議会が各自治体行政の基本方針をはじめ重要事項を決定し、シティ・マネジャーは議会の決定に従って業務を遂行するうえ、住民が直接投票によって可否を決するレファレンダム(住民投票)や住民が条例の制定や改廃を提案するイニシアティブ(住民発案)が幅広く導入されているなど、間接民主政の要素が強い分、住民主権を具体化した制度整備が進んでいるという側面が指摘されよう。
d.タウン・ミーティング型
タウン・ミーティング型は、全員参加の原則のもと、住民が自治体すべての問題について相互に議論し決定を下す、典型的な直接民主政のスキームである。一方、予算や条例など、住民が決定した事項を執行するプロセスについてみると、住民の直接選挙で選出された理事によって理事会が組成され、理事会がタウン職員を指揮して行われるスタイルが一般的である。さらに、日常業務について理事会を補佐する職務としてタウン・マネジャーを置く自治体も少なくない。
アメリカ建国当時から存在し、これまで命脈を保ってきたものの、19世紀半ば以降の経済発展に伴う都市化の進行と人口増加によって物理的制約が次第に増大した結果、今日、そのスタイルを堅持している自治体は少数派である。もっとも、タウン・ミーティング型が、多様なアメリカの自治体スキームを生み出す母体となった点は看過すべきでなかろう。まず、タウン・ミーティング型の執行スタイルを理事会でなく、一人ひとりの理事を自治体行政組織の各部門の長に任じそれぞれに管理運営権を賦与すれば、上記②の理事会型となる。また、タウン・ミーティングを住民代表の議会に替える一方、住民選挙による理事会を議会に吸収してタウン・マネジャーを執行機関の実質的責任者とすれば、上記③の議会・支配人型となる。さらに、上記①の市長・議会型とタウン・ミーティング型はそれぞれ間接民主政と直接民主政の典型的スキームであり、根本的に異質と位置付ける見方もあり得る。しかし、アメリカの場合、両者に共通点がみられる。すなわち、そもそも市長・議会型のうち弱市長・議会型とタウン・ミーティング型はいずれも建国当初からのスキームであるなか、いずれも執行権限の集中を回避するために、出納官や徴税官、警察の長、監査官など、様々な行政組織の部門長を住民選挙で選出するスタイルが支配的なことである。
(2)近年のアメリカ地方自治体改革の動き
このようにアメリカの地方自治体は、独立以来の長い経緯を経て、統治スキームの多様化を漸進的に遂げてきた。そうしたなか、近年、変化のペースが加速している。とりわけ、90年代に入り、市長・議会型から議会・支配人型への移行が著しい。もっとも、市政タイプに関する悉皆調査はないため、ここではアメリカのICMA(InternationalCity/CountyManagementAssociation:国際市/カウンティ管理協会)の調査に依拠した。これは、人口2,500人以上の加盟自治体を対象としており、86年調査と91年調査、加えて、近年ではネットベースで逐次調査が行われているため、最新の2005年版のデータを2004年値と読み替えることで、ここ20年間弱の推移をたどってみた。これによると、次の点が指摘できる(図表3)。
第1は、市長・議会型が90年代に入り大幅に減少したことである。過去20年の推移をみると、86年の3,684団体から91年には若干減ったものの3,635団体とほぼ横這いで推移したのに対して、2004年には3,091団体となり、91年に比べて544団体減少した。調査対象全体に占めるシェアも、86年や91年の55%前後から2004年には44%となり、5割を割り込んだ。
第2は、90年代に入り議会・支配人型の増勢に拍車がかかったことである。具体的には、86年の2,356団体から91年に2,441団体へ85団体増加した。さらに2004年には、91年に比べて1,034団体増加して3,475団体となり、市長・議会型を上回ってアメリカで最もポピュラーなスキームとなった。調査団体全体に占めるシェアも、86年や91年の36%前後から2004年には48.9%に達し、ほぼ半分を占めた。
