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JRIレビュー Vol.5,No.89

前期高齢者医療費の財政調整の現状と課題―透明化と現役世代の負担抑制を

2021年04月06日 西沢和彦


国民医療費43.3兆円(2018年度)の約6割はいまや高齢者医療費である。高齢者は、平均的には現役世代に比べ医療費を多く要し、他方、負担能力は低いという前提のもと、給付費の多くは、公費および現役世代が加入する健康保険からの財政支援によって賄われている。給付費の適正化および負担の在り方は、医療保険制度における核心的課題の一つであり、健保連、経団連、連合などからは、負担構造改革の速やかな断行を求める声が上がっている。本稿は、高齢者のうち前期高齢者(65〜74歳)に焦点を当て、財政支援の技術的な面にも踏み込んで現状および問題点を整理し、加えて、改善に向けたポイントを考察した。

1,683万人の前期高齢者は、就業状況に応じ組合健保、協会けんぽ、共済組合(これら三つを被用者保険と総称)、国民健康保険(国保)それぞれの制度に加入している(各制度は、協会けんぽを除き、複数の保険者で構成される)。そのうえで、前期高齢者加入率をベンチマークとし、加入率の高い保険者の費用負担を軽減するべく、保険者間で財政調整が行われている。もっとも、国保に前期高齢者の約4分の3が加入し、前期高齢者加入率が突出して高いことから、財政調整という建前でありつつも、実際には、被用者保険から国保への財政支援として機能している。この財政支援を前期高齢者納付金といい、約3.6兆円ある。

財政調整の仕組みは、保険者の費用抑制インセンティブが組み込まれている利点があるものの、他方、次のような問題点を指摘できる。一つは、前期高齢者の加入率のみをベンチマークとし、保険者の収入の多寡を問うていないことである。これは、被用者保険から国保への過剰な前期高齢者納付金という形で表れている。本稿では、推計も交え、国保について前期高齢者と非前期高齢者(0〜64歳)とに収支を分けてみた。すると、前期高齢者の収入は保険料・公費・前期高齢者交付金の合計で約6.5兆円、支出は約6兆円、差し引き0.5兆円の余剰が発生している(2018年度)。これは、その分、被用者保険の前期高齢者納付金を抑制する余地があることを示唆している。

二つ目は、財政調整の対象費用に〈前期高齢者の医療給付費〉のみならず、〈前期高齢者に係る後期高齢者支援金〉まで含まれていることである。前期高齢者は、医療保険制度において、より若い世代と同様に後期高齢者を支える側と位置付けられ、後期高齢者支援金6.2兆円への応分負担を求められている。こうした〈前期高齢者に係る後期高齢者支援金〉の国保における金額は約0.7兆円であり、うち約0.5兆円は被用者保険からの前期高齢者納付金に依存している。〈前期高齢者に係る後期高齢者支援金〉まで対象費用に含める根拠は自明といえず、しかも、こうした複雑に入り組んだ構造は、社会保険が本旨とする負担と受益の対応関係を著しく損ねている。

三つ目は、二つ目と関連するが、〈前期高齢者に係る後期高齢者支援金〉の算出方法の妥当性である。2017年に算出方法が改められ、被用者保険内での垂直的再分配が導入された。相対的に財政力の弱い協会けんぽ支援と評価できる一方、社会保険料の本来的な姿から逸脱している疑念が残る。

四つ目は、政府からの保険者に対するアカウンタビリティー(説明責任)において改善余地があることである。前期高齢者納付金の額は保険者自らが計算する。その際、自保険の加入率や医療給付費など保険者固有の係数に加え、厚生労働省から毎年度通知される全保険者共通の係数が用いられる。その一つに「補正係数」がある。その値は、年々拡大、2018年度は納付金を1割増にするレベルに達しており、「補正係数」の本来的守備範囲と考えられる微調整の域をもはや超えている。現行の計算方法のもとでは、何らかの補正は必要であるものの、政府から保険者に補正係数を単に通知するだけでなく、変動理由が付されるべきであろう。補正理由を制度の改善に活かすことも可能なはずである。

こうした問題点の多くは1981年度以前の医療保険財政であればそもそも存在しない。前期高齢者の財政調整を含む高齢者医療費への財政支援は、1982年度の老人保健制度(後期高齢者医療制度の前身)導入が起点であり、1981年度とはその前年度にあたる。もっとも、現行制度を40年前の姿に戻すのも現実的ではなく、本稿では現行の前期高齢者の財政調整を所与としたまま、問題点のうちいくつかを是正していくためのポイントを考えた。その際の指針は、社会保険の本旨である負担と受益の対応関係重視(よって制度をより複雑にはしない)、および、現役世代の財政支援負担の抑制である。

ポイントの一つは、各保険者において前期高齢者と非前期高齢者それぞれの収支を区分経理することである。それによってはじめて財政調整の実態が正確に共有され、議論の出発点に立つことができる。二つ目は、現役世代に比べ総じて軽課されている前期高齢者の保険料負担および窓口負担それぞれの適正化である。保険料については、前期高齢者はほぼ全員が公的年金を受給していることから、年金収入により負担を求めていく方向での見直しが鍵となる。三つ目は、前期高齢者という定義の再考である。2021年4月、改正高齢者雇用安定法が施行され70歳までの雇用確保が努力義務ながら事業主に課されることとなった。その進捗なども見極めつつ、医療保険制度においても65〜74歳を前期高齢者と一括りにするのではなく、例えば69歳までは支える側に位置付けるなど、定義を見直していく必要がある。
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