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日本のカーボンニュートラル実現へのハードルとは

2021年06月22日 足達英一郎


 日本のカーボンニュートラル実現へのハードルとは何であろうか。再生可能エネルギー導入の遅れ、モノ作りへの拘りと緩慢な産業構造転換、値段が高ければ売れないという国や企業の警戒感などがよく引き合いに出るが、筆者は「人々の行動変容の機運醸成やスピードの欠如」といったことを付け加えることができるのではないかと考えている。

 4月下旬、グローバル市場調査会社イプソスが公表した、世界30か国の生活者(回答者数21,011人)の気候変動に対する対策行動の理解に関する調査結果(注1)は、極めて興味深いものだった。「自分自身、気候変動への対策として個人が行うべき行動を理解していると言えるか?」という設問に対して、「はい」と答えた人の割合は、40%で30か国のなかで最低。「いいえ」と答えた人の割合も、17%でロシアに次いで二番目に多いという結果になったのである。

 「自信をもって何をすべきか分かっている」が少なく「分からない」が多くなっているというのは日本人の常に控えめな意識構造を反映しているという見方もあるだろう。それでも30か国平均で「はい」が69%、「いいえ」が8%だったのを見ると、日本では「個人が、気候変動への対策として、どんな行動を取るべきか想起できていない」という状況が見てとれるのではないだろうか。

 もうひとつ、日本の特徴には、シニア層に気候変動問題への関心が高く、青年・若年層に気候変動問題への関心が必ずしも高くないという傾向がある。電通の実施した「第1回カーボンニュートラルに関する生活者調査」(2021年6月9日)では、「グリーン成長戦略への関心および関与意向が相対的に高いのは、シニア世代(60歳以上)>Z世代(15~21歳)>ミレニアル世代(22~40歳)の順となった。特に60-70歳代はほとんどの分野の取り組みに対する関心度が相対的に高い」という結果が報告されている(注2)。経済社会システム総合研究所の実施した「社会的課題に関する継続意識調査(第2 回調査)」でも、生活満足にとっての重要度を上位3つまで回答してもらう回答があり、上位に来たのは「健康」の77.8%、「所得や資産」の60.8%で、「持続可能な自然環境」は10.5%、「持続可能な経済社会」は9.7%に過ぎない(年齢階層合計)。

図表8 生活満足にとっての重要度・回答割合(3つまで回答、降順)


       (注)「生活の楽しさ」は、選択肢として新たに追加。以下、同じ。
          (   )の内数値は第1 回の調査結果。

出所:(一社)経済社会システム総合研究所


 さらに、これを年齢階層別にみると、「持続可能な自然環境」は15~19歳で5.6%、20~29歳で4.0%に、「持続可能な経済社会」は15~19歳で3.4%、20~29歳で6.6%に低下するという結果になっている(注3)


図表9 生活満足にとっての重要度・年齢齢別回答割合(3つまで回答)


出所:(一社)経済社会システム総合研究所


 このほかにも、「18歳1,000人で、2050年のカーボンニュートラルが達成できるとするのは14.4%」という調査結果(注4)や、「18歳1,000人で、グレタさんの反温暖化の呼び掛けに共感するのは29.6%」という調査結果(注5)もある。

 国際比較の観点からも特徴は浮かび上がる。日本財団が実施した「18歳意識調査 第20 回 社会や国に対する意識調査」(2019 年11月30日)では、日本を含む9か国の回答者に、まず「自分の国に解決したい社会課題があるか」を尋ねたうえで、「はい」と回答した人にその内容を聞いている(複数回答)。日本の場合、解決したい社会課題の内容としては①貧国をなくす(回答者のうち47.8%)、②政治を良くする(43.3%)、③社会的弱者に対する差別をなくす(39.2%)が上位3つであるのに対して、「気候変動対策」は上位5番目までにも入ってこない。対して、英国では一位(58.2%)、米国で二位(51.5%)、ドイツでも二位(61.5%)を「気候変動対策」が占めるという結果(注6)になっている。

 本稿では、気候変動に関する行動変容への確信や関心の低さを、青年・若年層の責任として押し付ける意図は全くない。そもそも、上述の「社会や国に対する意識調査」でも、「国の将来像に関して良くなる」という答えは日本では9.6%で対象9か国中の最低。トップの中国(96.2%)の10分の1の水準である。また、「国に解決したい社会課題がある」との回答も他国に比べ30%近く低い数字となっている。こうした空気のなかで「気候変動対策」に目を向ける必要があると言っても、そもそも無理があるだろう。同時に、「将来の夢がある」、「自分で国や社会を変えられると思う」という社会を実現できなかった責任は、筆者を含む壮年・シニア層にあることは明白だ。

 従来、人々は科学の正当性を担保するために真偽や善悪を問う際の「基礎づけ」を担う知の領域を必要としてきた。フランスの哲学者ジャン=フランソワ・リオタール(1924-98)はこうした知の領域に対する不信感が蔓延する時代の到来を予見し、「大きな物語が終焉する」と形容した。現代の日本は、大きな物語が真に通用しない状況にあるのではなかろうか。

 日本のカーボンニュートラル実現に向けた政策メニューが、どちらかと言えば、技術革新やイノベーションに依拠しているというのも、そうした現実を微妙に織り込んでいるからなのかもしれない。6月2日に公表された「成長戦略実行計画案」(注7)では、「ライフスタイルイノベーション」と題して、製品・サービスのCO2排出量の「見える化」を進め、消費者にそれをベースとした脱炭素(カーボンゼロ)型の製品・サービスの積極的な選択を促すインセンティブ付与や、ナッジの社会実装、アンバサダー等を活用した国民運動を展開する、との一文がある。ただ、わが国においてはハードルは決して低くはないと覚悟を定めて、政策推進に全力を上げなければならない。

(注1)https://www.ipsos.com/en/ipsos-perils-perception-climate-change
(注2)https://www.dentsu.co.jp/news/release/2021/0609-010388.html
(注3)https://iess.or.jp/pdf/rep_ishiki/20210218.pdf
(注4)https://www.nippon-foundation.or.jp/app/uploads/2021/02/new_pr_20210225_6.pdf
(注5)https://www.nippon-foundation.or.jp/app/uploads/2020/01/wha_pro_eig_109.pdf
(注6)https://www.nippon-foundation.or.jp/who/news/pr/2019/20191130-38555.html
(注7)https://www.cas.go.jp/jp/seisaku/seicho/seichosenryakukaigi/dai11/siryou1-1.pdf


※記事は執筆者の個人的見解であり、日本総研の公式見解を示すものではありません
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