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国際戦略研究所 研究員レポート

【中国情勢月報】中国は米中対立をどう見ているか

2020年08月31日 副理事長 高橋邦夫


2017年米国にトランプ政権が誕生した直後、筆者が意見交換した中国の研究者の多くは、将来の米国との関係を楽観視していた。それは、大統領選挙中の言動から、ビジネスマン出身のトランプ大統領は米国の経済的利益を重視する傾向が強く、歴代大統領と違い人権問題などは重視せず、中国がボーイング機や農産品を大量に購入すれば、米国との間の問題は大方片づくであろうとの中国なりの判断に基づくものであった。
しかし、現実には、「米国の経済的利益」を重視するが故に、トランプ大統領は大幅な対中貿易赤字を問題視し、その解決の手段として米国が輸入する中国製品に2018年から4回にわたり「制裁関税」を課し、中国もその都度対抗措置として米国からの輸入産品に対する関税を上乗せした。

両者のせめぎ合いは、その後貿易の枠を越えて、ファーウェイ(華為)製品に代表されるハイテク分野などにも広がったが、累次の協議を経て、今年1月に漸く「第1段階の合意」に達し、双方は一種の「休戦状態」に入るものと思われた。
そこに突然生じたのが新型コロナウイルスの感染拡大問題である。当初、専門家の中には、世界が直面するコロナ禍に対し、米中を含む各国が共同で対処する姿を描き、それが米中対立を緩和の方向に向かわせるのではないかとの希望的観測をする者もいたが、実際には、最初に感染が確認されたのが中国であったことから、米国は中国当局の初動対応の誤りが世界的な感染拡大を招いたと批判し、今やその批判は中国共産党の一党独裁体制にまで広がっている。

こうした経緯を踏まえつつ、7月に双方総領事館の閉鎖にまで至った米中関係の現状を、中国側の外交責任者が最近相次いで明らかにしている米中関係に対する論考・発言なども紹介しつつ考え、更には中国外交全体についても見ることにしたい。

1.複合的・重層的に絡み合う対立

このひと月、米中の対立はいくつかの事象が複雑かつ重層的に絡み合って展開した。「香港国家安全維持法」導入後の香港を巡る動き、米中双方による相手国総領事館の閉鎖要求、更にポンペオ米国務長官の中国批判演説などがそれである。これらについて、まず概観しよう。

(1)香港を巡るその後の動き―立法会選挙の延期

香港返還23周年の記念日を翌日に控えた6月30日の晩に、中国は香港への「国家安全維持法」導入を決め、更にそれを執行するための機構(国家安全維持委員会、国家安全維持公署)の設立、実施細則の決定などを矢継ぎ早に行った。これに対し、欧米諸国が反発、更にそれに中国も再反発と、このひと月、香港を巡って状況はめまぐるしく動いた。

こうした様々な動きの中で、最も大きな驚きをもって受け止められたのは、7月31日、林鄭月娥(キャリー・ラム)行政長官が、最近の香港における新型コロナウイルスの感染再拡大を理由に、今年9月6日に行われることになっていた立法会選挙を、来年9月5日まで1年間延期すると発表したことであろう。更に、その後、事前に香港政府から選挙延期に関する報告を受けた中国政府が7月29日には選挙を延期することを了承しており、それらから中国が香港政府と用意周到な準備の下、選挙の延期を決めた状況が明らかになった。

では、何故7月18日から選挙の立候補者登録まで始めておきながら、立法会選挙を延期したのであろうか。日本の報道の中には、一般的に不人気の「香港国家安全維持法」が導入されてから間もない9月に立法会選挙を行うことは、親中派立候補者にとり不利であると判断したためとの見方があった。筆者は、確かにそうした考慮はあったかもしれないが、それ以上に、米国を中心とする欧米諸国との「正面衝突」を避ける目的から立法会選挙の延期を決めたと考えている。筆者がそう考えるのは、仮に当初予定通り、今年の9月6日に立法会選挙を行った場合、その結果がどうであれ、いずれにせよ世界、とりわけ西側諸国の注目を浴び、それが中国と西側諸国の間の新たな摩擦の火種にもなりかねない。特に、11月の大統領選挙を間近に控え、現状では不利な状況に置かれているトランプ大統領は、香港問題への介入・関与で支持を集めようとしかねず、そうなれば米国と不必要な摩擦・対立に陥る可能性が出てくる。中国は、こう考えたのではないだろうか。

