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【宇宙】軌道上ネットワーク・データ処理技術の高度化が実現する「衛星コンステレーション2.0」の世界

2020年08月14日 通信メディア・ハイテク戦略グループ 片桐佑介 佃一樹


要旨
●近年、地上のネットワーク・データ処理の技術や考え方を軌道上で実装するという動きが各所で見られるようになってきた。
●地上での技術や考え方を衛星コンステレーションに実装することで、従来のものから高度化された新たなコンステレーションの姿である「衛星コンステレーション2.0」の世界が見えてくる。


はじめに
 データセンターなどにおける、一般的な地上のネットワーク(以下、NW)・データ処理においては、各種機能の仮想化やソフトウェア定義ネットワーキング(以下、SDN:Software-defined Networking)、マルチアクセスエッジコンピューティング(以下、MEC:Multi-access Edge Computing)などの技術がここ数年のトレンドであり、今では通信キャリア、企業、自治体のNWにとって必要不可欠なものとなりつつある。
 一方、人工衛星をベースとした軌道上(宇宙空間)でのNW・データ処理についても、地上のものと同様の考え方が適用されはじめている。例えば、仮想化やSDx(※1)の考え方を衛星に適用した「ソフトウェア定義衛星/ペイロード」のコンセプトは各所で提唱されており、民間企業を中心に実証が進められている。その他、複数の衛星群(衛星コンステレーション(※2))を用いて、衛星で取得したデータを軌道上で保存・処理したりするデータセンター・MEC的な考え方も現れてきている。このように軌道上での衛星ベースのNW・データ処理についても、地上でのトレンドと同様に高度化の兆しがあることが分かる。
 本稿では、軌道上での衛星ベースのNW・データ処理の高度化の動向やその特徴を踏まえた上で、これらが実用化された場合に考えられる将来の衛星コンステレーションの在り方を考えたい。

軌道上でのNW・データ処理関連技術の動向
 これまで軌道上では、宇宙空間で利用可能な機器の制約から、NW・データ処理に関しては限られた性能しか備えていなかった。しかし、耐放射線性半導体の小型化・高性能化に伴い、軌道上のNW・データ処理技術についても高度化が可能となってきた。特に近年では、「仮想化」「SDN」「MEC」(※補足)といった地上での技術トレンドを取り込むかたちで高度化が図られている。以下、軌道上での注目技術・コンセプトである「人工衛星の仮想化」と「軌道上データセンター・MEC衛星」について、その特徴や実証状況について紹介したい。

◇人工衛星の仮想化
 従来、人工衛星は一品一様であり、その機能はハードウェアに依存していた。この場合一度の打ち上げに対して一つのミッションが割り当てられることになり、10~15年という長い運用期間にミッション内容を変更したり、機能を変更・更新したりすることはできない。昨今の事業環境の変化の早さを鑑みると、こうした機能の柔軟性の低さは致命的な課題といえるであろう。
 こうした課題を受けて提案されはじめたコンセプトが「ソフトウェア定義衛星/ペイロード(Software-defined satellite/payload)」である。これは仮想化やSDNの考え方を人工衛星に適用したものであり、衛星の機能を仮想化、ソフトウェア的に実装することにより、衛星のハードウェア依存から脱却し、その柔軟性を確保しようとするものである。また、仮想化した衛星をNWノードの一部として機能させることで、地上NWと衛星NWを統合した形での動的なNW制御も可能となると考えられる。
 上記のような衛星仮想化のコンセプトは各所で実証され始めており、米航空宇宙大手ロッキード・マーチン社の「Pony Express」(※3)や英航空宇宙大手エアバス社の「Onesat」(※4)が代表的な先行事例となっている。例えばエアバス社のOneSatは軌道上で再構成可能な通信衛星であり、柔軟性の高さ(カバレッジ、出力、周波数/帯域幅が可変)、ハードウェアの標準化・モジュール化による低コスト化・短納期化といった点が訴求されている。なお、同社はすでに英インマルサット社や豪オプタス社からOneSatの受注を獲得している。

