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自治体による認知症の人の事故を補償する民間保険への加入支援に関する調査研究事業

2021年04月12日 石田遥太郎紀伊信之、高橋孝治、青木梓、濱田樹


*本事業は、令和2年度老人保健事業推進費等補助金 老人保健健康増進等事業として実施したものです。
*認知症の人の事故を補償する民間保険への加入支援を行っている自治体数に誤りがあり、訂正しております。(令和4年1月)

1.本事業の背景
 高齢化に伴い、認知症の人は年々増加しており、2025年には700万人を超えると予測されている。これに伴って、認知症の人が引き起こしてしまう事故やトラブルが増えることが懸念される。特に認知症の人の周辺症状によって、他人のものを破損させる行為、他人への粗暴行為、道に迷い行方不明になる、電車や自動車等の交通事故に巻き込まれるなどといったトラブルが発生した場合、法律上の損害賠償責任が、その家族や法定の監督義務者に及ぶ可能性もある。
 上記を背景に、民間保険を活用した事故救済制度を独自に導入する自治体が増えている。各自治体は「個人賠償責任保険」という民間保険を活用し、民間保険の加入を支援する等の政策を実施しており、認知症に伴う何らかのトラブルで認知症の人やその家族、監督義務者が賠償責任を負ったときに補償される仕組みを構築している。
 平成29年年11月に神奈川県大和市が先駆けて導入し、続いて大府市、海老名市、小山市、久留米市、葛飾区など、少なくとも60市区町村(令和2年7月時点)がこの保険を活用した補償制度の運用を始めている(日本総研調査)。また神戸市のように、三井住友海上火災保険株式会社と連携して、賠償責任がなくても見舞金が支払われる、という独自の事故救済の仕組みを用意する例もある。
 一方で、こうした民間保険への加入支援における、認知症の人やその家族、監督義務者が安心して暮らしていくことに対しての政策効果については、慎重な検討・検証が必要である。民間保険への加入支援を見送る自治体から以下のような意見がある。
・保険料が安価で比較的加入もしやすい賠償責任保険の費用を自治体が負担すべきか
・費用負担の公平性の観点から、認知症の人に限るべきか
・民間保険への加入支援によって、認知症の人はトラブルを起こすというネガティブ発信にもつながる懸念がある
・「認知症共生」「認知症の人にやさしい街づくり」という観点からも賠償責任保険加入 支援以外に優先度の高い施策(例えば買い物付き添いボランティアなど)があり得る

2.本事業の概要
 上記の背景を踏まえ、本事業では、自治体の認知症の人の事故を補償する民間保険事業)における加入支援体制や現在の運用状況、導入に当たっての課題や効果等の調査を実施し、その政策上効果等について分析・整理した。

(1)先行事例の整理
 新聞・雑誌・ウェブサイト等の公開情報から、認知症の人の事故を補償する民間保険への加入支援を行っている自治体を調査・整理した。
 調査を実施した令和2年7月時点では、少なくとも60市区町村が認知症の人の事故を補償する民間保険への加入支援を行っていた。

(2)自治体へのアンケート調査の実施
 リストアップした60の自治体に対してアンケート票を配布し、取り組みの背景・問題認識、取り組みに至った経緯・プロセス、具体的な取り組み内容、取り組みによる効果、導入・運用における課題等を調査した。
・調査対象:公開情報を基に、認知症の人の事故を補償する民間保険への加入支援をしている自治体60箇所を抽出
・回収数 :44票(回収率 約73%)

(3)自治体へのヒアリング調査の実施
 自治体へのアンケート調査の回答内容を踏まえ、一部の自治体に対して、導入経緯、加入人数、成果の詳細、課題の詳細、公費負担、今後の展望等についてヒアリング調査を実施した。ヒアリング調査対象先の選定にあたっては、ヒアリング調査の目的に鑑み、認知症高齢者の事故を補償する民間保険への加入支援の導入後数年経っている自治体や成果、課題を認識している自治体を中心に選定した。

(4)保険加入者へのアンケート調査の実施
 自治体向けアンケート調査およびヒアリング調査の結果を踏まえ、神奈川県大和市の保険制度に加入している住民(基本的には認知症の人の家族)に対して、大和市の協力の下、アンケートを配布し、利用経緯、民間保険への加入支援を知ったきっかけ、加入理由、加入後の気持ち、行動の変化、満足状況等を調査した。
・調査対象:神奈川県大和市が実施している「はいかい高齢者個人賠償責任保険」加入者およびその家族
・回収数 :204票(回収率 約57%)

(5)認知症高齢者の家族向けアンケート調査の実施
 全国の認知症高齢者を家族に持つ人を対象に、認知症の人の事故を補償する民間保険への加入支援への関心度合い、加入意向、期待される効果等を聞き、民間保険への加入支援への一般的な関心度合いや意向を調査した。
・調査対象:ウェブ調査会社のパネル登録者で、「アルツハイマー型認知症」「脳血管性認知症」「レビー小体型認知症」「その他の認知症」について、「検診で指摘受けた」「現在治療中」「1年以内受診」「2年以内受診」「2年より前に受診」の人を家族に持つ人
・回答数 :333票