そうした中国の考え方を間接的に示すのが、立候補を認められなかった現職議員の扱いに対する全人代常務委員会の決定であり、また「香港国家安全維持法」違反容疑で逮捕した民主派関係者10名を翌日に保釈した事実である。それぞれについて説明すると、選挙延期を発表する前日の7月30日に香港選挙管理当局が立候補を認めないと発表した12名の民主派の立候補希望者のうち4名の現職議員について、選挙延期に伴う議員資格(注:香港基本法では、立法会議員の任期は4年と定められている)の問題に中国側がどう対応するか注目された。当初、全人代常務委員会は、これら4名の現職議員の任期延長を認めない可能性が高いと見られていたが、結果的には全人代常務委員会は4名の任期延長を他の議員同様に認めた。また、後者の『蘋果日報』(アップル・デイリー紙)創業者の黎智英(ジミー・ライ)氏や日本でも有名な周庭氏など10名の民主派関係者の「香港国家安全維持法」違反容疑での逮捕は、日本を含む各国に驚きを与えたが、その後香港政府は逮捕した10名を翌日の11日深夜には保釈した。これらの対応からは、中国国内あるいは香港に対しては毅然とした対応を見せつつ、米国を中心とした西側諸国とは不必要な摩擦・対立は避けたい、との中国の思惑が透けて見える。

(2)双方総領事館の閉鎖

米国務省は、7月21日、知的財産権及び米国市民の個人情報を守るためとして、1979年の米中外交関係樹立直後に開館されたヒューストンの中国総領事館閉鎖を72時間と時間を区切って中国側に要求した。これを受けて、中国政府も対抗措置として、7月24日、成都にある米国総領事館の閉鎖を求め、それぞれの総領事館が閉鎖された。一般的に見て、総領事館閉鎖は、外交的には極めて異常な事態である。米ソが対立した冷戦時代以来、スパイ活動容疑や、相手国に対する不快感の表明として、大使館・総領事館の特定の館員を「好ましからぬ人物(ペルソナ・ノン・グラータ)」として国外退去を求める事例は何度も生じている。しかし、在外公館そのものの閉鎖を求めるということは、極めて異例である。

米国政府が、これまでのように米国の企業・研究所などから知的財産を盗んだ特定の個人に着目せず、どのような証拠・論理に基づいて中国総領事館そのものの閉鎖を求めたかは不明であるが、いずれにしろ今回の米国の対応は極めて政治性の強い行動であると言えよう。

(3)ポンペオ国務長官の演説

現地時間7月23日、ポンペオ国務長官がカリフォルニア州のニクソン大統領記念図書館で、対中政策に関する演説を行った。この演説でポンペオ長官は、1971年のキッシンジャー大統領補佐官(当時)の秘密訪中以降、歴代米政権は中国をエンゲージ(関与)させていく政策をとり、それにより中国を建設的なパートナーとすることに努めて来たが、今日の中国を見れば、そうした「関与政策」は失敗であったと断じた。更に中国国民と中国共産党を区別し、自由を愛する中国の人々をエンゲージし、強力にする必要があると述べる一方、中国共産党はマルクス・レーニン主義の体制であり、習近平総書記は破綻した全体主義のイデオロギーの真の信奉者である、と中国の元首を名指しで批判した。ちなみに、ポンペオ長官は、外交上のマナーである相手国指導者の「対外的肩書」(この場合は「国家主席」)を付けて言及するのを敢えて避けて、習近平国家主席の中国共産党内での肩書である「総書記」との肩書を一貫して使用した。

このポンペオ演説に対し、まず7月28日フランスのル・ドリアン外相との会談で、王毅・国務委員兼外交部長が「国と国との最低限の儀礼を失わせ、国際準則の最も基本的なボトムラインを突破している赤裸々な強権政治」、「既に歴史のごみ箱に投げ入れられたマッカーシズムが捲土重来を期そうとしているのを見るがごとき」などと酷評した。更に、暫く間を置いて、8月25日付『人民日報』は丸々紙面3ページを使って、「ポンペオの中国関係演説の満腔の嘘と事実・真相」と題し一問一答形式で計26問にわたり、ポンペオ演説を微に入り細にわたり批判・反駁した。その際、単に中国側の反論を述べるだけでなく、傍証として米国・第三国の有識者の発言やデータを引用している。

このように見てくると、中国は米国の対応に厳しく反応しているが、それが余り過激にならないよう抑制された態度を取っていることも見て取れる。そうした中国の反応は、最近発表された中国の外交責任者の発言・論稿などからも見て取れるので、次にそれを紹介した上で、現在中国が対米関係をどうしようとしているのか、推測してみたい。…

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