第3は、市長・議会型および議会・支配人型以外のスキームが漸減傾向をたどり、一段と少数派になったことである。すなわち、理事会型は86年の173団体から2004年には145団体へ、タウン・ミーティング型は86年の369団体から2004年に338団体に減った。なお、タウン・ミーティング型の亜種の一つとして、住民全員参加の原則を一部修正した代武ァタウン・ミーティング型がある。これは、タウンを構成する各地区がそれぞれ住民選挙によって代表者グループを選出し、すべての地区の代表者グループが参集してタウン・ミーティングを行うスタイルであるが、これも86年の82団体から2004年には63団体へ減少した。
(3)自治体改革進展の要因
(イ)このようにアメリカでは、90年代に入って、長年にわたり踏襲されてきた市長・議会型を放棄し、議会・支配人型のスキームを新たに導入する動きが台頭した。経緯を整理すると、その主因として次の3点が指摘される。
第1は、自治体財政の困窮である。これは、連邦政府からの自治体への補助金が削減されたことに加え、90~91年の深刻な景気後退によって所得税収が伸び悩んだことが主因である。さらに、90年代半ば以降、未曾有の景気拡大によって自治体財政は一時的に好転したものの、2001年度以降、再び急速に悪化した。こうした推移を5年に1度全米規模で行われるセンサス調査でたどってみると、自治体全体の財政収支は、87年度の80億ドルから92年度7億ドルへ落ち込んだ後、97年度に136億ドルといったん黒字傾向を回復したものの、2002年度▲295億ドルと大幅な赤字に転落している(図表4)。
第2は、行政サービスに対する需要増大である。この点では、地域開発事業の強化が典型的である。すなわち、まず、70年代から80年代に進行した産業空洞化によって失業増加など深刻な経済停滞に陥る地域が増大した。そうした情勢下、事態打開の主役は州政府であり、日独自動車メーカーをはじめとする海外企業への工場立地の誘致活動、あるいは新産業やニュービジネス創出に向けた産学連携の強化など、積極的な経済・産業政策を各州が相互に競争しながら推進した。もっとも、州政府がカバーするエリアは広く、地域毎の特殊性にマッチした政策展開は難しい。そこで、各自治体サイドでも、地域事情に即した経済活性化策を、住民や周辺自治体のみならず、企業や大学、研究所などとも連携しながらダイナミックに推し進めていこうとする動きが広がった。
第3は、財政制約と行政ニーズの拡大によって戦略的経営の必要性が増大したことである。すなわち、財政制約が強まり、ダウン・サイジングや生産性の向上が求められるなかで、行政ニーズの拡大や多様化に対応するには、アウト・ソーシングの活用や業務体制の抜本的見直しなど、戦略的経営の推進が不可欠となった。例えば、上記地域開発に即してみれば、単にそのための特別プロジェクトを自治体が独自に実施するだけでは成功は覚束なく、上下水道や教育、道路整備や都市計画など、基本的な行政サービスについて地域開発という視点から再検討する一方、事業者や住民、投資家など、関係者と緊密な連携を取りながら、統合的かつタイミング良く推進して初めて成果が得られる。いわば今日の自治体運営では、経営と事業のセンスが強く要求される総合的プロジェクトの色彩が一段と強まっているといえよう。
(ロ)こうした情勢変化を踏まえたうえで、改めてアメリカの地方自治体の各スタイルについて、良し悪しを整理すると次の通りである。
まず、タウン・ミーティング型では、タイミング良くタウン・ミーティングを開催することが必ずしも容易でない。加えて、事業の具体的執行に当たり、住民代浮ナある理事会が決定権者としてリーダーシップを取るため、プロジェクト遂行に必要な専門性を備えることが難しい。理事会型でも、住民代表である理事が自治体の各部局の長として事業の執行に当たるため、各理事がそれぞれの業務について専門性を持たないケースが少なくない。そのうえ、上記地域開発で要請されるような統合的な推進体制が構築されにくい。
