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アジア・マンスリー 2021年8月号

法人税の最低税率の議論とアジアへの影響

2021年07月29日 松本充弘


世界的な法人税の最低税率導入によるアジアへの影響は現時点で限定的とみるが、さらに課税強化の機運が高まった場合は、海外企業誘致を成長の原動力としてきた東南アジア経済が停滞する恐れがあろう。

■グローバルな最低法人税率導入を目指す動き
6月の主要7カ国(G7)、7月の経済協力開発機構(OECD)と主要20カ国(G20)のそれぞれの会議で、「法人税の最低税率」(15%以上)の導入を目指す新たな国際課税ルールについて大枠合意に達した。法人税に最低税率を導入することにより、外国子会社の税負担が世界共通の最低税率を下回ったとしても、本社を置く国が最低税率との差額を課税できる。企業にとっては利益を海外に移転するメリットがなくなり、低税率を売りとする国へ事業を移転する誘因が低下する。OECDは「デジタル課税」(一定水準を超える売上高や利益がある多国籍企業を対象に、拠点がない国でも利益の一部に課税できる)の導入と併せ、今年10月の最終合意と2023年の実施を目指して協議を進めている。

今年に入り国際課税ルールの協議が進展した理由の一つに、米国がこれまでの方針を転換し、議論を主導し始めたことが挙げられる。トランプ政権時代の米国は自国のIT企業への課税強化に反対し、協議から離脱したが、国際協調を掲げるバイデン政権になって交渉を再開した。バイデン政権にとっては、大規模な景気対策の財源が必要であるという事情も背景にある。一方で、米国以外の各国の状況をみると、新型コロナ対策で財政支出を拡大した結果、税収確保のため法人税の軽減競争に歯止めをかけたいという思惑が総じて強まっていることも合意を後押しした。

■アジア各国・地域への影響は現時点で限定的
主要なアジア諸国・地域の法人税率はいずれも15%を超えているが、東南アジアを中心に、一部の業種や特定の地域で外資誘致を目的に、法人税の優遇措置が設けられており、場合によっては実効税率が15%を下回る例もある。最低税率導入時の優遇措置の取り扱いはまだ決まっておらず、最低税率の水準と共に、今後、協議が行われるとみられる。一方、OECDの声明では、現地に拠点を持ち、実際に雇用している事業に配慮し、税負担軽減措置が認められる方針が示されている(対象企業の利益から、工場等の有形資産の取得費用や従業員の人件費の5%以上を課税対象から控除)。最終合意では、低税率国や新興国の賛同を得るため、最低税率の水準が15%となる公算が大きいことを踏まえれば、現時点ではアジア経済への悪影響は限定的と考えられる。

もっとも、アジアでは最低税率の導入を警戒する声もある。タイではプラユット首相が投資誘致活動への影響について閣僚へ調査を指示している。シンガポールでは、最低法人税率の対象となる約1,800社の多国籍企業のうち大半の実効税率が15%を下回っており、ウォン財務相が今後の外資誘致活動が厳しくなるとの認識を示している。香港では陳茂波財政官が税制優遇措置の一部に影響が及ぶ可能性に言及している。加えて、中国は経済特区を適用除外とするように水面下で交渉しているとの報道もあった。

■今後の議論の展開を注視する必要
米国は最低税率を巡って例外規定を認めないほか、最低水準を15%からさらに引き上げる協議を続けるべきとの立場である。米国はこれまで議論を主導してきただけに、将来、課税が強化される方向で改めて条件を見直す協議が行われる可能性も否定できない。

企業は税務コストだけを重視している訳ではないため、税制面でのメリットが小さくなり税負担が増加しても、市場の魅力が評価されていれば企業の投資は継続される可能性もある。しかし、仮に課税が一段と強化されることになれば、海外企業の誘致を経済成長の原動力としてきた東南アジア経済が停滞する恐れがある。JETROのアンケート調査によれば、シンガポールに地域統括機能を設置する理由として「低い法人税率、地域統括会社に対する優遇税制などの税制上の恩典が充実しているため」と回答した企業は40.7%ある。また、国際協力銀行の調査によれば、企業が東南アジアへ進出する際に当該国を有望と判断する主な理由として、「現地マーケットの成長性・規模」、「安価な労働力」等が上位に挙がる一方、フィリピンやマレーシアでは「投資にかかる優遇税制」を挙げた企業も1割程度ある。

OECDの会合に参加した139カ国・地域のうち、7月12日時点でアイルランドやハンガリー等7カ国が合意に加わっていないが、低税率国も含めた幅広い合意になるようG20等が働きかけており課税強化の実現可能性は高まっている。日本企業は、これまでの税制優遇が受けられない可能性を念頭に置くとともに、海外進出に際して税制面以外のメリットも十分に検討する必要があろう。
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