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JRIレビュー Vol.12,No.84

求められる「高等教育と就業の接続」の改革の方向性-産官学一体で「日本版DA(在学中訓練)」の導入を

2020年10月12日 下田裕介


わが国における学生の採用・就職、雇用を巡っては、ここ数年、新卒採用が「超売り手市場」と呼ばれるなど、表面的には良好な状況が続いてきた。もっとも、実態は、就職後の早期離職とその後の非正規雇用に陥る学生が、いまもなお一定程度存在している。これは、大学進学率の上昇による「高等教育の大衆化」が進むなか、今日に至るまで「高等教育と就業の接続」が不十分なことが背景にある。

一方、欧米諸国では、社会から高等教育機関に対して、それぞれの職務・職種で求められる能力を学生に身につけさせることが期待されるなか、それに応じる形で「高等教育と就業の接続」の取り組みが進んでいる。そこで、職務が定まった「ジョブ型」の雇用システムのもと、教育や就業の制度や環境がそもそもわが国とは大きく異なる点には留意が必要だが、本稿では、若年雇用対策で様々な経験を積んでいる欧州の取り組みを検討した。

一口に欧州といっても、国により取り組みの度合いは異なる。マイスター制度の長い歴史を持つドイツやデンマークなどは、政労使の協調関係が特徴的で、従前より、「ジョブ型」雇用を前提とした職業教育における教育機関と企業の連携が進んでいる。一方、イギリスは、歴史的な経緯が異なることもあり、比較的近年になって「高等教育と就業の接続」を強める新たなプログラムを打ち出し、大学・企業・国が一体で取り組んでいる。こうした姿勢は、わが国が抱える課題の解決を目指すうえで示唆に富む。

イギリスでは、1960年代から、他国同様にスタグフレーションが深刻化した1970年代にかけて、職業教育訓練が本格的に実施された。そして、1980年代以降は、時代の変化や雇用主のニーズに合わせて、職業教育訓練や資格の枠組みをブラッシュアップしてきた。

さらに、イギリスでは近年、エンプロイアビリティ(雇用され得る能力)を高めるため、アプレンティスシップ(徒弟)制度が重視されている。そのなかでDegree Apprenticeship(在学中訓練、以下DA)は、「高等教育の大衆化」が進んでいることを鑑み、①高等教育と実践的な職業訓練を同時に受けられる、②企業がプログラムに口を出し、働く場と機会を提供し(手を出し)、そしてカネも出す、といった特徴を持ち、政府が大学や企業と一体となって職業教育、人材教育に関与し、就業を後押しするとともに、国全体の競争力強化につなげていこうとする姿勢がみてとれる。実際には、成長著しいデジタル分野や文系のビジネス分野にもDAが広がっていることや、日系も含め幅広い企業がプログラムに参加するなど注目すべき点は多い。また、見習い生、大学、企業のそれぞれの立場において総じて高い評価が確認できる。

わが国では、円滑な就業を図る目的で用意されたツールや制度として、ジョブ・カード制度や公共職業訓練がある。もっとも、これらは大学に進学しない高卒層を事実上の対象としたままとなっているほか、経済・社会の変化への対応が遅れている面もあるのが実情である。

以上を踏まえると、諸外国と同様、高等教育の大衆化が進むわが国においては、いまや大勢を占める大学生を対象とする職業教育を強化する必要がある。大学・企業・国が一体となり、イギリスのDAにもならいつつ、職業教育、人材教育の枠組みを用意し、「高等教育と就業の接続」を強めていくことが欠かせない。具体的には、企業が口を出し、実際に働く場で実践的な職務に取り組む機会を提供するとともに、プログラムの運営におけるコストも一定程度負担することが求められる。

新型コロナ問題で産業構造が大きく変わる可能性があるいまこそ、企業の競争力を高め、国の持続的成長につなげるとともに、学生や社会人の人生を豊かにし、“レジリエント”な(弾力性、柔軟性に富む)人材育成に向けた改革が求められている。
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