次に市長・議会型については、弱市長・議会型と強市長・議会型に分けてみると、弱市長・議会型では、仮に公選あるいは議会からの任命を受けて就任する主要な部門の長が専門性を備えているとしても、その分、部門相互の独立性が強いだけに、理事会型と同様、統合的な推進体制の構築に支障を来たしやすい。一方、強市長・議会型では、市長の権限が強く求心力があるため、弱市長・議会型などに比べて統合的な推進体制の構築は容易である。しかし、一般に市長公選制のため、市長へのチェック機能が働きにくく、個別の問題で議会や住民と齟齬が生じた場合、あるいは市長に専門性やリーダーシップを期待しにくい問題が発生した場合、市長が自ら辞職したりリコールが行われない限り、事態が膠着するなど、任期が満了するまで解決が先送りされるリスクが大きい。
それらに対して、議会・支配人型では、まず、議会が知識や経験、スキルを確かめたうえで支配人を選任するため、専門性の有無について問題は生じにくい。加えて、議会が基本路線を決定し、具体的な執行は支配人に全面的にゆだねられているため、近年、開発プロジェクトをはじめとして近年一段と競争が激化している地域間競争を勝ち抜くなど、スピーディーかつ強力な政策展開が遂行されやすい。仮に、具体的な政策遂行に当たって、議会や住民と齟齬が生じたり、支配人の能力不足が露呈した場合でも、議会の議決だけで支配人を解任することができるため、事態の早急な解決が可狽ナある。 - わが国導入には憲法上の制約
(イ)このようにみると、シティ・マネジャー制は、両立しにくい二つの目標、すなわち、a.厳しい国際競争に各地域が直接晒されるなかで地域経済の発展や雇用の創出に向けて効果的な政策を推し進める一方、b.深刻な財政状況下、ダウン・サイジングや業務の生産性向上を図っていく、という二つの政策目的を同時並行的に実現していくうえで有力なスキームといえよう。アメリカのみならず、近年、先進各国で導入の動きが拡がっている背景には、そうした自治体を巡る世界規模での情勢変化とシティ・マネジャー制の特質が指摘される。
加えて、アメリカでの導入経緯に着目してみれば、シティ・マネジャー制を取り入れることでわが国の自治体改革が大きく進む展開が期待される。これは、近年、わが国でも自治体業務の効率化に向けてPFI事業や指定管理者制度の活用が推進されているなか、アメリカでは、20世紀半ば以降、とりわけカリフォルニア州を中心に、シティ・マネジャー制導入の動きと、徹底したアウト・ソーシングによってスリムな市政を実現しようとする取り組みが合流して、一つの潮流になったからである。その象徴がコントラクト・シティ、すなわち、警察や水道事業をはじめとする住民サービスを当該自治体が自ら実施するのでなく、広域自治体など、外部にサービスを委託するスキームである(Clair[1997])。第二次大戦後の急速な都市化や産業化を背景に市政移行を模索し推進する地域が増えるなか、すでに近隣で行われている住民サービスを活用すれば、施設や組織を新たに整備することなく、サービスの質を確かめたうえで必要なサービスを必要なだけ調達できる利点が注目され、コントラクト・シティの導入が拡がった。受注サイドでは契約を維持するために不断にサービスの質向上とコスト抑制を図る必要がある一方、発注サイドでは提供されているサービスがコスト対比適正か、住民ニーズに適合しているか、全体の予算制約のなかで望ましい資金配分かなどの観点から、契約の継続や変更、打ち切りを検討すれば良い。シティ・マネジャー制の導入が拡大した背景には、政治的対立のリスクを孕む市長・議会制、あるいは公選市長制に比べて、能力不足が判明したら即座に解任できるなど、効率化を追求するうえでより適切という認識が浸透したという情勢変化が指摘されよう。