3.本事業の成果
 「自治体向けアンケート調査」「自治体向けヒアリング調査」「加入者向けアンケート調査」「認知症高齢者の家族向けウェブアンケート調査」の4つの調査を実施し、認知症高齢者を対象とした自治体による個人賠償責任保険事業の実態を把握した。

(1)自治体における個人賠償責任保険事業に関する実態把握
 自治体における個人賠償責任保険事業において、これまで全国的な実態把握がなされていなかったが、本事業の調査によって少なくとも全国の60自治体で導入されていることが分かった。直近数年間に取り組みを開始した自治体が多く、民間保険への加入支援が全国的に広がりつつある段階にあると考えられる。事業開始後数年が経過した自治体では、個人賠償責任保険事業が認知症高齢者やその家族、ひいては地域の事業者を含む幅広い市民の安心につながっており、取り組みの成果が確認された。

(2)自治体における個人賠償責任保険事業における課題
①加入者数および背景としての周知活動
 自治体向けアンケート調査の結果、個人賠償責任保険事業の導入・運用にあたって、最も多かった課題は、加入者数が想定と比べて少ないというものであった。
 一方、認知症高齢者の家族向けウェブアンケート調査では加入意向が高かったため、加入者が少ないことの要因としては、対象となる人への周知活動にあると考えられる。自治体の広報誌等での幅広い周知に加えて、認知症高齢者の家族が日常的に接する介護従事者からの直接の情報提供を増やすことで、民間保険への加入支援を必要とする人の加入につながる可能性があると考えられる。
②補償内容の周知・理解
 自治体向けアンケート調査の結果では、加入者に補償内容を理解してもらうのが難しいという課題も目立った。
 自治体向けヒアリング調査にて詳細を確認したところ、加入者の家族も高齢の場合、補償内容の理解が難しい、あるいは理解に時間を要する場合があるとのことであった。また、保険業法の関係上、自治体職員が補償内容の詳細な情報について説明することができないという事情もある。そして実際に事故やトラブルが起きた際に、本人や家族、そのトラブルに関係した人が保険の補償対象になり得ると考えて申請しなければ、仮に対象となる事案が起きていても把握できないという点は、複数の自治体で懸念点として挙げられていた。
 これらの点においても、加入者本人や家族のみならず、地域の事業者を含め市民全体に幅広く周知していくことが重要である。
③政策効果の把握の難しさ
 自治体向けアンケート調査、およびヒアリング調査を通じて、補償件数が少ないことによって、政策効果(費用対効果)を把握することが難しいといった課題も確認された。
 加えて、自治体向けアンケート調査の結果、賠償責任補償については各自治体で最大1~5億円の補償が受けられる契約となっているが、これまでの補償額はいずれの自治体も10万~数十万円程度であり、補償範囲の中では低額にとどまっている。
 事業開始後間もない段階で、費用対効果や公費負担の是非について判断することは難しいが、これらのことから、今後の補償実績の状況によっては公費負担の必要性についての議論が起こる可能性がある。
④事務手続きの煩雑さ
 単年度事業のため、毎年保険会社が変わる可能性がある場合、加入者への案内を毎年送付する必要がある。そのため、加入人数が増えるにつれて、送付先・対象者の把握に時間を要しているという事務手続きに関する課題が挙げられた。

(3)まとめ
 ヒアリングを実施した自治体においては、いずれも個人賠償責任保険事業を今後も継続する意向が確認された。費用については大半の自治体で全額公費負担となっているが、現時点では市民、議会等の関係者の理解を得られている状況が確認された。個人賠償責任保険事業の費用対効果の検証は難しいものの、加入者およびその家族をはじめとする市民の安心・安全の確保、また他の認知症高齢者向け施策との相乗効果を踏まえ、適正な費用負担と考えている自治体が多かった。費用面の適正化については、今後こうした保険事業を導入する自治体が増えることで、保険商品の費用の水準自体が低下していくことを期待する意見も聞かれた。
 2025年には認知症高齢者が全国で700万人を超えると予測される中、費用対効果の検証や市民に対する適切な周知が進められた上で、自治体による賠償責任保険事業が、認知症高齢者およびその家族、そして市民全体が安心して地域で暮らしていくための施策の一つとして発展していくことが期待される。

※詳細につきましては、下記の報告書をご参照ください。
【報告書】


【問い合わせ先】
リサーチ・コンサルティング部門 高齢社会イノベーショングループ
シニアマネジャー 石田 遥太郎
TEL:080-7938-4740  E-mail:ishida.yotaro@jri.co.jp
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