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コロナ禍における訪問看護ステーションの課題と対応策の方向性

2020年07月17日 石田遥太郎、高橋孝治


■医療の在宅シフトで重要性が高まる訪問看護ステーション
 厚生労働省は2015年より全国の都道府県に地域医療構想の策定を義務付け、病床数の削減に取り組んできた。背景には、医療費の削減や住み慣れた家で過ごしたいと考える患者本人や家族の意向を実現する意図がある。病床数の削減は、療養期にある患者を病院から在宅へ移行させることを意味する。
 こうした流れの中で、在宅医療の最前線を担う訪問看護ステーションの役割はますます重要になる。事実、この10年で全国の一般病床の平均在院日数は短くなる一方で、訪問看護サービスの利用者は増加している。これに伴い、訪問看護師数も増えているが、厚生労働省は2025年時点で必要となる訪問看護師数を約12万人と試算しており、現状のままでは供給が不足することが予想されている。



 需要増に対して訪問看護師の供給が追い付いていない背景には、次のような要因がある。
 第一は、教育プロセスの問題である。訪問看護ステーションの利用者は、病院を利用する患者と異なり、疾病、年齢ごとに分類されていない。そのため、訪問看護師には子どもから高齢者まですべての利用者に対応することが求められる。したがって、訪問看護師は、病院勤務の看護師に比べ、専門的な知識や経験を広範囲に深める必要がある。
 しかし、病棟に勤務する看護師であっても専門領域に精通するには数年かかるのが一般的であり、あらゆる領域を網羅することは容易ではない。また、看護師が成長するためには、先輩看護師や同僚からのOJTが欠かせないが、6割程度の訪問看護ステーションにおいて、所属する看護師が5人未満であると言われており、チームとして教育する体制が整っていない。医療依存度の高い在宅療養患者が増え、在宅医療がますます高度化する中、一人前の訪問看護師を育てることは容易ではないと考えられる。
 第二には、経営面の課題が挙げられる。全国の訪問看護ステーションの収支差において、全体の3割程度の事業所は赤字とみられる。また、訪問回数200回以下、常勤換算職員数4.5人より少ない事業所が赤字となっており、訪問回数や職員数が少ないところほど、経営は厳しい状況にある。



■コロナ禍が訪問看護ステーション運営へ及ぼす影響
 このように在宅医療における訪問看護の必要性は高まっているが、小規模で経営基盤の脆弱な事業所が多く、サービスの持続的な提供に課題がある。そのような中でコロナ禍が生じたことにより、感染防止の観点から、利用者の利用自粛や、訪問看護ステーション側のサービス制限が行われており、さらに経営を圧迫している。
 一般社団法人訪問看護支援協会が訪問看護ステーションの所長を対象に実施した調査によると、図表3に示す通り、「経営状況への不安を強く感じている」あるいは「感じている」の割合が全体の90.2%、売上5%以上の減少が「すでに減少している」あるいは「今後見込む」割合が全体の39.1%、ということが明らかになった。図表4に示す通り、2~3割程度のステーションで「訪問回数の減少」や「訪問時間の減少」させていることも影響していると考えられる。
 なお、同調査は4月に実施されたが、介護報酬は2カ月遅れて入金に反映されるため、現時点では資金繰りの問題がより顕在化していることが考えられる。こうしたコロナ禍による経営悪化が引き金となり、今後は、廃業する事業所の増加、ひいては、訪問看護が必要な利用者へのサービス提供が停止してしまうことも懸念される。
 また、調査結果で「緊急融資や補助制度を知らない」という回答が約4割であったことにも注目したい。先に、従業員数の少ないステーションほど赤字になりやすいことに触れたが、小規模なステーションは所長自ら訪問のシフトに入っていることは少なくない。現場の業務に追われる状況の中、緊急融資や補助制度などの金策に費やす時間や労力が十分確保できていないことがうかがえる。



 また、職員の安全確保についても懸念がある。病院でクラスターが散発していることからも分かるように医療専門職にとってもコロナウイルスの感染力は脅威である。組織的な感染対策が取りやすい病院に勤務する看護師でさえ、いつ自分がコロナウイルスに感染してもおかしくないという不安に駆られ退職を考えることがあると聞く。
 訪問看護師の活動の場は利用者のご自宅であり、訪問看護師が利用者やご家族が(当人が自覚しないうちに)コロナ感染をしているかもしれないという恐怖を感じながら訪問看護に従事していることは想像に難くない。しかし、現状、訪問看護師に手厚い保証があるわけではなく、使命感と高い倫理観に支えられてサービスを提供し続けている状況である。