さらに、シティ・マネジャー制の検討を機にアメリカの地方自治体の簡素な議会スタイルに対する理解が深まれば、わが国自治体改革の推進力が今後一段と強まる展開が期待されよう。すなわち、アメリカの地方自治体議会では、わが国に比べて議員数が大幅に少ないうえ、各議員は本業の傍ら非常勤として議員活動を行っているケースが支配的である。例えば、人口規模上位5都市を日米で比較してみると次の通りである。もっともわが国の場合、東京が特別区制度で単純に比較できないため、人口最大の東京とニューヨークを除いてみると、市議会の議員数は、a.横浜市の92人に対して人口が47万人少なく384万人のロサンゼルス市は15人、b.大阪市の89人に対して人口が38万人多く286万人のシカゴ市は50人、c.名古屋市の75人に対して人口が201万人とほぼ同数のヒューストン市は14人、d.神戸市の72人に対して人口が147万人とほぼ同数のフィラデルフィア市は17人である。
一方、年間の議員収入をみると、ニューヨーク市の9万ドルをはじめとして人口の多い都市では相対的に高額となっているものの、非常勤という勤務形態のもと、議員活動に要した経費を補填する趣旨から総じて低い水準となっている。例えば、主な州都についてみると、a.人口3,589万人で全米最大のカリフォルニア州ではサクラメント市が2,300ドル、b.人口2,249万人で全米第2位のテキサス州ではIT都市として発展するオースティン市45,011ドルをはじめとして、c.自動車や機械、化学工業が発達しているテネシー州ナッシュヴィル市が6,900ドル、d.オクラホマ州オクラホマシティ市が12,000ドル、e.機械・食品工業が盛んなジョージア州アトランタ市32,473ドル、f.航空機・自動車工業の発達したオハイオ州コロンバス市が35,000ドル、g.ハワイ州ホノルル市が43,350ドルなど、ばらつきが大きいものの、議員年収を3万ドルから4万ドル前後の水準としている自治体が多い。なお、アメリカのみならず、英仏独など欧州先進主要各国でも、自治体議員は総じて名誉職という位置付けのもと、住民の主体的参画が前提にされているという意味で、住民自治の徹底が図られている。また、アメリカでは、市長の大半が非常勤である。前出ICMAの調査によると、96年時点で住民2,500人以上の自治体のうち、84.9%が非常勤で常勤市長は全体の15.1%であり、市長・議会型に限ってみても、72.2%が非常勤で常勤市長は27.8%にとどまる。
(ロ)しかし、シティ・マネジャー制をわが国に導入することは、憲法上、疑義があるという指摘がある。すなわち、日本国憲法第93条が地方公共団体の長ならびに議会の議員について住民の直接選挙制を定めている点を論拠に、わが国地方自治では、純然たる二元代武ァ、いわゆる大統領制が採用されており、議会と長との相互の牽制と均衡によって公正な地方自治の実現を目指す枠組みであるという解釈のもと、長の権限を公選によらないシティ・マネジャーへ包括的に委任するスキームは許容されないという主張である。こうした認識が依然として根強いだけに、少なくとも、現行憲法、とりわけ第93条の条文において、a.地方公共団体の長は執行機関の長でなくてはならないのか、それとも単に地方公共団体を代表する者であればよいのか、b.さらに、そもそも議決機関と執行機関の分立が前提とされているか否かについて、憲法解釈上、議論が錯綜しているという状況認識に間違いはない。それだけに、こうした点がクリアーにならない限り、シティ・マネジャー制の導入を安易に認めるわけにはいかないという政府の姿勢にはやむを得ない面もある。
しかし、次の点を加味してみると、シティ・マネジャー制導入を不可とする考え方は論拠を失おう。
第1は、現行憲法策定のプロセスである。第93条を含め、憲法第8章地方自治篇は、当初、日本サイドが作成した案には見当たらず、マッカーサー草案で初めて盛り込まれたことである。加えて、少なくとも第93条についてみる限り、直接選挙すべき対象として、具体的に府県知事、市長、町長などと例示されていた役職名が地方公共団体の長と変更されたものの、根本的修正は行われなかったことである(天川[2001])。この点に着目すると、明治21年、わが国に市制・町村制が制定されて以来の蓄積をまったく無視することはできないものの、現行憲法の地方自治篇を解釈するには、むしろマッカーサー草案策定の経緯や背景を理解することがより重要という側面も否定できない。