◇軌道上データセンター・MEC衛星
 一般的に、観測(リモートセンシング)衛星で取得したセンシングデータは地上局に送信(ダウンリンク)され、地上局でデータの保存・処理が行われた後にエンドユーザーに配信される。従来の単機体制での衛星運用の場合は、取得データの量が限られているため、このアーキテクチャで特に問題はなかった。しかし、今後主流になるであろう複数機体制での運用(衛星コンステレーション)においては、取得するデータ量が爆発的に増加するため、ダウンリンク部の帯域幅が不足することが懸念されている。この増大するデータトラフィックに対応できなければ、ダウンリンク部が衛星データ利用のボトルネックとなり、コンステレーションから生成されるビッグデータによる恩恵を十分に享受できなくなってしまうおそれがある。
 こうした課題を背景に提案されているコンセプトが、軌道上データセンターおよび人工衛星をエッジノードとしたMECである。前者は軌道上に配置された衛星をサーバーとして利用、軌道上のデータセンターとして機能させる考え方であり、後者はこれらの衛星を用いて取得データをその場で処理するというものである。すなわち、時々刻々取得される膨大な衛星データを、ダウンリンク前に(一部)軌道上データセンターおよびMEC衛星で保存・処理することで、ダウンリンクへの負荷が低減可能となるのである。また、複数のMEC衛星を用いて分散処理を行うことにより軌道上のコンピューティング能力が向上し、より高度な処理も実行可能となる。
 具体的な取り組みとしては、米航空宇宙スタートアップOrbitsEdge社が同コンセプトの実現を目指しており、ヒューレット・パッカード・エンタープライズ(HPE)と提携するなどして、2021年後半の打ち上げおよび軌道上データセンター構築に向けて歩みを進めている(※5)

「衛星コンステレーション2.0」が変える衛星開発・利用のかたち
 ここまで軌道上のNW・データ処理関連の技術を紹介してきたが、これらの多くは衛星コンステレーションへの適用を前提としているものが多い。従来のコンステレーションは、複数機体制による高い時間分解能がその主な特長であったが、ここまで確認してきたような技術がコンステレーションに実装されれば、さらに高度化された新たなコンステレーションの形が実現されるであろう(ここではこれを「衛星コンステレーション2.0」と呼ぶ)。この「衛星コンステレーション2.0」は従来の特長に加えて、さらに「処理能力」「柔軟性」「NW機能」といった点で高度化されたものになると考えられる。実際に同様のコンセプトを提唱し、実証を試みている海外のAI系スタートアップも現れてきており(※6)、こうした高度な衛星運用が可能となる日も近いかもしれない。

 さて、このような「衛星コンステレーション2.0」が実現された暁にはどのような変化がもたらされるであろうか。衛星の開発と利用の双方の視点から、その変化を考えてみたい。
 まず、衛星開発の視点からは、ソフトウェアの重要性が増すという点が大きいであろう。衛星の仮想化が進めば、その価値の重みがソフトウェア側に移っていくことは避けられない流れとなるはずである。また、衛星の仮想化とコンステレーションの拡大に呼応して、ハードウェア部の標準化や大量生産が進展し、そこでデファクトを獲得するプレーヤーが現れる可能性もあろう。
 一方、衛星利用の視点からは、衛星利用のハードルの低下と利便性の向上という点が大きいであろう。まず、ハードウェア部の標準化や大量生産が進むことで、衛星自体の低コスト化・短納期化が期待できる。衛星の開発コストの高さやリードタイムの長さは近年改善されつつあるものの、エンドユーザーにとっては依然として大きな障壁となっているため、低コスト化・短納期化は利用ハードルという点では大きなインパクトを与えると考えられる。利便性という観点では、ソフトウェア的に衛星の機能が自在に実装・変更できるようになれば、地上でのニーズに柔軟かつ素早く対応できるようになり、アズアサービス的な衛星利用も可能となるかもしれない。また、センシングデータをコンステレーション衛星群で即時に分散処理し、地上局を介さずに配信することができるようになれば、エンドユーザーはリアルタイム性の高い加工済みデータを取得可能となり、衛星データの利用の幅はさらに広がるであろう。