■コロナ禍・アフターコロナを見据えた取り組みの方向性
 これまで述べたように、多くの訪問看護ステーションでは従業員が少なく小規模で、教育・サポート体制が整備されていない状況であったところに、コロナ禍が生じたことで、訪問が減少し、売り上げも減少するといった問題が生じている。また、実際の訪問においては、看護師の危険が伴うが十分なフォローがなされていない。 
 コロナ禍であっても訪問看護サービスが安定的に供給されるためには、短期的な対策の整備が急務であるが、第2波、第3波に備えた中長期的な対応を検討することも必要である。

短期的な取り組み(目下のコロナ禍への対応)
①緊急経営支援策の浸透、理解促進
 短期的に何より重要なのは、事業所の経営破綻を防ぐことである。これには、緊急融資や補助制度を知らない約4割の訪問看護ステーションへの緊急支援策の周知が欠かせない。これらの緊急施策については、政府・自治体のホームページや広報誌での周知がなされているが、公開情報をキャッチする余裕が無い事業者も多いと考えられる。こうした事業者向けには、業界団体からのアナウンスが頼みの綱である。各業界団体もホームページ等で情報発信しているが、日々更新されるコロナ関連の情報の中で埋没してしまっている可能性もある。
 これらの情報について、各事業者がキャッチアップしていくことは勿論のこととして、各業界団体等による特設サイトの設置や分かりやすい説明資料の補足など、より現場に伝わりやすい工夫が必要であろう。

図表5:訪問看護ステーションが利用可能な経営支援制度の例


制度(1):新型コロナウイルス感染症緊急包括支援事業(医療分)(厚生労働省)
・都道府県を主体とし、新型コロナウイルス感染症への対応として緊急に必要となる感染拡大防止や医療提供体制の整備等を目的とした、補助または助成が実施されている。
制度(2):新型コロナウイルス感染症緊急包括支援事業(介護分)(厚生労働省)
・都道府県を主体とし、新型コロナウイルス感染症への対応として、最大限の感染症対策を継続的に行いつつ、必要な介護サービスを提供する体制を構築することを目的とした補助または助成が実施されている。
制度(3):IT導入補助金2020(経済産業省)
・業務効率化・売上アップをサポートするための補助金に、新型コロナウイルス感染症予防の動きを後押しするための特別枠(C類型)が創設された。
制度(4):セーフティネット保証5号(経済産業省)
・経営に支障を生じている中小企業に対して、信用保証協会が通常の保証限度額とは別枠で借入債務の80%保証を行う制度。訪問看護ステーションが救済対象として追加された。
制度(5):新型コロナウイルス感染症に係る介護サービス事業所等に対するサービス継続支援事業(石川県)
・訪問看護ステーションを含む介護サービス事業所・介護施設等が、コロナウイルスの感染機会を減らしつつ、必要な介護サービスを継続して提供するための事業。通常の介護サービスの提供時では想定されない、かかり増し経費等(消毒費用、衛生用品の購入等の物件費のほか、人件費、手当等も対象経費に含む)に対して支援を行う。


②ICTの活用による在宅状況の把握
 人的サービス中心でアナログな部分の多い訪問看護の業界であるが、コロナを契機として、ICTの活用を進めるべきである。特に、訪問看護の利用者は疾患を抱え、重症化リスクが大きい人が多いだけに、コロナ禍においては利用者の状態をこれまで以上にきめ細かく把握することが重要である。これには、オンライン会議システム(Skype、ZOOM等)や高齢者情報連携関連システム(医療介護専用のSNS等)等が有効である。これらのシステムを使えば、遠隔であっても利用者の体調や自宅の様子を把握することができ、コロナ禍でサービス提供が制限される中でも、真に必要な利用者宅に訪問することが可能となる。
 加えて、訪問制限により、在宅の状況が見えづらい中では、ICTは、他の在宅医療、介護のプレーヤーとの情報連携にも有用であり、職種を横断した在宅ケアが可能となる。
 なお、資金的な余力に乏しい事業所にとってはシステムの導入コストが課題となるが、上記のICTはその大半がスマートフォンやタブレット、PCが準備できれば無料で利用できるため、導入の敷居は比較的低いはずである(高齢者宅においてもスマートフォンやタブレットが必要であり、特に独居高齢者宅においては所有率が低いといったハードルは存在する)。