第2に、そうした観点からみると、憲法第93条が純然たる二元代表制、いわゆる大統領制を定めた規定という読み方が難しくなることである。まず、憲法第93条第2項をみると、「地方公共団体の長、その議会の議員及び法律の定めるその他の吏員は、その地方公共団体の住民が、直接これを選挙する」となっており、地方公共団体の長、議会の議員のほか、法律の定めるその他の吏員についても、住民の直接選挙が規定されている。その部分を、マッカーサー草案でみると、「府県知事、市長、町長、徴税権ヲ有スル其ノ他ノ一切ノ下級自治体及法人ノ行政長、府県議会及地方議会ノ議員並ニ国会ノ定ムル其ノ他ノ府県及地方役員ハ、夫レ夫レ其ノ社会内ニ於テ、直接普通選挙ニ依リ選挙セラルベシ」となっており、第93条より詳しく「徴税権ヲ有スル其ノ他ノ一切ノ下級自治体及法人ノ行政長」について明文で規定されている。
第3に、マッカーサー草案作成に当たり、参照されたと思われるアメリカ地方自治の経緯からみても、憲法第93条が純然たる二元代表制を規定したという理解が難しいことである。すなわち、まず上記、建国以来のアメリカ地方自治の歴史に即して第93条をみると、弱市長・議会型において、市長の権限の強化を抑制する観点から各執行機関の長を公選とする手法が一般に定着していた経緯が想起されよう。それに対して、19世紀後半に入り、経済発展に伴って次第に都市問題が顕在化するなか、自治体行政への拡大するニーズに対応するためには市長のリーダーシップの強化が望ましいとして、権限が分散され実行力に欠ける弱市長・議会型から強市長・議会型への転換を指向する動きが拡がった経緯を指摘する向きもあろう。仮にそうした動きが拡がり、少なくともマッカーサー草案作成者の思考や判断に影響を及ぼしたと推察される1930年代から40年代初頭にかけて、大半の自治体が強市長・議会型に受け入れるなど、支配的あるいは、せめて有力な潮流となっていたとすれば、マッカーサー草案の地方自治篇は強市長・議会型がベースとされた可能性もあろう。しかし、強市長・議会型は政治的対立を増幅させ、自治体行政の効果的推進を阻害するデメリットが大きいという反省から、強市長・議会型へ移行しようとする動きは次第に後退した。代わって、20世紀に入り、注目を集めたスキームが上記、理事会型であり、さらに理事会型の反省を踏まえ、その後、幅広い支持を集めていったスタイルが議会・支配人型である。こうした経緯を改めて整理してみる限り、マッカーサー草案が強市長・議会型をベースとした可能性は小さい。
なお、こうした見方に対して、次の反論が予想される。すなわち、マッカーサー草案が弱市長・議会型あるいは議会・支配人型を想定しながら作成されたとすれば、首長公選制を明文で規定したのはおかしくないか、という批判である。この点については、戦前の地方制度では、道府県レベルでは官選知事、市政レベルでは内務大臣が市長を任命するなど、国の関与が大きかったため、地方自治の確立に向けて公選制が全面的に導入されたという理解が妥当であろう。憲法に即してみれば、地方自治篇冒頭の第92条に記された「地方自治の本旨」を具体化した制度と位置付けられる。
さらに、そうした見方に対して、首長公選制であれば、首長は執行機関の長として自治体行政執行の責任を負うべきであり、その大半の責務を委任する議会・支配人型は許容されないのではないか、という指摘もあり得よう。しかし、この点については、議会・支配人型でも住民の直接選挙によって市長を選出する自治体があるうえ、上記の通り、大半のアメリカの自治体では、市長が非常勤であり、議会・支配人型ではシティ・マネジャーが、市長・議会型ではシティ・マネジャー同様の職位として主席行政官(ChiefAdministrativeOfficer:CAO)が、専門職として自治体行政を統括し、市長に代わって運営の任に当たっているという実態に照らしてみれば、必ずしも首長公選制と業務委任の可否を結び付けて考える必要はない。
