JRIレビュー Vol.2,No.86
2018年度からの国民健康保険は何が変わったのかー都道府県単位化の実態
2021年02月19日 西沢和彦
2015年5月、国民健康保険改正法が成立、2018年度から施行されている。本稿の目的は、その実態に迫ることにある。2015年改正は、国民皆保険成立以来約50年ぶりの抜本的改革とも形容され、その柱は、①国民健康保険(国保)の都道府県単位化、②国保運営の市町村から都道府県への移行などと説明されている。もっとも、国保の構造はもともと複雑であるうえ、2015年改正は、都道府県を市町村との共同保険者と位置付けるなど、その実態が掴みづらい。果たして、2015年改正は名実ともに抜本的改革と呼べるのであろうか。都道府県単位化とは一体何を意味しており、市町村から都道府県への移行という説明は正しいのだろうか。
2015年改正の実態に迫るためには、改正前の2017年度と改正後の2018年度の国保の財政運営を比較する必要がある。2015年改正の狙いを政府は国保の財政基盤強化や保険者の集約などと説明している。改正前後の最大の相違は、2017年度まであった保険財政共同安定化事業が2018年度に姿を消したことである。しかし、内容を吟味すると、実は改正前後で財源構成の骨格は変わっていないことが明らかになる。この点を説明すると、以下の通りである。
保険財政共同安定化事業とは、医療費のうちレセプト1枚80万円以下の部分(国保の医療費の約8割)を対象とした都道府県内の再保険事業のことを指す。ここで、レセプトとは医療機関から保険者に対する1カ月単位の診療報酬請求書である。
市町村は、都道府県ごとの連合会(国保連)にいったん拠出金を納め、国保連はそれを原資に市町村に医療給付に必要な資金を交付する。拠出金の計算方法に妙があり、市町村自らの医療給付費実績に応じた部分(医療給付費実績割)、被保険者数に応じた部分(被保険者割)、および、所得水準に応じた部分(所得割)で構成される。医療給付費実績割で負担と受益を対応させつつ、負担と受益の対応の裏返しともいえる市町村格差を被保険者割と所得割で緩和していた。
2018年度から、市町村は引き続き保険料率を決定(賦課という)・徴収し、それを(国保連ではなく)都道府県に納め、都道府県はその納付金に公費および被用者保険からの財政支援である前期高齢者交付金を加え、市町村が保険給付に必要な資金を交付する仕組みへと改められた。納付金は、やはり市町村自らの医療給付費実績に応じた部分、被保険者の人数に応じた部分、および、所得水準に応じた部分で構成される。こうしたスキームは、2017年度をもって姿を消したはずの保険財政共同安定化事業と酷似している。
しかも、2018年度からの仕組みは、納付金を算出する際の医療給付費実績にリスク構造調整が導入され精緻化が図られている。一般に年齢が高くなるにつれ医療費は高くなる。保険財政にとっては年齢というリスクである。よって、年齢構成の異なる市町村どうしの医療給付費を単純に比較しても、医療費抑制に向けた取り組みや医療機関の充実具合など市町村の真の実力は評価できない。そこで、2018年度からは、そうした年齢構成の差を調整した医療給付費を納付金算出に用いることとされた。これはドイツやオランダなどで採用されているリスク構造調整のシンプルな形態である。
このように、保険財政共同安定化事業は、2015年改正によって姿を消したはずだが、実は精緻化が施されながら存続していると捉えるのが妥当である。実際、本稿では、2017年度と2018年度の市町村ごとの保険料を調べたが、ほとんど変わっていない。すると、2015年改正の規模に関する形容や非連続的な変化が起きたかのような説明も修正を迫られるであろう。もっとも、財務省や経済財政諮問会議に代表されるように、納付金を算出する際、医療給付費実績を勘案すべきではないとの主張もある。
その場合は、リスク構造調整も無に帰し、共同保険者とは言っても、都道府県の責任が増すことになる。
国保の在り方は、地方自治体や財政当局はもちろん、財政支援の出し手である被用者保険にとっても重要な問題である。2015年改正の実態をより正確に捉えたうえで、幅広い参加者による一段の議論が不可欠である。
その際のポイントは、第1に、リスク構造調整の精緻化である。年齢のみならず性別などのリスク要因を加えることで、市町村間の医療費水準の比較がより公平なものとなる。
第2に、納付金を算出する際、医療給付費実績を勘案すべきではないとの考え方の検証である。都道府県内でも医療機関へのアクセスに地域差があり、共同保険者の前提をとるもと、こうした考え方は自明ではない。
第3に、最終的な財政責任すなわち一体誰が支払い責任を負うのかを明確にすることである。2015年改正によって、都道府県が財政運営において中心的役割を果たすこととされたが、それは、日本年金機構が年金制度運営を担っているように、運営のみを指しているようにも解釈できる。