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DXと心理的な壁

2021年03月23日 水澤 杏奈


 デジタルを活用してビジネスを変革しようとするDX(デジタルトランスフォーメーション)の実証実験が次々と始まっている。日本総研が進める「まちなかサービス」もその一つだ。郊外ニュータウンの移動課題を解決し、持続可能な住み継がれる街にアップデートをするため、ラストマイル移動サービスをはじめとしたモビリティサービスとコミュニティサービスをワンストップで提供することを構想している。今年度はコンソーシアムを形成し神戸市北区で実装に向けた事業性検証を進めている。私自身もその現場に立ち会ってきた。
 
 「まちなかサービス」の利用では、実証用に開発した「まちモビ☆アプリ」を使ってもらうことを想定している。地域生活にスマホを使ったデジタルサービスを導入する、いわばコミュニティのDXだ。スマホを持たない方のために一部電話を使った機能も準備したが、利便性と効率的な運用体制を目指し、アプリによる利用をメインとしていきたい考えだ。そのためには地域でのスマホとアプリ利用の浸透がカギとなる。すなわち、地域コミュニティのDXを前提として、スマホとアプリを通じた個々人のDXが必要になる、という想定だ。
 
 どのようにアプリの利用を浸透させていくか。まちなかサービスのユーザーは大きく3グループを想定していた。高齢者と、子どもおよび子育て世代だ。
 地域の高齢者のスマホ保有率は決して低くはない。しかし、せっかくスマホを持っていても、電話とLINE程度しか利用していないという方が想定以上に多く、スマホを使いこなせていない現実が浮かび上がってきた。高齢の方に「まちモビ☆アプリ」の利用を勧めても、到底自分には無理だと最初は固辞されてしまうケースも少なくなかった。
 ただ、説明会を開催して操作方法を説明し、一人ひとりに付き添って操作を練習するところまでやれば、「意外と簡単ね」とスマホの操作に自信をつけていかれる方も多く出てくることが分かった。
 また、身近なロールモデルも重要な役割を果たす。「まちなかサービス」では、地域の住民が立ち上げたNPO法人が住民サポートを行っているが、自分と同年代のNPO法人の高齢者がスマホをすいすい操作して説明している様子を見て、自分でもできるかもしれないと勇気づけられた高齢利用者のケースも多くみられた。
 
 子育て世代はスマホやアプリ自体の操作は問題ない。ただ、サービスの存在は知っていてもなかなか利用に踏み切れないという方が多く見受けられた。移動サービス=高齢者向けのサービスと思う方も多かったようだ。それが、駐車場の少ない児童館に行くのには、実は便利なサービスだというような実際の利用者の声が伝わると、新たに利用を始める方が出てきた。口コミや説明会で、具体的に自分たちの年齢層でも利用できるシーンがあることが共有され利用が促される結果となった。やはり、コミュニケーションが非常に重要な要素となっていることが実感として分かった。
 
 つまりデジタル技術を生かしたサービスを地域に導入し住民に使ってもらうには、デジタル以前のコミュニケーション、人間の力が必要になるということだ。企業や行政は、サービスやシステムを用意さえすれば使ってもらえると思いがちだ。確かに広域で考えれば、説明がなくとも使える層が一定数確保できるかもしれないが、特定の地域で考えた場合、母数が少ないため、使えない人を置き去りにするとサービス自体が成り立たない。
 だからこそ、システムサイドだけに目を向けるのではなく、どうすれば想定ユーザーに利用してもらえるかを想像し、そのための仕掛けや働きかけを用意して、利用できる人を一人でも増やしていく地道な努力がカギになるのだ。
 スピードが速いDXの世界では、ともすればシステムを開発し、サービスをローンチすればあとは順調に普及していくだろうという幻想を抱きがちだ。だが、実践を通じて痛感するのは、実態はそれほど単純ではないということだ。導入には、スマートの対極にある人の手やあえての必要となる人間味に目を向けていかなければならない。


※記事は執筆者の個人的見解であり、日本総研の公式見解を示すものではありません。
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