③訪問看護の担い手を支える仕組み
 利用者宅への訪問においては、訪問看護師の感染リスク低減や、利用者の感染が疑われた場合にフォローする仕組みが不可欠である。
 感染防御には、医療用マスク、ガウン、手袋等の資材が不可欠であるが、医療資材の入手が難しい状況であることは各種調査やメディア報道でも報告されている。2月以降で厚生労働省が医療機関に優先的にマスクを供給する方針が出されているが地域によっては訪問看護ステーションに十分行き渡っていないという声も耳にする。慶應義塾大学大学院の堀田聰子教授らが5月に実施した「新型コロナウイルス感染症が介護・高齢者支援に及ぼす影響と現場での取組み・工夫に関する緊急調査」によると、訪問看護を含む訪問系サービスが必要と考える支援や環境整備として「感染防御資材の優先調達(77.3%)」が最も多かった。
 訪問看護師が少しでも安心感を持って利用者宅を訪問できるように、政府・自治体が中心となって医療資材を十分に配備することやPCR検査を優先的に実施可能な仕組みづくりを進めるなどの対策が必要である。

中長期的な取り組み(事業構造の改革)
④リソースシェアリングによる地域内の支え合い
 中期的な取り組みとして、小規模事業者が互いに、リソース(スタッフ、医療資材)と利用者を融通し支え合う仕組みも重要である。先駆的な取り組みとしては、医療法人財団悠翔会の佐々木淳医師をはじめ、在宅医療・介護職の有志が立ち上げた「COVID-19在宅医療・介護現場支援プロジェクト」(※1)がある。
 コロナ感染者・濃厚接触者が発生した場合、小規模な診療所、訪問看護ステーションでは資材の確保や初動対応が難しいが、このプロジェクトはそれを地域ぐるみで支え合う取り組みである。在宅医療・介護の場面でコロナ感染者・濃厚接触者が発生した際に、あらかじめ配備された感染防御パッケージ(マスク、フェイスシールドなど介護に必要な資材が梱包されたもの)を投入する。これにより迅速かつ継続的な対応を可能とするものである。なお、当該プロジェクトは資材の確保だけでなく、対応できる人材の調達や非医療者向けのリーフレット作成等にも取り組んでいる。
 こうした地域ぐるみの連携体制は、即応性が求められる短期的な取り組みであるが、コロナ禍の第2波、第3波への備えとしても有効である。また、平時にも稼働することで、小規模な事業者であっても自然災害やパンデミック等への備えが可能となり、地域における在宅医療の安定性を増すことにつながる。そのため、この事例を先駆的な取り組みとして中期的に他の地域に波及させていくことが望ましい。

⑤収益の安定化に向けた取り組み
 長期的には、収益適正化に向けた取り組みが重要だと考えられる。先に触れたように、訪問看護ステーションの損益分岐点訪問回数は200回、人員規模としては常勤換算職員数4.5人以上であり、経営の安定化に向けて、ある程度の事業規模の拡大が必要である。
 具体的な施策としては、自社開発による事業所の開設やM&Aを含む地域内再編・統合が挙げられる。ドミナント戦略での事業所拡大や地域内再編ができれば、事業所間での訪問先の調整や人員配置転換等による訪問の最適化・効率化により、訪問回数の増加が見込める。さらに、規模の拡大は、バックオフィス業務や情報システムの一元化、共同購買によるボリュームディスカウント等の運営管理コスト削減や採用・教育の一体化による組織強化の効果も期待できる。
 このような規模拡大が難しい場合は、既存のビジネスモデルから脱却を目指す必要がある。具体的には保険外サービス等の導入や訪問看護とシナジー効果を発揮する他の在宅サービス(訪問介護や訪問リハ等)への参入が考えられる。

■最後に
 現状のままでは、事業継続が難しい訪問看護ステーションが増えるリスクがある。これは在宅医療にとって大きなマイナスであるため、まずは短期的な支援は不可欠である。しかしこれらの支援が「延命」に終わらないように、「変革」の好機とすべきである。ICTの活用、地域内ネットワーク構築、大規模化による収益改善などは、コロナ禍以前からの業界の課題であるため、この未曽有の危機をきっかけに、自治体、業界、事業者が総力を挙げてこれらの改革に取り組む必要があると考える。

(※1)出典「COVID-19在宅医療・介護現場支援プロジェクト」を基に日本総研作成

※記事は執筆者の個人的見解であり、日本総研の公式見解を示すものではありません。

【問い合わせ先】
リサーチ・コンサルティング部門 高齢社会イノベーショングループ
シニアマネジャー 石田 遥太郎
TEL:080-7938-4740  E-mail:ishida.yotaro@jri.co.jp
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