おわりに
 本稿では、軌道上での衛星ベースのNW・データ処理の技術動向およびそれらが実現する将来の衛星コンステレーションの姿について考察を行った。今回示したような「衛星コンステレーション2.0」のコンセプトは、実現されれば衛星の開発と利用の双方に多大な変化や便益をもたらすと考えられるが、一方で、実際にどこまで実現可能かはまだまだ不確実な要素が大きい。ただし少なくとも、同コンセプトの実現はレガシーな宇宙系企業(が有しているリソース)だけでは難しく、技術や人材、ノウハウ、開発手法などにおいて幅広い業種の協力が必要となるということは留意しておかなければならない。そのような意味では、今後、異業種企業や人材がどれだけ宇宙分野に参入してくるか/できるかが、こうした新たなコンセプト実現へのカギとなってくるであろう。


(※1)SDx(Software-defined everything)とは、ソフトウェアで定義されるものの総称。SDNの他、SDS(Software-defined storage)、SDDC(Software-defined data center)などがある。
(※2)衛星コンステレーションとは、複数の衛星群を一体のシステムとして運用する方式。単機体制での観測と比較して観測・通信頻度(時間分解能)が向上する、冗長性を確保できるといったメリットがある。米スペースX社の「Starlink」が有名。
(※3)ロッキード・マーチン社ウェブページ「Lockheed Martin Launches First Smart Satellite Enabling Space Mesh Networking(2020年1月)
(※4)エアバス社OneSat紹介ページ
(※5)TechCrunch「冷却能力と太陽光発電に優れる軌道上データセンターの実現に向けHPEがスタートアップと協業(2019年12月)
(※6)ViaSatellite「Hypergiant Collaborates with US Air Force on Reconfigurable Constellation(2020年7月)
 2020年6月、米AI系スタートアップのHyperGiant Industries社は、米空軍とパートナーシップを締結し、衛星コンステレーション「Chameleon Constellation」の開発に取り組んでいる。軌道上でソフトウェアを更新することで機能を変更・更新することが可能であることから「Chameleon(カメレオン)」という名が冠されている。この衛星群にはAIや機械学習機能が搭載され、軌道上での分散処理が可能になるとされるほか、通信や観測など状況に応じてリアルタイムに機能を柔軟に変更できるという。同社の最初の打ち上げは2021年を予定しており、最終的には24~36機体制での運用になるとしている。

(※補足)地上でのNW・データ処理関連技術の動向
近年、各種NW・データ処理に幅広く適用されつつある「仮想化」「SDN」「MEC」の主要3技術について、その特徴やメリットを確認する。
◇仮想化
仮想化とは、物理的ハードウェアを論理的に分割/統合してソフトウェア的に機能させる技術の総称であり、この技術はサーバー、ストレージ、データセンター、NWなどに適用されている。ハードウェアを仮想化させることで、コスト低減、リソースの有効活用、冗長性確保などが可能となる。
◇SDN
SDNとは、NWを仮想化して、一元的に管理、動的に制御するという技術の総称である。OpenFlowなどの方式でSDNを実装することにより、NW構成や設定をシンプルかつ柔軟に変更することが可能となる。
◇MEC
MECとは、データソースの近くに配置されたエッジノードにおいてデータを保存・処理する技術である。エッジでデータを処理することにより、データ処理の低遅延化やデータトラフィックの最適化が可能となる。

※記事は執筆者の個人的見解であり、日本総研の公式見解を示すものではありません。
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