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国際戦略研究所 研究員レポート

【中国情勢月報】変調きたす中国・欧州関係

2021年06月30日 副理事長 高橋邦夫


この1カ月、中国と欧州諸国との関係に、これまでには見られなかった動きが出て来た。その1つは、昨年来、習近平国家主席自身が推進し、昨年末には双方首脳間で「大筋合意」に達していた中国・欧州連合(EU)投資協定に対し、5月20日に欧州議会が「待った」をかけた。それから、1週間もたたない5月24日には、中国が中東欧諸国と進めてきた協力の枠組みである「17+1」協力から、リトアニアが離脱することが明らかになった。更には、中国を代表する名門大学の1つである上海の復旦大学がハンガリーに開校しようとしている初の海外分校設置に対して、地元住民の反対運動が巻き起こった。
このように、突如起きたように見える中国と欧州諸国との関係の変調について、その原因も含めて考えてみたい。
(なお、リトアニアの「17+1」からの離脱に伴い、その枠組みの呼称は「16+1」であるとの考え方も成り立つが、「離脱」はメンバー国の一方的宣言で発効するのか否かなど不明な点もあるので、本稿では便宜上、「17+1」の呼称をそのまま使用することとする。)

1.中国・EU投資協定批准凍結

(1)中国と欧州連合(EU)との間の投資協定は、2013年に交渉開始が合意され、翌2014年から交渉が始まった。しかし、EU企業の中国市場へのアクセスなどの問題があり、交渉が中々進まなかったと言われてきた。そうした中、昨年9月14日、オンラインで行われた中国・EU首脳会議、具体的には中国から習近平国家主席が、EU側からは議長国のメルケル独首相、ミッシェル欧州理事会議長(EU大統領)、フォン・デア・ライエン欧州委員会委員長が会談して、中国・EU投資協定交渉の年内(2020年中の)終了を目標とすることで合意した。
その後、双方が鋭意交渉を詰めた結果、年内ギリギリの昨年12月30日、上記の双方首脳に、EU側にはマクロン仏大統領も加わった、中国・EU首脳会議が再度オンラインで開催され、この投資協定について、大筋合意がなされた。その時点では、その後、双方が協定文の細部の詰めなどを行い、早ければ今年後半には署名にまで持って行きたいとの希望的観測も聞かれた。

(2)昨年になり、中国側がEUとの投資協定交渉を急いだ理由として考えられる点がいくつかある。
① 対米関係とのバランス
まず、大きな理由としては米国との関係があったのであろう。即ち、昨年9月の時点では、選挙戦を戦うトランプ大統領(当時)とバイデン元副大統領(民主党候補)のどちらが次期大統領として選出されるか未定ではあったが、どちらの候補が選ばれるにしても、米国内の中国の擡頭(たいとう) に対する国民の対中警戒感の高まりに鑑みれば、次期政権が多かれ少なかれ、中国に引き続き厳しい対応を取るであろうことは、容易に予測できた。それ故、今後出てくる次期米国政権への牽制、あるいは米国との関係でバランスを取ることを目的に、西側で大きな存在であるEUとの関係を強化する上で、象徴的な意味を有する投資協定締結を選んだのではないか、と筆者は考えている。

② EU内でのドイツの役割への期待
そうした視点に立った際、EU側の状況を見ると、昨年2020年後半は、ドイツが議長国であった。世上良く知られているようにドイツのメルケル首相は2005年の首相就任後、12回も訪中している人物であり、EU諸国の中でもとりわけ中国との関係、特に経済関係を重視している人物であると見られている。中国が、そうしたメルケル首相を擁するドイツが議長国である間に、何とか投資協定をまとめ上げることを考えたとしても不思議ではないであろう。そうした中国とEUとの経済的結びつきを象徴したのが、2020年のEUの対外貿易で、中国との貿易高がそれまでの米国を抜いて第1位となった事実である。一方、中国にとっても、EUは2019年まで連続16年間、最大の貿易相手であった。

③「双循環」におけるEUの潜在的重要性
更に、昨年10月末に開催された「5中全会」では、米国による「デカップリング」を念頭に、「国内の大循環を主体として形成し、国内・国際の双循環を相互促進する」とさ れたが、その際の「国際」、即ち諸外国で念頭に置いた中には、米国とは一線を画す行動を取ることの多い、EUを中心とする欧州諸国があることは想像に難くない。特に、ハイテク分野について、EUとの間で相互に投資が進むことは、中国にとっては重要なことである。

(3)このように、中国が大きな期待をかけていたEUとの投資協定締結であるが、5月20日、欧州議会が本会議において賛成599、反対30の圧倒的多数で、この協定の批准手続きを凍結することを決めた。では、欧州議会は何故、批准手続き凍結という強い対応を取ったのであろうか。
話は、今年3月にさかのぼる。3月22日、EU外相理事会は、中国の新疆ウイグル自治区での少数民族への人権抑圧に対し、天安門事件(1989年)以来となる制裁を課すことを決めた。制裁の対象は、新疆ウイグル自治区政府の幹部4名と「新疆生産建設兵団」で、EUへの渡航禁止や資産凍結などが制裁内容である。これに対し、中国政府は直ちに報復措置として、欧州議会議員5名を含むEU関係者計10名とEUの2関係組織と2シンクタンクに対し、中国への入国を禁止する制裁を発表した。
筆者は、ここにEU側と中国側の間の制裁の「ミスマッチ」があると考える。即ち、EU側から見た場合、新疆ウイグル自治区での少数民族への人権抑圧を非難するにしても、中国との関係全体を損なうことは避けたいとの意図から、制裁対象を新疆ウイグル自治区の関係者・関係組織に限定したということであろう。それに対し、中国側は、「新疆ウイグル問題を取り上げ、また批判を繰り返してきたEU内の個人・組織」という括りで報復措置の対象を決めたのであろうが、形式的に見れば、EU側が制裁の対象を新疆ウイグル自治区に限定したのに対し、中国側は制裁対象を一気にEU全体にまで広げてしまったということであり、かつその対象には、中国・EU投資協定の批准承認の権限を有する欧州議会関係者が含まれているということである。欧州議会が、中国との投資協定批准凍結の解除条件として、欧州議会関係者等への中国側の制裁の解除を上げていることに、そうしたことが伺える。
但し、この対立の根底には、人権を重視するEU、民主主義を具現する欧州議会それぞれの基本的価値観の重みを中国側が読み間違えた、あるいはEU側はそうした価値観以上に中国との経済関係を「重視するはず」との誤解があるように感じる。

2.リトアニアの「17+1」協力枠組みからの離脱

(1)5月24日までに、北欧バルト3国の1つ、リトアニアが2012年以来のメンバーである中国と中東欧諸国の協力枠組み「17+1」からの離脱することが明らかになった。元社会主義圏である中東欧諸国は、中国にとっては、ある意味「出自を同じくする」あるいは「気心の知れた」仲であるとも言え、そうした1カ国であるリトアニアが「17+1」からの離脱を決めたことは、中国に少なからずの衝撃を与えたことが想像される。この章では、そこに至った背景を考えてみたい。…

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【中国情勢月報】変調きたす中国・欧州関係(PDF:680KB)
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