(ハ)憲法上の疑義が晴れたとしても、わが国では近年市町村合併によって規模の拡大が進んでいるだけに、事実上、わが国自治体がシティ・マネジャー制を採用することは難しいのではないか、という指摘もあろう。例えば、第二次大戦後カリフォルニア州を中心に拡がったコントラクト・シティの動きをはじめとして、アメリカでの経緯を振り返ってみれば、シティ・マネジャー制は大都市よりも、むしろ中規模あるいは小規模自治体に適したスタイルという認識に間違いはない。
しかし、そうした状況は20世紀半ばまでであり、近年、事態は様変わりとなっている。すなわち、80年代以降、深刻化する自治体財政を克服する一方、地域経済の再生に向けた統合的かつダイナミックなプロジェクトなど、拡大・深化する自治体へのニーズに対応していくために、各地で自治体改革が推進されてきた結果、今日では、巨大都市でもシティ・マネジャー制を採用している自治体が少なくない。例えば、人口上位10都市についてみると、第2位のロサンゼルス市を筆頭に7市が支配人制を導入しており、純然たる市長・議会型は、人口が810万人で第1位のニューヨーク市、3位のシカゴ市、4位のヒューストン市、の3市だけである。 - 今後の課題
シティ・マネジャー制の導入は、新たな職位を追加することが目的ではない。それを起点として、各地方自治体がそれぞれにとって適切な組織形態を追求し、業務スタイルを抜本的に見直すことで、厳しい財政制約のもと、地域経済の再生を図るなど、各自治体を巡る環境や行政需要の変化への対応力を強化していくことが主眼である。そのため、単にシティ・マネジャー制を導入するだけでは不十分であり、とりわけ次の3点が重要である。
まず、自治体のさらなる権限拡大が大前提である。各自治体がそれぞれにマッチした組織形態や業務の在り方を追求しようとしても、国の制度として、教育委員会や農業委員会にみられる必置規制が行われたり、議員定数に関するガイドラインが設定されていると、制度上あるいは運用上、各自治体の選択に制約が課される懸念が大きいからである。その場合、機動的対応やダイナミックなプロジェクト推進といったシティ・マネジャー制の利点が封殺されかねない。
加えて、一段の参入規制の撤廃が必要である。例えば、アメリカのコントラクト・シティでは、供給サイドで競争原理が機能している結果、外部から低価格で良質のサービスを購入することが可能となっている。この点に照らせば、公共セクターにおいてもサービス提供分野では、民間企業の参入も含め、市場原理の活用が幅広く要請される。そうした観点からも、今後、法案化が予定されている市場化テストの本格的導入が期待される。
さらに、非営利団体に対する支援強化が望まれる。供給サイドでの競争原理がサービスの質向上に不可欠であるとしても、公的分野のなかには採算性が低い、あるいは売り上げ規模が小さい結果、事業として成立しにくいサービスがある。そうした場合、自治体が直接にサービス提供主体となったり、サービス提供主体に補助金を給付する手法もあり得るものの、むしろNPOや住民参加を活用する手法が得策である。供給サイドで競争原理が機能する結果、サービスの質向上が不断に追求されるうえ、供給主体の自助努力によって財政負担が払拭あるいは削減され、コストが抑制されるからである。
一見する限り、シティ・マネジャー制はわが国地方自治制度にそぐわないスキームという印象は拭えない。しかし、本稿で整理した通り、現行憲法制定の経緯やアメリカ地方自治の動きに即してみれば、シティ・マネジャー制は、今日の強市長・議会型に比べて現行憲法に適合的であるうえ、近年、自治体が直面する様々な問題を解決するうえでよりマッチしたスタイルといえよう。2006年度予算で地方交付税交付金が15兆9,100億円と昨年度に比べて1兆円規模で削減されるなど、依然としてわが国の財政状況は厳しい。そうした情勢下、先進主要各国が取り組んできた自治体改革を改めて注目し、その英知を積極的に取り入れていく以外、現下の難局を打開する有力な方策は見当たらない。三位一体改革で改革疲れが取り沙汰されるなか、政治の強力なリーダーシップ発揮が切望される。